第11話 キングゴブリン

昼食後、フェルミナから聞いた道を歩きながらバークレーに向かう。

バークレーは城下町近郊にあり、ギルドから両側を木に囲まれた一本道を歩いて1時間の場所にある。

ギルドから少し遠いが、宿泊費が城下町では最も安い。

活動拠点としては便利なのだが泊まる客がなぜか腹痛で倒れたり大けがしたりするという。


そのまま、今の所持金を確認する。

バークレーの宿泊費が1泊1銀貨。

今回のクエスト報酬の残り銀貨5枚と銅貨40枚

少ないが、数日分はあるな。素泊まりだから食事は近くで買って久しぶりに作るか。

ギルドの食事は高いうえにあまり美味しくない。

今までは剣を買うために死ぬ気で討伐していたが、節約するうえでも今日は食事を作ろう。

そうしてのんびり歩いていると


「いやぁああああああー、誰か、誰かぁああああああ、お父さん、お母さん。リリー。助けてぇー」

という女の叫び声が聞こえた。


直後、地下室での『助けて』という声を思い出す。

俺は意識する前に声の聞こえる方へ走りだしていた。



数時間前、バークレーにて

「これから家族会議を始める。いいか、今日うちに2ヶ月ぶりに宿泊客が来る」

「やったわね~、あなた。これで今年は3人目のお客様よ~。宿泊客数記録更新ね~」

「うちの宿が開いたのって私が生まれてから始めたんでしょ。ていうことは、16年近くやっていて今まで一年に3人来なかったんだ」


私は驚きのあまり思わず考えていたこと言ってしまった。

「お父さん、お母さん。うちの宿が城下町でなんて言われているか知ってる?」


お父さんはさも当然のように

「イケメンの夫と美人妻が経営する王都随一の旅館だろ」

「違うよ、最低最悪宿って言われているんだよ」


そう、私の両親が経営するこの緑の宿舎は城下町での評判は他の宿をぶっちぎりで下回る最低評価の宿なのだ。


「何言っているんだ。うちは駆け出し冒険者も泊まれるように銀貨1枚で泊まれる良心的な宿だろう。どこが最低最悪だ」

「そうよ~、リアちゃん。私たちが冒険者の時の苦労から城下町でも安くしようとアイデアにアイデアを重ねたこの宿が最低最悪のはずないわ~」

「お姉ちゃん、もうやめよ。無駄だよ。パパとママに何言った無駄なことくらい姉妹会議で話したじゃない」

「そうね」


妹のリリに言われて落ち着く。


「さぁーて、今日は腕をふるってごちそう作らなきゃ~。うちは素泊まりだけど今日くらいはサービスしなきゃ~。リアちゃんには負けるけど久しぶりに料理を披露しちゃうわよ~」

「「お願いだからやめて」」


リリとハモってしまった。

実はここにこのバークレーの闇がある。

最低最悪の評価のうち最悪とは我が母の料理である。

昔、バークレーは朝夕2食付きで銀貨1枚で泊まれた。

しかし、泊まった冒険者がお母さんの料理を食べると次の日に治療院に運び込まれるというほどまずい料理である。

しかも、等の本人は美味しいと思っておりお父さんもお母さんの料理をずっと食べていたためか舌が壊れてる。


私も幼い頃はお母さんの料理のどこがおかしいのか分からなかったが、城下町の魔法学校の友達と外食した後、お母さんの料理の酷さを知った。

あの時食べたハンバーガーは、それはもう美味しくて涙が出てしまった。

その後、私は必死に料理を友達から教えてもらい、今では家の料理はすべて私が作っている。

妹のリリもお母さんの料理の酷さが分かり、どうにか両親を説得しバークレーから朝夕2食の食事を除かせた。


「しょうがねぇ、食事の代わりに酒を用意してやらぁ」

「「お父さん(パパ)は絶対飲まないでよ(ね)」」


また、リリとハモった。

お察しできよう。

最低最悪の最低とは我が父のことである。


我が父は酒に酔うと素行不良となる。

かつて若手の冒険者が泊まった時に酔った時、お前は俺の妻を寝取ろうとしているとか、娘達にいやらしい目を向けたなどと言いがかりをつけ半殺しにした挙句、本人は酔った時のことをすっかり忘れているため被害者冒険者が慰謝料を求めても言いがかりだといい、追い払ってしまう。


普通ならお父さんもお母さんも捕まってもおかしくないのだが、この2人若い時には冒険者として大きく活躍していたこともあって国もこの2人には大きく出られない。

人が言うにはこの2人で国を一つ潰せるというがいくらなんでもありえない話だ。

そのため、最低最悪などと呼ばれている。

ちなみに、今のうちの家計は2人が冒険者で会った時に蓄えた貯金をくずして生活している。

宿の方は赤字以外何もない。


「もう、嫌。魔法学校では笑い者にされるし、両親はバカすぎるし。また、被害受けた冒険者の方に怒鳴られるのかと思うと」

「なんだと。新米冒険者風情が俺の愛娘に怒鳴っただと。ちょっと2か月前の客シバいてくる」

「大丈夫よ~リアちゃん。お母さんはどんなことがあってもリアちゃんのことを笑ったりしないわ~」

「もう出て行ってやるぅーーーー」

「お姉ちゃんしっかりして。お姉ちゃんがしっかりしてくれなくちゃこの2人の暴走止められないんだからって。あ、本当に出て行くの?噓でしょ。ちょ、待って。行かないでぇえー。私を置いてかないでぇぇー」


