第二十一話【外交脅迫・世論操作】
いったい〝特使〟たちは日本に何を求め、日本で何をして来たのだろうか? と、ここで時を少しだけ遡る。
核保有国を刺激するような言動をしないよう〝日本に自制を求めるため〟の特使が派遣された。
合衆国からの招かざる四人の使者は日本に到着し活動を開始した。目的はもちろん砂藤首相に合衆国内々のメッセージを伝えることだ。もちろん面会相手は首相に限らない。担当大臣もそうだ。さらには与党や野党の有力者、実力者、つまりウラから圧力をかける外交。
そして彼らはそれ以上に重大な任務を帯びていた。日本のマスメディアに合衆国の主張を代弁させることだった。キーワードは『日米同盟がどうなってもいいのか⁉』だった。そうした主張を日本のマスメディアに展開させ日本政府に圧力をかけさせ政府の態度を改めさせる。間接的手段を用いれば最小限の摩擦で事を成就できるというわけだ。その任務を専門的に行う彼らは〝知日派〟とも言われ〝ジャパン・ハンドラー(日本操縦者)〟とも言われていた。
日本国内のマスメディアの中で特に目をつけられたのはASH新聞とMIN新聞、それにYMU新聞という三つの全国紙と、日本国内で〝公共放送〟を自称する放送局だった。日本国内での権威は今なお相当なものがあると判断されたからだった。
特にASH新聞とMIN新聞の二紙は以前、日本と韓国が歴史問題でモメた時、「日本は歴史問題で正面から韓国と向き合え」と強調し、アメリカ合衆国の主張、即ち『日本の方が折れろ』を代弁してくれた実績があった。日本の対マスメディア工作については一応成功した。彼らは行動してくれたのだ。ASH新聞とMIN新聞それにYMU新聞はその期待通り砂藤首相の言動を攻撃し始めた。後はその三紙が砂藤首相に影響力を及ぼせるかどうかにかかっていた。
今までなら及ぼしていた。
——だが芳しい効果は見られなかった。
◇
「ウラから脅しても何の効果も無かったとはな」
「水面下での働きかけ、と言って下さい。大統領閣下」補佐官にたしなめられた。しかし俺は悪態をつくことくらい当たり前だという立場だ。俺が派遣したがったわけでもない特使がまんまと失敗して帰ってくれば何かひと言も言いたくなるのが人の気持ちというものだ。にも関わらず特使たちはサトー相手に「アメリカの核の傘をあてにする発言は今後自粛する」といった言質のひとつもとることはできなかったことについて日本に腹を立てていた。
〝知日派〟と称する三人の怒りが収まらない。
日本に何らの影響力を行使できないのでは〝役立たず〟と言われても抗弁できないからであった。俺はそのうちの一人が信じられないほどの悪罵を日本に浴びせていたことを人づてに聞いた。腹を立てるのなら自分の不甲斐なさに腹を立てろよ。このワシントンに無能はいくらでもいるってことだ。
俺はサトーにこちらの内心を読まれた可能性があると国務長官に指摘した。日系の上院議員を派遣しなかったことで読まれたんじゃないのか? と、それについて国務長官は他の人間に責任をなすりつけ始めた。
さらに嬉しくない効果がもたらされたことが明らかになった。『芳しい』どころじゃない。逆効果というやつだ。ASH新聞とMIN新聞、YMU新聞、それに〝公共放送〟の報道は、サトーの主張を翻させる事に失敗したばかりか、逆に日本国内の怒りを買ったという報告を受けた。サトーの大反攻の前に日本のマスコミなどひとたまりもなかったということだ。
聞いた話しではASH新聞という新聞社に所属する或る記者が教師を前にした一生徒のように記者会見場という衆人環視の中、サトーの前に立たされ、こう詰問されたというのだ。
「核兵器を持っていない国は核兵器を持った国の脅威からどう国を護ればいいんです?」と。
記者は空想的なことを言って対応しようとしたが、サトーはそれを嘲弄し、しかも許さず徹底的に痛めつけ、仕舞には、
「東日本大震災の時あなた方報道に携わる方々は〝『想定外でした』は許さない〟と言いました。ああした主張は事が起こった後に初めて使える報道フレーズなのですか?」と締め上げた。
マスコミ連中はその場では何一つ有効な打撃をサトーに与えられず後から激高を記事にして表現した。が、世論はサトーに味方した。ま、叩かれたのは日本の報道企業でこちらは無傷だからいいんだけどな。
それにしても驚くべきは奴らの力の無さだ。いつからここまで無力になったのだ? 日本の報道企業は! あの連中には『危ない! 危険だ!』と煽る扇動力があるだけで『こうすべきだ』という誘導力は無くなっている。とまれそのせいで日本に〝ガイアツ〟をかけコントロールするという手法が制御不能に陥り始めていた。
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