第9話 後悔

朝になってもようやく体の震えが落ち着いてきた。

あの出来事が忘れられず、あの後一睡もできなかった。

あれは夢だったんじゃないかとなんど思ったか。


従者が呼びに来て、俺の顔を見るとひどく驚いていた。

鏡で確認すると、目の下にひどいクマができていて、この世の終わりのような顔をしていた。

従者によると王が俺も含めて勇者共をお呼びということだそうだ。

そういうわけで再び王の間に向かっていると、ちょうど青木、加山、姫川に会った。


「お前どうしたんだよその顔」

「興奮しすぎて寝られなかったのかのかな」

「大丈夫ですか」


この3人にまで心配されるとはな。

俺は大丈夫だと答えるとそのまま4人と王の間に入る。


「うむ、来たな。後はブロウだけか」

「すみません、遅れました」


ブロウが後から入ってきた。俺は本能的に距離を取ってしまう。

ブロウはその俺の態度が気に入ったのか気味悪く笑う。


「お、ブロウ。おはよう、昨日はありがとな」

「おはよう。昨日は本当にありがとう。いい感じにレベルが上がったよ」

「おはようございます。昨日はお世話になりました」

「いえいえ、こちらも役に立ててうれしいです」


昨日の奴と同じ人間だと思えなかった。


「で、王様は一体俺らに何の用?」

「うむ、勇者様方と裁定者殿の冒険の準備ができたので渡したいと思ってな。おぬし等とは一旦ここで別れることになるから最後に会いたくてな。ここに呼んだのじゃ」

「なんだよそんなことかよ」

「僕はすぐにでも冒険に行きたいんだけど」

「まぁまぁ、用意してくれたんですし最後に別れの挨拶くらいしましょうよ」

「私としても皆さまとはもう一度挨拶を交わしたかったので」

「……」


俺はただ黙ってことが終わるのを待っていた。


「クリハラさん、部屋に良い物を置いておいたので冒険で使ってください。私は他の勇者様方と最後に話をするので」


王との別れが済むとブロウがそんなことを言って勇者たちのもとへ行く。

俺はすぐにでもブロウと離れたかったのでそのまま部屋に帰った。




「ブロオオオオオオオオオオオオオオウッ」


俺は王の間の扉蹴り壊してしまったが、そんなことはどうでもいい。

そのままブロウの胸倉を掴むと


「お前は、お前は、どこまで人の命をなんだと思ってやがる」


俺が部屋に戻ると昨日地下室であった少女の亡骸が俺のベットに横たわっていた。

体の傷は俺が昨日見た時よりもひどくなっていた。


「お前、なにブロウさんに手を出してんだよ」

「放せ、クソ勇者共」


高橋と加山が俺をブロウから引き離して地面に押さえつける。

姫川はブロウの心配をしている。


「な、なにがあったのじゃ」

「実は急に栗原さんが乱心して」

「ふざけるな」


他の勇者たちも俺の態度に戸惑う。


「おい、何があったんだよ」

「そうだね」

「こいつは人をいたぶって殺すのが趣味なんだよ。俺の部屋には今こいつが昨日殺した女の子が寝かされている」


すると、頭に直接声が聞こえた。


『プレゼントは気に入っていただけたかな。』


ブロウはそういうと話を続ける。手には杖が握られていた


『他の勇者に聞かれたくはないしね。こうやってわざわざ君の頭の中に話しているんだ』

『この卑怯者が』

『最後に楽しいことがしたくてね。君と僕どっちが彼らに信用されるかな』

『何を言っている』


そこで会話が切れる。


「ブロウさんがそんなことするはずないだろ」

「嘘にしても冗談が過ぎるよ」

「はい、そんなことするはずがありません。私は昨日危ないところを助けていただきました」


勇者たちは俺のその言葉を全く信用しない。


「だったら、見に行ってこい」


俺は思わず言ってしまった。

ブロウが笑っているのを気づかないまま。




勇者たちを連れ、俺の部屋まで来ると俺は扉を開ける。

すると、先ほどまであった少女の死体が消えている。


「そんなばかな、確かにあったのに」


俺はそこで昨日ブロウが転移魔法を使っていたことを思い出した。

俺の部屋は3階にありブロウの部屋からはかなり離れている。

ブロウが死体を抱えて俺の部屋まで来ていれば誰かに気づかれる恐れがある。

だが、もし転移魔法で死体を俺の部屋に置いたのだとしたら今まであった死体も俺たちが部屋に入る前に転移させたとすれば…


「お前、俺をはめたな」


俺がブロウを見ると笑っていた。


「結局、また嘘をついたんだな」

「君は勇者どころか人間失格だよ」

「いくらんでもブロウさんに失礼だと思う」


勇者共を無視し、俺はブロウを睨みつける。


「おい、黙ってないで謝れよ」

「そうです、謝ってください」

「謝罪すべきです」


無視されているのが腹に立ったのか俺にブロウへの謝罪を求めてくる。


「皆さん、いいですよ。きっとクリハラさんは疲れて何か幻覚を見たんですよ。私は気にしていないので大丈夫です。それよりも皆さんはもう冒険に行かれてはどうです、時は有限ですよ」