もう嫌。

こんな生活。

早く冒険者になってあの家から出ていきたい。

なのにお父さんは私が冒険者になるって言ったら、そんなのは許さない、お父さんと一緒にいるんだとか言うし。

もう、最悪。

何も考えず、城下町へ続く道を走り続けた。

20分くらい走っていたので、大分息も切らしている。

「はぁ~。早く冒険者になりたい」


魔法学校は余程優秀であると認められない限り16歳まで通う。16歳になると同時に卒業して冒険者になるか高等魔法学院というさらに魔法を極める道を2年間進む。その後、冒険者となる。

私は今年高等魔法学院を、妹のリリは来年魔法学校を卒業する。


「いったん帰ろう。そしてリリと一緒に城下町にでも行ってスイーツでも食べてこよう」


もう来る人のことは忘れよう。

うん、そうしよう。

運がなかったと思ってもらおう。

あの親然り、私然り。


そう一人で独白して振り返ると、

ゴブリンがいた。

それも一体じゃない、10いや20はいるかもしれない。

私は血の気が引いていくのが分かった。

ただのゴブリンだけなら私も血の気が引くことなんてない。

なぜなら、後ろにはキングゴブリンがいた。

ゴブリンは最弱モンスターのキングフロッグの次に弱い。

だから、私でも倒せる。

けど、キングゴブリンは違う。

冒険者ランクDのパーティーでなければ倒すことはできない。

明らかに私の手におえるモンスターじゃなかった。


まずい。逃げなきゃ。

「あっ、きゃっ」

そう思って慌てていたためか足がほつれて、転んでしまった。


倒れた私を逃すまいとゴブリンたちが私を押さえつける。

ゴブリンに捕まった女性はゴブリンに犯され、繁殖のためにゴブリンを産ませられる。

私はあまりの恐怖に声を張り上げていた。


「嫌っ、誰か。誰かぁー」


いや、ゴブリンに犯されてゴブリンを産まされるのが私の人生だったなんて嫌。

そう考えていると、涙があふれてきた。

私はもう、わき目を振らず声を張り上げた


「いやぁああああああー、誰か、誰かぁああああああ、お父さん、お母さん。リリー。助けてぇー」

誰でもいいから、神様!


「くたばれぇぇぇぇぇ」


私に群がっていたゴブリンの何匹かが蹴り飛ばされ、残りは首から血を噴き出している。


「立て」


そう言われ左手を差し出される。右手には黒い剣が握られ、血まみれだった。


「早くつかめ」

「は、はい」


私は慌てて手をつかみ立ち上がる。

まるで勇者のように颯爽と現れ、この人が私を助けてくれた。

いや、もしかしたら勇者かもしれない。

つい最近世界の危機のために勇者が召喚されたと聞いた。

この人がこのゴブリンキングを華麗にやっつけるのかもしれないと期待が高まってゆく。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

