エピソード2【ロウソクに願いを込めて】③




* * * *




家に帰ってきた私は、すぐに夕食の支度に取り掛かり、2時間ほどで料理は完成。

そして、テーブル中央にケーキをセッティングした後、2階へと続く階段の先に目を移した。


「あの子……塾にも行かないで、いつまで部屋に閉じこもっているつもりかしら……」


私は、自然とため息がこぼれてきた。

もう何時間、部屋に閉じこもっているんだろう。

いつも、しっかりと勉強するように言い聞かせているのに、塾も無断で休むなんて……


「まあ、いいわ……どうせ、ケーキとごちそう目当てで、部屋から出て来るに決まってるわ」


私はあまり気にかけることはせずに、料理中に使った食器類を洗い始めた。

──すると、その時。


「ただいま~」


寒そうにスーツの上からコートを羽織って、夫のヒロユキが帰ってきた。


「おかえりなさい」


ニッコリ微笑み、コートとキャリーバッグを受け取る私。

実はヒロユキは、一昨日から出張で家に帰ってきていなかった。

トモコへのプレゼントを抱える姿は、まるでサンタのように思えてしまった。


「おっ、やっぱり、クリスマスだから豪華だな」


そして、すぐにテーブルに並べられた料理に気がつき、


「ケーキも美味しそうだし、最高だな」


と、生クリームをつまみ食いしようと右手の人差し指を伸ばした。


「あれ?」


だが、ピタッとその手が止まった。


「ロウソクは3本だけか? トモコはもっと多いほうが喜ぶだろ?」

「あのね、それには訳があって……」


実はね、と私は言った。


「そのロウソクは願いが叶うんですって。心から一番欲しい物が手に入るらしいわよ。ケーキ屋の人が楽しそうに話してたわ」


私はクスクスと笑いながら、ロウソクが少ない理由を簡潔に説明した。

それを聞いたヒロユキは、


「へえ、夢があっていいじゃないか」


と言ったあと、ケーキの上の3本のロウソクに火をともした。


「ちょ、ちょっと、ヒロユキ」


私は慌てて言った。


「まだ、火をつけるの早いわよ。料理を食べ終わってからにすれば?」

「いいじゃないか。トモコが見たら喜ぶだろ」


ヒロユキは、ゆらゆら揺れる火を見ながら、ジングルベルの歌を口ずさみ始めた。

私は少し呆れながら、コートをハンガーにかけようとしたが、


「あっ……」


その時、ヒロユキが買ってきたプレゼントの箱が目に入った。


「そういえば、トモコへのプレゼント、何を買ってきたの?」

「あぁ、これはね」


ヒロユキは子供のように声を弾ませ言った。


「テレビゲームのソフトで『和太鼓の鉄人』っていう音楽に合わせて太鼓を叩くゲームなんだ」


ヒロユキは大きな包み紙をポンポンと叩き、実に楽しそうだった。


「ヒロユキ……」


だが私は、不機嫌な表情を全面に押し出し始めた。


「来年からは……もう少し、プレゼントの内容は考えてちょうだいね。ゲームで遊んでいたら、あの子はますます勉強しないじゃない」

「ユイ……」


ヒロユキは、私の肩にそっと手を置き言った。


「別にいいじゃないか。トモコだって、勉強は頑張ってるんだから」

「何、呑気なこと言ってるのよ……あのね!」


私は、肩に置かれた手を振り払い声を荒げた。


「中学受験は、すぐそこまできてるのよ! 一分一秒でも惜しんで勉強するぐらいの気持ちじゃなきゃダメなのよ! それなのにあの子は、あんな物ばかり大事にして……だから…………」


