文芸部の愉快な部員たち

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文芸部員、ある日の日常

 1 抱負、目的


 文芸部とは、と聞かれると何もない。と答えるのが妥当だろう。

 そのくらいに文芸部……いや、深久高校、通称『深高』の文芸部は何もやらない。

 恐らく、他校で文芸部を真面目に取り組んでる人がいたら部長が土下座で謝罪を行わなければならないほどに何もしていない。

 それどころか部長と部員のうち、部員は部活動の暇を委員会活動の時間に当てていた。

 すなわち俺は、部活動の暇を有効活用し委員会活動に追われていた。

「あの……聞いてますか? 聞こえてますか」

 私服校のはずが、クリーム色のカーディガンとスカートを着用した髪の長い女性が突如、こっちに話をふってきた。

 勿論、彼女……浅井ゆいの話を聞いていたわけでもないので無視をした。

 それより、委員会の仕事の方が優先だった。

 中間テスト後に全校に一斉配布される学校通信と言われる無駄な配布物、裏面の白地のメモ代わりにしか活躍しない配布物。

 そんな配布物の内容に、新入生の意気込みとして代表者の抱負と言うのがある。

 発行元が実行委員会であり委員で書かせた方が効率的だろうと言うことで、新入生の委員のなかで不運にもくじ引きではずれくじを引いてしまったのがこの俺である。

 そして、作業効率は新入生のなかでも軒並み遅いのがこの俺である。

 無頓着な人に抱負なんて無理だろ。

「ちゃんと、聞いてください!」

 そして、本心でない綺麗事の言葉を作文用紙に記入しているときに限って、攻撃的な浅井ゆいがいた。

 浅井はあろうことか、こちらの右腕を揺らしたのである。

 案の定、文字は歪み挙げ句の果てには、作文用紙に斜めに斜線が入ったのである。

「なんだ?」

 らちが明かないので、大人しく返事をする。

「正直、文芸部としてこの放課後……成り立ってます?」

 結論、成り立ってはいない。

「さあ? お前が本を読んでれば成り立ってるんじゃないか」

 手元が忙しいので、話を聞くが適当にあしらっていた。

「それじゃあ、家でただ本を読むのと変わりありません。もっと、文芸部らしく活動をしませんと!」

 文芸部の活動ね……。

 文芸部に入部して2、3週間目の4月終盤で活動方針が定まっていないのもまずい気はするが、文化系部活動の最初の関門だな。

 そんな関門だが、今まで意識しなかったわけでもない。

 活動を始めて、2回目のときにも談義した。

 では、なぜだらだらと活動方針が決まらないかと言うと、問題は浅井にある。

「で、聞くからにはお前は、なにか思い付いたのか?」

 おそらく、この一連の会話はテンプレになってしまったくらいに浅井の受け答えが予想つく。

「依頼を募って解決する。困った人の役に立つ文芸部ですよ」

「却下」

 ずっとこの調子……。

 浅井は、本気で学園ミステリーをやりたいらしく、文芸部というマイナーな部活に巻き起こる数々の事件を待っている。

 彼女のなかで配役が決まっており、俺は探偵、彼女は局長らしい。

 そんな学園ミステリーは、願い下げ。

 俺は、まっとうに何もなくただ平坦に暮らしたいだけだ。

「まあ、そう言うと思いまして、顧問の先生に相談してきました」

「顧問の先生ねぇ……」

 国語科の先生であり、生徒の進路指導の担当でもある須々木先生が我らが部活動の顧問である。

 進路指導で忙しい身、こんな部活の指導もやっていただき誠に申し訳ない。

「で、相談したんですが、取り敢えず文化祭で小説を刊行すればいいとのことで、今後の活動は、文化系での小説刊行を目標としてもいいですか?」

 聞かなくともそれって、決定事項じゃないのか? と言いたかったが返ってくる言葉は予想できたので言わなかった。

「それで、オッケーだ」

「よし、やった」

 浅井は、気持ちが昂ると敬語が抜ける。

 個人的には、敬語じゃない方が親近感があるのだが本人は、相当馴れないと喋れないらしく年上、年下関係なく最初のうちは敬語らしい。

「それで、小説は取り掛かってるのか?」

 浅井は首を横に降った。

「じゃあ、誰が執筆?」

 浅井は、俺に指差した。

「おい!」

「私もですよ。文芸部員全員で取りかかりましょう?」

 それならいいが、他にも問題がある。

「文字量はどのくらいだ?」

「文庫本の厚さだと多すぎだと思うので、たまに書店にあるエッセイ棚の新書サイズで薄さが『深久ライフ』と同等が妥当と思います」

「足りんな」

「足りない?」

「話数が足りない」

 そう、問題はそこにある。

 一般的に厚さ5mmから10mm程のページだと、原稿自体が足りないと言われるかもしれないが、地方の高校の文化祭、名も轟いてない文芸部としては逆に、話数が足りず残りのページが空白になる可能性だってある。

「例えば、文化祭だ。文化祭で例え薄い小説を出したとして、俺とお前で20ページずつの話を書くとする。

 ただ、読む人にとってはどうだ?