ゴブリンキングも部下のゴブリンが殺され激怒している。


「少し数が多いな」

そうやって、ゴブリン達に剣を向けながらぶつぶつと何かを言っているとゴブリン達も臨戦態勢に入る。

そして、お互い間合いを図りながら勇者様?は


「退くぞ」

「はい?」

と言って私の手を引いて木々の中に入った。


栗原視点

助け出したはいいがどうする。

数、力すべてあっちが上。

しかも、助けたこの少女が邪魔だ。


少女は桃色の髪をした美少女だった。

ここは一旦引いて彼女だけでも逃がしてからでないと。

そうして、俺は少女の手を引いて木々の中に入る。

剣も鞘にしまう。


ゴブリン達もあっけにとられている。

運が良いことに、この少女が襲われていたのはちょうどカーブを曲がり終えたところだった。

俺たちはショートカットをしながら木々の間をまっすぐ一気に走り元の一本道に戻る。


「た、戦わないのですか」

「戦うが数が多すぎる。正面から当たったらこっちが負ける。一匹ずつ潰す」


それよりもこの少女は足が遅い。こんなんじゃすぐ追い付かれる。


「おい、もっと速く走れないのか」

「も、もうこれ以上は無理。足がしびれて」

「分かった。だったら、おとなしくしてろよ」

「えっ」


リア視点

私を助けたのは勇者?が一旦引くのは分かったが、ちょっと足が速い。

私はどんどん引っ張られ、転びそうになる。


「おい、もっと速く走れないのか」

「も、もうこれ以上は無理。足がしびれて」


ゴブリンに襲われる前に全力で走っていたからか足がもう限界だ。


「分かった。だったら、おとなしくしてろよ」


そう言うと勇者?は私を抱き上げた。

し、しかも、こ、これは噂に言うお姫様抱っこていうやつですか。

小さい頃にお父さんにはされたがお父さん以外の男の人に初めてされた。


「このまま一気に走り抜けるからしっかり掴まっていろ」

そう言うと木々の中に入ってショートカットした。

木の枝や草にすごい勢いでぶつかる。

私はつい彼に抱き着き、私たちは森を抜けた。


栗原視点

「はぁ、はぁ。ここまで来れば少しは時間が稼げるはずだ」


あれからほぼ全力疾走したが、奴らが追ってきているのはなんとなく分かる。

今のうちにこの少女にゴブリンについて聞こう。


「助けてくれてありがとう」

「まだ、助かってはいない」

「あ、そうだね」

「ゴブリンについて教えてほしい。どういう生体とか特徴とか戦い方とか」

「あ、はい。ゴブリンは基本的に頭悪いの。集団で獲物を襲うことはあるけど、狩りを行うにしても直線的な攻撃しかしない。だから、ちょっとした騙し討ちとかで簡単に倒せるよ。特にゴブリン達は魔法が使えないから遠距離から下位や中位の魔法を使えば簡単に倒せるの。」


なるほど。

奇襲とかは有効そうだな。


「けどね、キングゴブリンにまでなると下位や中位魔法じゃ死なない。それに腕力も大きくなるし、ずる賢くなる。獲物が一旦逃げきれても、その獲物が逃げ込んだ先を襲撃したり、その仲間を襲ったりもする。だから、キングゴブリンを倒せるのはⅮランク冒険者じゃないと無理って言われているの。私だってキングゴブリンがいなければ勝てたのに」

「話を聞いていると君はⅮランク未満の冒険者なのか?」

「違うよ、私は魔法使い。しかも、低位、中位のすべての魔法が使えるよ。それになんたって私の十八番は感知魔法なの。10キロ先のモンスターだって感知できるわ」


あまりない胸を張る。


「少し聞きたい。奴らからだいぶ距離は取ったのに確実にこっちに来ているような気がするんだが」

「ゴブリンは一度見つけた獲物の匂いを追ってくる習性があるの。」


だが、そういう生態なら少しまずいぞ。


「なら、今の奴らの位置は分かるか」

「もちろん。えっと、待ってね。そんな、何この配置、あり得ない。」

「どうした」

「キングゴブリンが他のゴブリン達を扇状に進めているわ」

「匂いが走っている最中に分散したんだろうな。だから、索敵能力を高める陣形をとったか」


なんとしてでもこの少女を捕まえたいのかそれとも他の目的があるのか。


「それなら、君はこの先にある村でゴブリンに襲われたことを話して援軍を呼んでくれ。特にあのでかいゴブリン倒せるやつは早急に連れてきてくれ」

「だったら、このままその村まで来れば大丈夫だよ。その村に私は住んでいるし、お父さんもお母さんもいるからあんなゴブリン一瞬だよ」


自慢げに語ってはいるがお前…


「お前、さっき自分で言ったこと覚えてないのか」

「どういうこと?あのゴブリンを倒すのならお父さんとお母さんに頼った方が一番だと思うけど」

「お前はさっき『キングゴブリンにまでなるとずる賢くなる。獲物が一旦逃げきれても、その獲物が逃げ込んだ先を襲撃したり、その仲間を襲ったりもする』と言ったんだぞ」

「うちの村なんかにゴブリンが襲撃に来てもお父さんとお母さんが…」

「違う。もし、このままキングゴブリンが引いたとする。お前の両親の不在時に村にゴブリン共が現れたらどうする。お前の村の村人はお前の両親と同じくらい強いのか」


俺のその言葉の意味が分かったのか少女は顔を青くする。


「今ゴブリンどもはお前の匂いを覚えている。その状態で村に行けば、村やつら全員にお前の匂いが移る。だからこそ、ここでやらなければいけないのはキングゴブリンを確実に仕留めることだ」


一呼吸おく。


「俺はこれからゴブリンどもの足止め兼襲撃をする。お前は村に行き、父なり母なりを急いで連れてこい。それまで時間を稼ぐ」

「なら、私もここで戦うよ」

「それは駄目だ。」

「なんで」

「俺とお前だけで確実に勝てる見込みがあると思ってか。正直俺とお前で戦っても勝率はせいぜい3割あれば良い方だ。それよりも確実に奴を倒せるやつを連れてきてもらった方がいい」


それになによりもこの少女は足手まといにしかならないだろう。一度恐怖を持った相手に立ち向かうのは至難の業だ。

少なくとも一度キングゴブリンに恐怖を抱いてあそこで泣き叫んでいたこの子じゃ無理だ。

付いてきて動けなくなるのが目に見える。


「あなたは勇者じゃないの?」

「違う!」


思わず、大声を出してしまった。

どうも勇者って聞くとあのクソ王子が頭にちらついてイライラする。


「すまん、とにかく俺は勇者じゃない。普通の冒険者だ。だから、確実にあいつを倒せる人を連れてきてほしい」

「分かったわ。けど、もしあなたが死んだりゴブリンに逃げられたりしたらどうするの」

「大丈夫だ。それに関しては秘策がある」


その時俺は怪しく笑っていた。

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