あっ、と私は言った。


「何でもないわ……とりあえず、次からはプレゼントの内容は勉強に関係する物にしてよね……」

「…………」


ヒロユキは何も答えず、寂しそうに背中を見せながら、自分の寝室にプレゼントを置きにいった。

──すると、その時。



「お父さぁぁぁぁん!」



トモコが泣きながら階段を駆け降り、リビングにやってきた。

それと同調するかのように、その声を聞いたヒロユキの足もピタッと止まった。


「ト、トモコ、どうしたんだ!? なんで泣いているんだ!?」

「あ、あのね……」


トモコは、とぎれとぎれの小さな声で言った。


「お母さんが……私の大事にしている人形を捨てちゃったの……いつも一緒にいた大好きな人形なのに……」

「え……人形って……あのリアルドールハウスのことか?」

「うん……」

「でも、あれって、結局、プログラム通りに動いてたろ? 欠陥品じゃないから問題ないんじゃないのか?」

「そういうことじゃないの……そうじゃなくて……」

「ど、どうしたんだ……?」

「…………」

「トモコ……」


泣きじゃくり喋れなくなったトモコを、ヒロユキはそっと抱き寄せ、


「ユイ……」


私に背を向けたままポツリと呟いた。


「なんで、そんなことをしたんだ……」

「だって……」


私は膨れっ面で言った。


「いつまでたっても学校の成績が上がらないし……いくら欠陥品じゃなかったからといって、そんな汚い人形を大事そうに眺めて、ままごとばかりしてるから……」

「ユイ……」


ヒロユキは『違う』というように、首を横に振った。


「トモコにとって、あの人形たちは、長い間ずっと一緒にいた親友みたいなものなんだ……親友と引き離される気持ちが、どんなに辛いか、おまえにも分かるだろ……」

「何よ……」


私は右足を小刻みに揺らし、いらつきながら言った。


「あんな物、ただのガラクタじゃない……」

「ユイ……」

「…………」


私はそれ以上、何も言わず、テーブルに頬杖をつくと、並べられた料理だけを眺めていた。

すると、トモコが、


「違うもん……」


嗚咽のような声で、さらに涙を流しながら言った。


「あの子たちは……ガラクタじゃないもん……」


ヒロユキは、さすがにこれ以上、娘が泣く姿を見ていられなかったのか、


「トモコ……」


買ってきたプレゼントを、そっと差し出した。


「ほら、欲しがってた太鼓のゲームだよ。あとで一緒にしようか」

「いらない……」


トモコは、ブンブンと首を横に振った。


「あのリアルドールハウスが……あの子たちがいなきゃダメなの……」

「そんな事言ったって……ほ、ほら、ケーキもあるじゃないか」


ヒロユキは、慌ててケーキをトモコの目の前に持っていった。


「さっ、おもいっきり火を吹き消してごらん」

「いらない……あの子たちがいなきゃ、ケーキがあっても嬉しくないよ……それに、こんなロウソクの少ないケーキなんか……欲しくもないよ……」


そう言いながらロウソクを掴み、ケーキから抜こうとした。

トモコにとって、たくさんのロウソクがケーキ一面に火をともしているのは、何よりの楽しみ。

3本しかないケーキなんか、何も楽しくない。

ロウソクを抜くという行為は、トモコの小さな小さな抵抗だった。

──だが、次の瞬間。


ボワッ!――


「きゃっ!」


ロウソクに触れると、一瞬なぜか、その炎が手品のように大きくなった。

それは、トモコが触った1本だけ。

他の2本は、変わらず小さな明かりのまま、穏やかに揺らめいている。


「大丈夫か!」


ヒロユキは、急いでトモコの手を確認。

幸い、何もケガはなかった。


というよりも、今のはいったい何!?

何で、あんなに火が大きくなったの!?


「あっ……」


確か、あの店長さんはこんな事を言っていた。


『このロウソクに触れると、一瞬、火が大きくなる。すると、心から一番欲しい物が手に入る』


確かにこう言っていた。

じゃあ、まさか本当に、トモコの心から一番欲しい物が手に入るっていうの??

私は、ヒロユキに抱きしめられるトモコを見ながら、そんなことを考えていた。



ピンポーン――



するとその時、インターホンが鳴り、隣の家の斎藤さんがやってきた。


「もう……」


こんな時に何の用なの。

めったに、うちに来る人じゃないのに。


「すぐ行きます。少々お待ち下さい」


私は急いで玄関に駆け寄りドアを開けると、斎藤さんが少し呆れたように立っていた。


「栗原さん、ダメじゃないの」

「え?」

「燃えるゴミに空き缶が入ってて、回収されずに残ってたわよ。この地域はゴミ袋に名前を書くんだから、気をつけてね」

「あっ、す、すみません」


私は慌ててゴミ袋を受け取り、ペコペコと頭を下げて見送った。

でも、おかしいな……ちゃんと分別したはずなのに……

私はゴミ袋を開けて、中を確認しようとした。

──すると、その時。


「あっ!」


半透明のゴミ袋をトモコが指さした。


「私の人形だ!」


そう叫ぶと、ゴミ袋の中におもいっきり手をつっこんだ。

そう。

そのゴミ袋には、今朝、私が捨てたリアルドールハウスが入っていた。


「私の人形だ! メガネ夫のお手製のズボンも、いびられ妻の花柄エプロンも、ちびっこちゃんの顔の汚れも、着物おばあちゃんの服のほつれも、全部一緒だ! 私のリアルドールハウスだ!」


トモコは今日初めての笑顔を見せながら、人形たちを愛おしく抱きしめていた。

私はその光景を、ただただ食い入るように見つめていた。


「こ、これって……」


もしかして、トモコがあのロウソクに触れたから、心から一番欲しい物が手に入ったの……?



私はしばらくの間、人形を抱きしめるトモコと、小さな炎を揺らめかせるロウソクを、目を丸くしながらチラチラと交互に眺めていた。





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