 文化祭で20ページにも及ぶ話の展開は、少々間延びする。

 だから、多くて三枚の紙を捲る程度の原稿に納めなければならない。

 文化祭と言うニーズに合わせて、片手間で読める本を作らなければならない。

 次にそうすると、ノルマとする『深久ライフ』程度のページ数が多くなり、白紙のページが出てしまう」

 あーと言った表情で浅井は、考え込む。

 次に浅井が言う言葉を予想する。

「それなら、私たちがより多くの話を」

「多くて俺は、2話しか書かんからな」

「……」

 予想的中。

 流石の浅井も愕然と呆然とした。

「それじゃあ、根本的に部員が足りないじゃないですか……」

「むしろ、本を二人で刊行する気だったのか?」

 流石にそれは、困惑する。

 話の構想に国語科の先生による添削、編集を経て業者に印刷依頼。

 それを二人だけで行おうとしていたのか?

「そうですよね……。これは、文芸部の問題です! 危機です!」

 はいはいと思いつつ無視をした。

 浅野は、机をバンと叩きさながら、会議で抗議を乱暴に申し立てる人のようだった。

 あと少しだから……静かに黙っていてはくれないものかね?



 2 に、は、


 浅井が小説刊行に拘る話題の集中できない状況から、驚異的な集中力により抱負を書き上げた。

『無心に知る』と命名しよう。

「お、いたいた。宏太、書き上げた?」

 ちょうどいい頃合いに高樹が第3理科室へと訪れた。

「ああ、やっと書けたよ」

「お疲れ……なになに『無心に知る』か。なかなか洒落た題名だ。

 内容は、無心だからこそ1年目のこの年のありとあらゆる物が新鮮であり、無心故に偏見はなく感じることのできる唯一の年。

 端からみれば、これから頑張るぞ! とも読み取れるが……。うん、なかなかいい」

 綺麗事の羅列は、高樹には好評だった。

「あの、恐れ入りますがどちらさまですか?」

 初対面の人がいきなり、自分のテリトリーへ押し掛けぐいぐいと迫り、今まで独占的にしていた俺に馴れ馴れしくしていたら、誰でも気にするか。

 浅井は、警戒しながらそう聞いた。

「ああ、僕は1年B組の高田高樹。

 多田宏太の大親友さ!」

「別に大親友ってわけでもないぞ」

 語弊が生まれるような言い方を訂正する。

「え、ああ、申し遅れました。私、1年C組の浅野ゆいです。

 多田宏太さんとは、その親密な関係を目指して」

「ないからな」

 浅井の方が語弊以前に誤解が生じる言い方をしてきたので、言い切られる前に訂正した。

 きっと、浅井はコイツに張り合おうとしたのだろう。

 無駄なことを……。

「それより、それって何ですか?」

 浅井は、高樹の持つ原稿用紙を指差した。

「ああ、これ? 宏太の抱負。実行委員の仕事で宏太が名乗りを挙げたわけ」

 別に自ら進んでやった訳じゃないが、そこで否定にしろ肯定にしろ突っ込んだところで事実は変わらないからため息をついた。

「『無心に知る』ですか……文芸部員らしい文学に長けたタイトルですね。内容もとてもいいです」

 そこまで褒められると、照れてしまう。

「でも、綺麗事だね。宏太はご覧通り"無頓着"その事を知ってしまえば、本人が思い描く青春像はこう、

 無心だからこそ一年は新鮮だ。無心故に偏見もない。でも、それはこの一年だけだ。二年目以降は?

 新鮮さもなく、偏見もある二年目。じゃあ、三年目は?

 進路に直面して、学校のことなんて二の次三の次、結局は無心に戻る。

 更に言えば、学校生活なんて一度目のテストが終わって二度目のテストの間に飽きがくる。

 結論、多田宏太は無関心な学校生活を贈る無頓着な人だ。

 だから、"無心に知る"って題名なんだ」

 まったく酷い言いぐさだ。確かに外れくじをひいて、やけくそになって皮肉めいたことをしようと書いたが二年目、三年目以降のことなんて考えてないぞ。

 僕は失礼に価する高樹に咳払いをした。

「どういうことでしょうか? 確かに、多田さんはひねくれてはいますが無頓着だとは思わないです」

「ま、印象なんて人それぞれなんだから強要はしないよ。それより、『無心に知る』だよ。これは、本文中のテーマとするなら違和感なんだ」

 ようやく俺が考えたひねくれを説明しにきたか。

「本当ですね。本文のテーマとするなら、『無心に知る』より『無心は知る』の方がしっくりきます」

「そうだね。ただ、それじゃあただ客観だ。よく言われてただろう?

