エピソード2【ロウソクに願いを込めて】②
* * * *
《お母さん、なんで捨てたの!》
《知らないわよ。どこかで無くしたんじゃないの》
《私の人形、返してよ!》
《あんな物、ガラクタじゃない》
《違うよ……ガラクタじゃないもん……》
それは、少女に突然降りかかった悲劇。
大切な人形を捨てられた少女は、目を真っ赤にしながら泣いていた。
ずっとずっと泣いていた。
* * * *
「こんな場所にケーキ屋さんがあったんだ」
12月25日、クリスマスの昼下がり。
私は、スーパーからの帰り道、ふと足を止めて見慣れない看板を眺めていた。
私の名前は、栗原ユイ。
35歳の普通の主婦。
一流商社に勤めている夫、ヒロユキと、11歳になるトモコという娘がいる。
「キャンドル……か」
ちなみに、そのケーキ屋さんは『キャンドル』という店名。
うん、これも何かの縁かな。
せっかくだから、今年はここで、クリスマスケーキを買ってみようかな
「こんにちは~」
私は、衝動的に玄関の扉を開き、中に入った。
「いらっしゃいませ」
眼鏡をかけた爽やかな青年が、深々と頭を下げた。
店内は、こじんまりとした小さな空間。
中央にあるガラスケースの中には、生クリーム、チョコ、モンブランの3種類の丸いケーキだけ。
おそらく、この青年が店長で、1人でやっているのが容易に想像できるような、小さなケーキ屋さんだった。
「えっと……」
私は、ガラスケースの中を中腰で覗き込みながら言った。
「この6号サイズの……クリスマス用の生クリームケーキを1つ下さい」
「かしこまりました。保冷剤は入りますか?」
店長は、ケーキを箱に丁寧に詰めながら尋ねてくる。
私が「いえ、結構です」と手を小刻みに左右に振るジェスチャーを見せると、
「では……」
と、続けてもう1つ尋ね始めた。
「ご家族は、何名様ですか?」
「えっ?」
それを聞いてどうするの?
私は一瞬、眉をしかめたが、単なる好奇心だろうと思い、笑みを浮かべ答えた。
「私の家は、夫と娘の3人ですよ」
「なるほど……」
店長さんは、うんうんと頷くと、レジの下の引き出しを開け、ロウソクを取り出した。
「では、こちらのロウソクを3本、同封しておきますね」
「え? あの……」
申し訳ないんですが、と私は言った。
「娘は、ロウソクがケーキにいっぱいのってるほうが喜ぶので、もう少し頂けませんか?」
「いえ、お客様」
店長さんは、私の言葉を遮るように言った。
「これは、クリスマス限定の特別なロウソクでございますよ」
「特別……?」
私は、店長さんが持っているロウソクを、目を凝らしてよく見てみた。
だが見た目は、どこにでもある、細く白いロウソク。
分からない。
どこから見ても、何が特別なのか分からない。
すると、キョトンとした私の理解不能な表情を察したのか、
「実はですね……」
店長さんは続けて説明し始めた。
「こちらのロウソクに火をともして、軽くロウの根元に触れてみて下さい。すると、一瞬、火が大きくなります。それが合図です」
「え……?」
私は、首を傾げながら言った。
「合図って……いったい、何ですか?」
「まあ、簡単に言えば……願いを叶えてくれると、ロウソクの炎が約束してくれた……っていう感じですかね。そして……」
もしかしたら、と、さらにつけ加えた。
「心から一番欲しい物が、手に入るかもしれませんよ」
そう言うと店長さんは、ケーキの箱を紙袋に入れながら、小さくクスッと笑った。
「あの……」
私は、少し困ったように髪をかきあげながら尋ねた。
「よく分かりませんけど……どういう事なんですか?」
「ハハッ、まあ、クリスマスを盛り上げるためのサービスですよ。こういう言い伝えのあるロウソクなんて、夢があっていいものでしょ?」
「まあ……確かにそうですね」
私も、思わずクスッと笑った。
うん、こういうのは夢があっていいかもね。
ケーキ屋さんが、クリスマスにこういうことを言うと、子供はワクワクするんだろうな。
「じゃあ、どうも、ありがとうございました」
私は代金を支払いケーキを受け取ると、店をあとにしようとした。
「あの、お客さん」
すると店長さんが、私の背中に向かって、やさしく声をかけてきた。
「もし……心から一番欲しい物が手に入るなら、何を望みますか?」
「え?」
一番……心から欲しい物……
私は『う~ん……』と首を傾げ考えたあと、
「そうね……」
と、一言だけつぶやいた。
「あの子の学力を上げてほしい……かな」
そうよ。
私が心から一番欲しいもの。
それは、ただ一つ
あの子の学力の向上よ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます