第10話 予約

ギルド内での仲間募集


「俺をあんたたちのパーティーへ入れてくれ」

「お前ジョブは?」

「『裁定者』だ」

「魔法は使えんのか?」

「分からない。魔法を一つも教わってないからな」

「魔法も使えねぇザコうちにはいらねえよ。よそへ行きな」


「俺の仲間になってくれないか」

「いきなり何?仲間?あんた役職は?」

「『裁定者』だ」

「魔法は?」

「魔法に関しては教わってない」

「ふざけるな。魔法も使えないのに俺を勧誘しようってのか、他を当たれ」


魔法使いっぽい人に

「俺に魔法を教えてくれないか」

「別にいいけど、お金はもらうわよ。あなた今いくら持っている」

「銀貨20枚ほどだが」

「笑わせないでくれる、魔法はね下級魔法だけで銀貨50枚よ。よそを当たってちょうだい」




俺は誓ったその日から朝ギルドへ行き、キングフロッグ討伐クエストを受け、一日中狩り続けた。

ギルドが閉まる数時間前に行くと報酬をもらう。

その後、ギルドで食事をとると墓場に戻って寝る。

それの繰り返しだ。


墓場で寝るのは自分のしたことを忘れないためでもあり、武器屋のオヤジのところで剣を買うために宿代を浮かすためでもある。

今の季節は野宿も問題ないうえ、墓場にはモンスターも盗賊もいないので安全な場所だった。


繰り返しているとキングフロッグは夜に動きが鈍くなることが分かった。

それから俺は夜に襲い、朝になってから寝て夕方にギルド報告するようになった。


3日ほど繰り返すと俺のレベルは24まで上がり、技能スキルで足音を消す『ミュート』と動きを2倍にする『加速』を手に入れた。


栗原優斗

裁定者

レベル24

HP 1100

MP 1050

SP 990

冒険者ランクF

技能スキル

ミュート

加速



「買い取りを頼む」

俺はカウンターの少女に午前中に狩り終えたキングフロッグの核石18個を渡す。

もう少しでレベル25になれる気がした。

この後は今まで貯まった金で武器屋のオヤジのところへ剣を買いに行く。


「えっと、クリハラさん。ちょっといいでしょうか。」

「なんだ」

「あの、もしかしてしばらく体を休めていませんよね」


確かにここ最近、ずっと墓場だった気がする。

王城なんかには王子からもらった金貨1枚を返しに行ってから戻っていない。

戻る気もないが。


「きちんと寝てはいるから問題ない」

「いや、そういうことではなくてですね。いったいどこに泊まっているのですか。どこの宿にも栗原さんが泊まっている経歴がないのですか」


俺がどこにもいないから不信に思っているのか。


「墓場で寝起きしているだけだが」

「なっ、何を考えているのですか」

「なに、武器屋で剣を買おうと思っていたんだが手持ちの金も少ないし、宿代も浮かせようと」

「だからって墓場で寝なくても」

「俺程度には十分だ」


そう、俺程度には。


「あの、バークレーっていう宿を知っていますか?」

「いや、宿に関しては全く知らんが」

「そこは王都近郊では最も安い宿で、銀貨1枚で泊まれる素泊まり宿です。そこなら、クリハラさんでもお金の心配をしなくて済むと思います」

「そうか、でもいい。わざわざ宿で寝る意味も感じないしな」

「駄目です」


思わず、カウンターの少女が大きな声を出すので驚いた。

周りのカウンターの女性たちも驚いてみている。


「あ、えっと、その、今のクリハラさんはなんていうか切羽詰まっているような気がしてこのまま気を休められるような場所がないといつか心が壊れてしまうような気がするんです」

