第8話 地下室

城の中では歓迎パーティーが開かれた。

勇者達は国の重役と話をしながら、楽しんでいた。

俺はただひとりすることもなく黙々と料理を食べ続けていた。

やっぱりあまりおいしくない。


夜、俺は来客用の部屋に案内されそこで寝ることになった。

たぶん午前1時くらいだったと思う。

ふと物音が聞こえ、俺は目を覚ます。


勇者ではなかったとはいえ、異世界での今後の生活に緊張してよく眠れなかったんだと思う。


「どうせ誰も起きてないだろうし、少し城の中でも探検してみるかな」


そんな夜風に当たるような気分で俺は部屋を抜け出し、城の中をうろつき始めた。

しばらく歩いていると、1階のある部屋の前で俺は足をとめた。

その部屋は俺に見下した態度をとるブロウがいる部屋だ。


客室に案内されるときに決して入らないよう忠告された。

なぜ入ってはいけないのかと従者に聞くと、王子は自分の趣味を人に見られたくないため絶対に人を中に入れるなと固く言われていると答えた。

俺も人には見られたくないものの1つや2つあるから自分の部屋には入られたくないなと思っていたが、このときの王子の部屋からは変な音がしていた。


興味本位で人の部屋に勝手に入るのはまずいと思ったが、なにか嫌な予感がした。

そう何かが俺に言ってくる。

ドアノブに手を掛け、中に入るとあの王子はどこにもいなかった。

おかしい。

部屋の中は外から聞こえた奇妙な音が余計に大きくなって聞こえる。


その音をたどっていくと、暖炉に行き着いた。

とても大きな暖炉で、人一人入れるくらいだった。

その暖炉の灰からは取っ手が見えており、思わず手を掛けすすの中にある扉を開けた。

いや、今にして思えば開けてしまった。

扉のしたには地下に続く階段があった。

すると、さっきまでくぐもっていた音がはっきりと聞こえ、俺は階段を急いで駆け下りるのだった。



「何をやっている!」


我ながらずいぶんと大きな声が出た。

そこには鞭を持ったブロウと鎖で両手を縛られ吊るされているイヌ耳の少女がいた。

この時の少女との出会いを俺は一生忘れないだろう。


少女の服ははだけており、鞭で打たれた傷がいくつも見られた。

俺が扉を開けるとその音は少女の悲鳴だった。

ブロウの笑い声ともっといい声で鳴けという言葉も階段を下りる途中に聞いた。

ブロウは一瞬驚いた表情をしたが、俺の顔を見るとつまらなそうにする。


「ああ、君か。てっきり、彼らが来たのかと思ったじゃないか。脅かさないでくれ」


彼らっていうのは勇者共のことか。


「お前は何をやっていると聞いている」

「見て分からないのかい。ああ、弱職の君は頭まで弱いのか。なら、親切な私が教えてあげよう。これは余興だよ」

「お前は何を言っている。こんなことが余興だと、ふざけるな。お前は仮にも勇者だろうが」


そう言うと俺は周りにある多くの白骨死体を見る。

いくら異世界だからこれはひどい。


「そうさ、私は勇者だ。人々に希望を与え、悪を屠る勇者だ。つまり、私が成す事はすべて正義だ。これは獣人という忌むべき存在、人間ではない。これらを駆逐するのが正義なんだよ」


