エピソード2【ロウソクに願いを込めて】④
──そして。
「なあ、ユイ……」
ヒロユキが、私の肩にそっと手を置き言った。
「これで分かっただろ。俺は勉強より、もっと大切なことがあると思っている……思いやりや物を大事にする気持ち……トモコが人形を大切にするのは素晴らしい事じゃないのか?」
「……」
私は何も言えなかった。
ヒロユキの言っている事は最もな事。
私にだってそれは分かってる。
でも、今は勉強が大事なの。
あの子の気持ちなんかどうだっていいのよ。
いずれ、あの子だって分かってくれるわ。
将来を考えたら、それが一番いいのよ。
だから……だから…………
「ねえ、ヒロユキ……」
私はすっと立ち上がり、ケーキの側に移動した。
「私が心から一番欲しい物が何か……教えてあげようか……それはね……」
トモコの学力の向上よ──
私はそう言い放つと、ロウソクにゆっくりと手を伸ばし始めた。
ねえ、サンタクロース。
あなたが本当にいるんなら、私に力を貸してちょうだい。
トモコを私の望むように変えてちょうだい。
私は、小さく綺麗な光を放つロウソクの根元をそっと触った。
ボワッ!――
すると、さっきと同じように、炎が一瞬、大きくなった。
「これで、私が心から一番欲しい物が手に入るわ……」
自然と、私の顔には笑みが浮かんでいた。
自分でも不思議だが、なぜか私はロウソクの力を信じ始めていた。
トモコの学力が上がるなら、私は信じる。
サンタクロースでもなんでもいい。
だからお願い。
有名中学に入れるように、トモコの学力を上げてちょうだい。
私に、心から一番欲しいものを早く与えて──
私はロウソクの炎を眺めながら、胸の前で手を合わせ祈っていた。
――すると。
ピンポーン――
「え……?」
再びインターホンの聞き慣れた音が鳴り響いた。
え??
今度は誰??
もう、ゴミは片付けたし、いったい誰??
私は急いで玄関に向かいドアを開けた。
「どうも、コウモリ急便です~。ハンコお願いします~」
そこに立っていたのは、宅急便の男性。
私は、受け取りのハンコを押し、ダンボールの荷物を受けとった。
「実家から……?」
それは、私の実家から送られてきた荷物。
いったい、何を送ってきたの?
私は首を傾げ、すぐさま電話をかけた。
「もしもし、お母さん、荷物が届いたけど、何?」
〔あ~、それはね、大掃除をしようと思って、納戸を片付けていたら出てきたものだよ。捨てようかどうか迷ったんだけど、ユイが決めてちょうだいね〕
「そうなんだ、ありがとう」
〔あっ、そうそう。やっぱり、あれ、お母さんじゃなかったわよ〕
「え? 何が?」
〔荷物を見れば分かるわよ〕
母はそう言うと、笑いながら電話を切った。
何??
どういう意味??
もう一度首を傾げながら、ダンボール箱を開けて中を確認。
「あっ……」
するとそこには、私が小学生の頃の教科書や作文など、懐かしい物が詰まっていた。
う~ん……この教科書でトモコに勉強を教えて学力をアップさせろ、とでも、このロウソクは言いたいのかな。
「あれ……?」
箱の奥にも、ビニールに入った何かがあるな。
「何だろう……?」
私は、ビニール袋を開け中を確認。
「あっ、これは!」
するとそれは、小さい頃に大事にしていた人形。
かけがえのない親友のように大切にしていた、ピンクのスカートを履いた金髪の女の子の人形だった。
「う、嘘! あの時の人形だわ! 背中のほつれや、腕のシミ……全く一緒だわ!」
気がつくと、自然とその人形を、やさしく抱きしめていた。
あの時の懐かしい思い出が一気に蘇ってくる。
「あれ……?」
で、でも……これは確か……
次に私は、あの日のことを思い返していた。
そう。
母と言い合った、幼きあの日のことを。
* * * *
《お母さん、なんで捨てたの!》
《知らないわよ。どこかで無くしたんじゃないの》
《私の人形、返してよ!》
《あんな物、ガラクタじゃない》
《違うよ……ガラクタじゃないもん……》
それは、私に突然降りかかった悲劇。
大切な人形を捨てられた私は、目を真っ赤にしながら泣いていた。
ずっとずっと泣いていた。
「そっか……そういう事か……」
さっき、母が言った言葉、
『やっぱり、あれ、お母さんじゃなかったわよ』
あの意味は、こういうことだったのか。
私は、捨てられたとばかり思って、母をずっと恨んでいた。
なんで、私の気持ちを分かってくれないのって、ずっとずっと恨んでいた。
「あっ……」
そっか……私は今……全く同じ事を、トモコにしてるんだわ……
「あぁ……」
何てことを……今まで気づかなかったなんて……
それに、私が心から一番欲しい物は『トモコの学力の向上』ではなく『あの時の人形』だったんだわ。
自分が忘れていても、心の奥底ではずっとずっとそう思っていた。
このロウソクは、それを気づかせてくれたんだわ。
「なんて……なんてことを…………」
私は知らないうちに、ポロポロと涙を流して泣いていた。
「ユイ……」
やがて、ヒロユキが私をそっと抱き寄せた。
「これからは、もっとトモコの気持ちも大事にしていこう。ちゃんと勉強も頑張るはずさ」
「ヒロユキ……」
私は涙を拭うと、トモコに顔を向け、ボソッと言った。
「早く用意しなさい……今から始めるわよ……」
「え? おまえ、勉強は今じゃなくても……」
「違うわよ」
私は服の袖口でもう一度涙を拭い、ニコッと笑った。
「和太鼓の鉄人よ。面白いゲームなんでしょ?」
さあ、トモコ
一緒におもいっきり遊ぼうね
だって今日は
大切な事を気づかせてくれた、素敵なクリスマスなんだから
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