「……」


気を休められるような場所は俺にはもうないと思う。

心もすでに壊れているような気がする。

けれど、それをこの少女に言っても折れてはくれないだろう。

なら、その善意に甘えているふりでもしておくことが良いだろうな。


「そういうことなら、今日は宿を取ることにする」

「あ、ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちだよ」

「いえ。それなら、バークレーに予約が入ったことを伝えるので少々お待ちください」


そうして予約を取った連絡と報酬を受け取った。


「あの、名前を教えてくれないか。いつも買い取りしてもらっているのに名前も知らないのはちょっとな」

「えっ、あ、はい。フェルミナ・ルージュです」

「フェルミナ、気遣いありがとう」

「いえ、そんな」


フェルミナさんは顔を赤くすると俯いた。

そうして、バークレーの場所と特徴を教えてもらい、


「今日はもうこの後宿に行ってくださいね」

「武器を買った後、一狩り行ってからで」

「クリハラさん狩りに行って夕方に帰ってきたことありました?」

「いえ、ございません」

「なら、武器屋の親父さんのところで剣を買ったら今日はもう休んでくださいね」

「はい」

「では、いってらっしゃい」


フェルミナに言いくるめられる形で俺は送り出される。

ギルドを出る前に


「では、また来るのでよろしく」

「はい、お待ちしております」

そう言ってギルドを後にした。



ギルド内にて


「ねぇねぇ、フェルミナ。さっきはどうしたの。急に大声出して」

私が新米冒険者のクリハラさんに緑の宿の説明やクエスト報酬を渡し終えて去って行くのを見送ると同僚

のキャシーが声をかけてくる


「ごめん。」

私もどうかしていたと思う。けど、あの時クリハラさんに対して思ったことは事実だ。


「なんか、心配だったんだ。この前と様子違うし」

「彼、どうみてもこの前来た時と様子違ったしね」

「うん」


前に来た彼は明るく、私と話しているときにも言葉の端々に興奮とか楽しさみたいのが感じられたが。最近の彼からはそういうのが全く感じない。


「なんか追い詰められている感じがするし、口調だって今は大雑把だし。でも、フェルミナいくらなんでも宿泊に『バークレー』はないでしょ」

「だって、あの人剣を買うためにお金を貯めているっていうし、ちょっと高い宿だったら絶対泊まらないでお墓でまた野宿すると思ったから仕方なく」

私はまくし立てるように言った。


「え、彼墓場で野宿していたの。それは確かに、ちょっとないわね」

「でしょう」

「まぁ、墓場で寝ているくらいならあの宿でも大丈夫じゃない?」

「たぶん」


私が紹介したバークレーはこの城下町近郊で最低最悪という評価を受けている宿である。内装、外装はきれいなのだが、宿泊客がなぞの腹痛で治療院に行ったとか昨日まで元気だったのに今朝起きたら大けがをしているとか聞いたことがある。

そのため、宿泊費は下がりに下がり城下町近郊の宿泊費の相場は金貨10枚~銀貨10枚

であるので破格の安さになった。たしか、最近泊まった客は2か月前だったと思う。


「しかしまぁ、あなたもやるわね。」

「え、なにが」

何のことだろう。


「男はね、追い詰められているときに優しい言葉をかければコロッと行くもんなのよ。あなたああいう男がタイプだったのか。ふ~ん」

キャシーがニヤニヤと含み笑いをする。


「ち、違っ、そういうのじゃ」

確かに彼は顔だって悪くないし、とても優しそうな感じで私のタイプと言えばタイプだけど……って何を考えているのよ。

私は顔が赤くなっているような気がして思わず顔を手で覆う。


「まぁ、あんたが彼を狙っているのなら手を出すつもりはないけれど、もう少しよく考えた方がいいわよ」

「だから、そういうのじゃ」

「低ランク冒険者と仲良くなっても良いことはないしね」


キャシーはそう言ってこの階にいる冒険者たちを見つめる。

キャシーはいつもこの階にいる冒険者達のことを気にすることはない。

彼女曰く、低ランク冒険者なんて気にしたって時間の無駄という。


私がいるこのギルドは4階建てで冒険者は冒険者ランクによって使用する階が別けられている。

4階はSランク専用、3階はABランク専用、2階はCDランク専用、1階がEFランク専用となっている。

ギルドの受付は冒険者と接する機会が多くなるため優秀な冒険者と恋仲になり寿退職になることが多い。そのため、より優秀な冒険者と出会う機会を増やすためにも上の階のギルド受付に配属されるように頑張る。


貴族や高レベル冒険者の子、ギルドカードを作った時に優秀なジョブにつくとそれだけでランクは上がることがある。

つまり、この受付は基本的に荒くれ者や弱いジョブの冒険者しかいない。

そんな弱いランクの冒険者が成り上がって高ランク冒険者になった実績は片手で数えられるくらいしかない。

弱いジョブの冒険者がクラスアップでジョブ変更してもほとんどは弱いジョブだからだ。


だからこそ、キャシーは早く上の階の受付になろうと頑張っている。

だから私が先程の冒険者に興味を持ったことを遠回しに注意したのだと思う。

彼と恋仲になっても低ランク冒険者では生活できないと。


「でも、彼もうすぐでランクFからEになるよ」

「はあ、だってまだ彼ここに来てから1週間くらいしか来てないじゃない。他の冒険者に仲間を募集していたけど断られていたし。一人でたった1週間くらいでランクが上がるなんてありえないわ。しかも、話を聞いていたら彼『裁定者』なんでしょ。」