 文章を読み解くには、著者の主観になれって」

 そんなの聞いたことないぞ。

 俺と浅井はきょとんとしたんだろう、

「あれ? 僕の中学だけだったのかな?」

 高樹は苦笑いで付け加えた。

「まあ、ここは"文芸部"だ。文芸部らしく『無心に知る』の著者である多田宏太の気持ちを考えてごらん」

 面倒になったのだろう、いつの間にか高樹は原稿用紙を持ち手を振り、第3理科室から出ていった。

「嵐のような人ですね」

 浅井はぽつりと呟いた。

「まあ、先生を煽って楽しむ人だからな」

 高樹の授業中の私語やホームルームの態度は先生から見ればよく見られていないらしく、いつも話の上で例に挙げられるのが高樹である。

 それでも高樹は、懲りずに先生を片っ端から煽る奴である。

 まあ、それなら先生が一喝すれば済む話なのだが、高樹は今のところ朦朧としてるが頭もいい方で先生が制裁の如く習っていない問題を高樹に当てるが、高樹は臆せず正解を解くのだ。

 その時の先生の唖然とした表情と高樹の薄ら笑いと同時に「こんな習ってもない問題で時間を割くより、はやく授業を進めてください」と言い放ったときにはクラスが沸き上がったのは覚えてる。

「で、聞いてます?」

 浅井に声をかけられていた。

「なに?」

「著者の主観になるんですよ」

 ため息が出る。

「著者の気持ちって……俺は必要なくないか?」

 著者である俺がなんで、俺の気持ちを考えなきゃならんのだ。

「それも、そうですね」

 そして、浅井は考え込んだ。

 そうだ、それでいい。そうやって静かにしていたらいい。

「仮に、多田宏太は……失礼に値してあまり言いたくないんですけど"無頓着"だと仮定します。ではなぜ『無心に知る』と言う命題にしたのでしょうか。

 文章の内容は、『無心は知る』の方が正しい。しかし先程、あーえっと、そう、高田高樹さんが言ったことを踏まえて主観になり、無頓着な仮定で解くと、"無心について知って欲しい"、それで『無心に知る』と言う"に"の助詞を使ったんです」

 多分、正解だ。

 無頓着の性質にも矛盾がない。

「でも、それじゃあ矛盾するんです」

 矛盾? 何処が?

 何処が矛盾なのか見当がつかなかった。

「無頓着とは、何事にも拘らない、気にかけないと言うことです。もし、多田宏太が無頓着なら何も考えず抱負の命題も『無心は知る』とそのままタイトルをつけるはずです」

 ハッと気付いた。

「先程の文章からは、『無心に知る』と踏まえた上で文章を読んで要約すると、最初の年は無心ゆえに新鮮である。と約せます。

 しかし、二年目以降の事は特に示唆されてません。そこでタイトルである『無心に知る』の文章に注目します。

 『無心に知る』とは、無心について知って欲しいと意味を含んでいます。それを考慮すると、

 "無心と言うことは、一年目は新鮮に感じるが二年目以降の繰り返されたときは、何も感じないことを知って欲しい"と読み解くことができます。

 従って著者は、この作品で何を伝えたかったか? よく中学の国語のテストの最後の設問の様に例えますと、

 "著者は、この作品を通じて自分が無心で無頓着だと伝えたかった。"と答えることができます。

 しかし、そこで矛盾します。本当に無頓着ならこんなことはしない。何も考えずに直感で、本文に合う命題をするはずです」

 浅井に論破されたように衝撃が走った。もしこれが立ち話なら俺は、崩れるようにして座っただろう。

「私は思います。『無心に知る』の著者、多田宏太は無頓着ではなく、無頓着だと周りに認めさせたい人だと感じます。違いますか?」

 彼女はいつの間にか俺、多田宏太を問い詰めていた。

 無頓着でなければいけない。これは、俺の信念だ。

 揺らぐ思いのなか、揺さぶられた感情を必死で隠し通し、

「外れだ……俺は抱負を作業のように書き上げただけだ。何も考えちゃいない。"に"と"は"の違いはただ単に慣れない抱負を書き綴って、疲れてたんだろ。助詞を間違えただけだ」

 と応えた。

「そうですか。そういうことにしておきましょう」

 浅井は、くすりと笑い席を立った。

「もう、いい時間です。帰りましょ?」

 浅井の言うことに従い俺たちは、部室を出た。

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