そうブロウに諭され、納得したのか俺を睨みながら部屋から出て行く。


「お前は俺が信用を失うのが見たかったのか」

「そうですね、最後に楽しませてくれて大変満足です」

「彼女の死体はどこにある」

「そこにありますよ」


後ろのベットを指す。

すると、死体が横たわっていた。


「なぜ殺した?」

「殺してくれって頼まれたからですよ」

「誰に」

「彼女にですよ」


視線を死んだ彼女に向ける。


「な、何を言っている。どうして殺してくれって言うんだ」

「あなたが逃げ帰った後、彼女に頼まれましてね。」


ブロウは思い出し笑いをする。


「何度も鞭に打たれながら懇願するんですよ。死にたい死なせてくれって。生きる希望を失ったんでしょう。だから、私はその望みを叶えて差し上げました」


俺は怒りでこいつを殴り殺したくなった。


「でも、彼女が殺してくれと懇願したのは今朝方ですよ。その間ずっと鞭で打っていたので少し眠いです」

「どういうことだ」


俺がいなくなった後すぐに殺したんじゃないのか


「彼女は日が昇るまでずっとあなたを待っていましたよ。誰かを呼んでくる、助けに来てくれるってずっと言っていましたね」


少しずつどういうことか分かってきた。血の気がなくなっていくのが分かる。


「彼女が殺してくれと頼む前に言った言葉を教えましょう。『お兄ちゃん、もう待てないよ』」


俺は自分がやってしまったことに今更気づく。

生命活動としての死を与えたのはブロウだが、精神の死を与えたのは俺だ。


「そこから私も興奮してしまいましてね。死ぬまで打ち続けてしまいました」


ブロウが言う。

最後に希望にすがった相手にその希望を壊された。

それがどれほど悲しいものだったか。

そして、目の前が真っ黒になっていく。


「私は勇者達のもとへ戻ります」


俺は彼女に黙って近づく。


「彼女の死体は俺がもらう」

「ええ、いいですよ。いつも処分に困って暖炉で燃やしていましたから引き取って頂けるならありがたいです」


ブロウが部屋を出ると俺は膝をついて彼女に触れる。


「今、迎えにきたよ」


もう冷たくなった彼女に触れながら後悔だけが大きくなっていった。

俺は彼女を抱え、部屋を出る。

城門で門番に墓場の位置を尋ねて向かう。

俺の手にある彼女に驚いていたが気にせず歩いていく。

歩きながら多くの人に見られるがそんなのは全く気にならなかった。


少女の体を見ながら俺は地下室での出来事を思い返していた。

『たすけて』その言葉が頭の中で何度も反芻する。

彼女は最後の力を振り絞って俺に助けを求めたのだろう。

俺はその言葉に背を向け逃げ出した。

それでも彼女は俺を待っていた。

希望が絶望になる衝撃は大きかったに違いない。

彼女は15歳くらいだろう。妹よりも若干若い。

きっと色々なことがしたかっただろうな。


後悔だけが俺の心を支配する。


墓場に着き、墓を購入したいと墓守のジジイ言うと銀貨10枚必要だと言われた。

手元にはクエスト報酬の銀貨5枚と銅貨40枚、王からもらった支援金の残りが銀貨4枚と銅貨70枚。合わせて銀貨10枚と銅貨10枚分あった。

あのクソ王子の手が付いた金で墓を買いたくはなかった。

これ以上彼女を汚したくないという俺のわがままだ。


どうにか頼み込み、自分で墓穴を掘る代わりに銀貨5枚にまけてくれた。

スコップを借りて掘っていく。

もともと地盤が固いため一時間かけても全く穴が深くならなかった。


手にマメができ、つぶれて取っ手が赤く染まる。

この少女が感じていた痛みはこんなものではなかったはずだ。


一日かけてようやく墓穴が掘り終わった。

その後、近くの花屋で銅貨40枚分を買った。ほんの小さな花束だった。


彼女の手に花束を持たせると埋め始めた。

本当は棺桶に入れるのが正しいが俺の金はもうなかった。


彼女はこの冷たい土の中に入ると思うと自分の無力さを痛感する。

自分はまともに弔うこともできないのか。

どうして逃げずに戦わなかったのだろう。


あの時に殺さる覚悟で挑んでいれば、恐怖に震えなければなどと

もしもあの時こうしていればということを何度も考える。


俺は人として何か大切なものを捨て、生き残ってしまった。


埋め終わると墓守のジジイが寄ってきて墓石を用意してくれた。


「この子の名前は?」

「知らない」

「名前も知らない者のために墓穴を掘っていたのか」

「そうだ」


墓石には名前も刻めなかった。

この娘はどんな子だったんだろうか。

それももう分からない。

分からなくなってしまった。




目を覚ますと少女の墓が目の前にあった。

墓を作り終えて、緊張が途切れたのか俺はそのまま彼女の墓の前で寝てしまった。


その日、夢を見た。

少女の夢だ。

お兄ちゃんもう待てないよとあの声で何度も言われ続けた。

これから先ずっとこの夢を見続ける気がした。

そしてこれが、俺が生きて背負っていく罪なのだと理解した。

だからこそ、今彼女の前にしてこれを言わなければいけないと思う。


「俺はもう恐れず、逃げない。死ぬまで戦い続ける。それが君を見捨て生き残った俺ができる君に対してできる贖罪だ」


贖罪とは言うがこれは俺のエゴだ。

こう言って責任から逃げる口実を俺はただ作っているのかと思うと自分が嫌になってくる。

俺はただのクズで臆病者だ。


「死ぬまで戦う」


俺はもう一度そう誓うとギルドへ向かった。

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