「うん、でも彼、もうレベル24だしクエスト達成数とかキングフロッグの討伐数も多いし25になり次第Eになるよ。今日だってキングフロッグの核石18個持ってきたし」

「18!?」


キャシーは目を見開き、開いた口が塞がらないようだった。


「あなた、彼が初めての担当冒険者だっけ」

「そうだけど」


私がここで働く初日に担当したのが彼だった。

その後、彼の担当受付嬢に申請しておいた。

私たち、1階受付嬢は一人に一つのパーティーを担当する。

そして、上の階に行くには自分が担当した冒険者にいくつクエストを受けさせ、達成したかというノルマが課せられ達成すると上に移動となる。

だからこそ、自分の担当冒険者に何がなんでもクエストを達成してもらわなければならない。

私は新米受付嬢であるため、クエストを達成できなさそうな彼の担当を押し付けられた。

だが、この階の多くの冒険者は弱いジョブであるため死ぬことも多く、担当冒険者が変わることが多い。

周りで話を聞いていた受付嬢も唖然としている。


「何か変なの」

「変どころの話じゃないわよ。1日にランクFの冒険者が持ってくるキングフロッグの核石の数いくつか知っている?多くて6個よ。いい、6個よ。しかも、2~3人のパーティーで。それを彼は一人で18個よ」

「うそ、知らなかった」

「あなたはここに来て日が浅いしね」


すると、キャシーが私に近寄ってくる。よく見ると、私の周りには多くの受付嬢が取り囲んでいた。


「ねぇ、フェルミナ。ちょ~っとお願いがあるんだけどいいかしら」

「な、なに」

「私の担当の冒険者と代わってくれない」

「いや、ギルド規則で担当した冒険者の変更は冒険者が死なない限りできないはずじゃ」

「規則は所詮規則よ。先輩の私からのお願いよ。なに、悪いようにはしないから」


周りの受付嬢も同意してくる。


「それにあなた、最近他の冒険者からもずいぶんと好かれているようでいいわね。私の担当なんか私の前で平然と担当変わんねぇかななんてあなたを見ながらほざきやがるのよ。思わず殺したくなったわ。大体、どうしてあなたばかりどうしてこうも良いわけ」


キャシーは私の胸を指さしながら言う。

なんか途中から話がずれている。皆も私に黒い眼差しを向けてくる。


「私だって大きいの気にしているんだよ。ちょ、ちょっとキャロル、セシルどうして私を押さえるの。落ち着いて話し合おう。ねぇ、ねぇったら、待って、お願い待って」


同期のキャロルとセシルに押さえられる。

キャシーは手をわきわきと動かしながら私の脇腹をロックオンする。よく見れば皆も私の脇や脇腹を見つめながら近寄ってくる。


「きゃははははは。やめて、くすぐったいから、キャシー。あははははははっ」

私はその日地獄をみた。ひたすら皆からくすぐられ続け、次の日は笑いすぎてあちこち体が痛みました。


栗原が夜通し討伐するためにできる成果だとは誰も考えない。


――――――――――――――――――――――――――――――――


「オヤジ、剣を買いに来た。寄越せ」

「えっと、兄ちゃん?いきなりどうした?」

「分かんないのか、剣を買いに来たって言っただろ」

「いや、それは聞こえているんだが一体どういう心境の変化だ?」

「何言ってやがる?さっさと武器買って、宿に行かなくちゃいけないんだ。さっさと武器を見せてくれ」

「まぁ、何かあったんだろ。兄ちゃんみたいな人間が口調まで変わるには相当な何かがないとな」


オヤジは何を言ってるんだ。

俺は前からこんな感じだったろ。

変わったのか?


「ま、俺も前の兄ちゃんより今の兄ちゃんの方が個人的には好きだな」

「そんなことはどうでもいい。ここに銀貨86枚ある。これで剣を見繕ってくれ」

「分かった。前に振っていた剣とは違うがこれはどうだ?」


「なかなかの業物でな。本来は冒険者ランクⅮの奴らに合う物だが兄ちゃんなら大丈夫だろう」

「確かに、結構いいな。重すぎず軽すぎず」

「その剣は鋼で作られた剣なんだがな、竜の鱗を混ぜて作るとに刀身が黒くなるんだぜ」

「ほう、面白いな」

「だろ。兄ちゃんの持っている2本のダガーと同じブラットコーティングもされているから軽く水で洗えば大丈夫だぜ」


「それはありがたい。値段は?」

「普通は銀貨90枚だが兄ちゃんにはまけて銀貨80枚で良いぜ」

「本当にありがとうな。こいつをうまく使いこなせるよう頑張るわ」

「ああ、頑張れよ兄ちゃん」


オヤジに別れを告げ俺は『バークレー』という宿に向かったのだ

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