こいつは頭がどうかしている。

そうとしか思えなかった。


「俺がこのことを勇者共に言えばいくらお前だって―」

「そうさ、だから君を今から殺すさ」


その言葉と共に奴が消えた。

次の瞬間、俺の腹に蹴りが食い込んだ。


「がはっ」


俺はそのまま壁まで飛んで激突する。

立ち上がろうとしたところで背中を奴の足で押さえつけられる。


「本当はこのまま殺したいんだが、下手に他の勇者たちに気づかれるのも困るしね。黙って帰れば許してあげるよ」

「ふざけるな」


俺は奴を睨みつけると体の向きを変えると同時に押さえている足掴む。


「おっと、危ないな」


ブロウは杖を軽く振ると俺は地下室の天井に叩きつけられる。


「ぐはぁっ」

「君、力の差が分からないのか。私は勇者、君は裁定者、力の差を知った方がいい」


魔法が切れたのか俺は天井から地面に叩きつけられる。

そしてまた足で背中を押さえつけられる

俺はそれでもブロウを睨み続ける。

ブロウもあきれてため息をつく。


「それにしても、諦めが悪いね君。仕方ないから最後に面白いもの見せてあげるよ。」


そう言うと奴は無理やり起こすと


「『ドヴァー・トランポート』、『ドヴァー・フラット』」


杖を振りながら呪文を言うと一瞬で景色が変わる。

海の上だった。

ブロウは空中で静止しており、俺は奴に槍首を掴まれ空中で止まる。

体重60キロほどある俺をやすやすと持っているなんて。


「これから見せるものは勇者のみが使える魔法。その力よく見ているが良い。『我が願うは破壊の力、すべてをあまねく破壊し創造の力をねじ伏せる。今その古の神話からその姿をみせよ、チェティーリ・ブレイブ・ファイヤ』」


奴が杖を振るうとブロウの目の前に巨大な魔法陣が形成され、そこから巨大な炎の龍が現れた。

その龍は海に向かってゆくとそのまま頭から海に突っ込んだ。

大量の蒸気が出る。


「っ!」

「これが勇者の力だ。君程度がこれを見れたことを幸運に思うがいい。他の勇者たちも今はまだレベルが低いが、いずれ僕と並ぶ力を持つだろう」


蒸気が晴れると同時にその光景に俺は息を飲んだ。

炎が海の底にまで到達していた。

底は浅いわけではない。

海底の岩や砂は溶けてマグマとなり、その魔法の波動で大きく底が抉れ海の中に大きなクレーターができていた。


俺は血の気が引いてくのが分かった

こんなのどうやったって勝てるわけがない。

当初、不意打ちすれば勝機はあると思ったがこれは次元が違う。


「あ、手が滑った」


わざとらしい声を上げ、ブロウは俺から手を放す。

俺はそのままマグマに向かって落ちていく


「ああ、ああああああああああ」


恐怖。

『死』という恐怖が俺を串刺しにする。


「『ドヴァー・トランスポート』」


景色がまた一瞬で変わり、地下室に戻った。

俺は落ちていたはずだが、床の上に座っていた。


「そう、それだよ。その恐怖に浸ったその顔が見たかったんだ。やっぱり、こうでなくては。」


俺が顔を青くしているとブロウが笑う。


「た、たす、けて」


少女が俺に助けを求めた。

ブロウがそれを見て気味悪く笑うと少女に近づく。


「そうだ、君が助かる方法を教えてあげよう。君も僕から逃れたいだろう。さぁ、彼に助けを求めなさい。君が助けを求め、彼が僕に立ち向かったら君を解放しよう」


すると彼女は俺を見て


「た、助けて。ここから、助けて。帰りたい、帰りたいよぉー。お母さん、お父さん」


泣きじゃくる彼女はそのまま泣き続け俺を見つめる。


「さぁ、クリハラ君。私はなにもしない、君の蛮勇を見せてくれ。なに一人が嫌なら誰かと一緒でもいいさ。私はずっと待っている」


ブロウは両手を広げ、俺をけしかける。


「あ、あ、ああ」


情けなく声を上げるしかできなかった。

さっきの炎の龍を思い出す。一瞬で消し炭になる自分を想像する。

ブロウに挑んでも殺される。誰かがいたって変わらない。

なによりさっき落ちていくときの死の恐怖が俺の頭を支配していた。

そう考えると、恐怖でこんな声しか出せなかった。


「なんだい、さっきまでの威勢はどこに行ったのか。やる気がないならさっさとこの部屋から出て行きたまえ。そうだな、10数えるうちに出ていけ。いーち、にーい、さーん」

「あ、ああ、ああああああああああああああああ」


俺はわき目も振らず階段を駆け上がると自分の部屋に戻る。

そして、恐怖に震えるのだった。

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