第二十話【M上院議員】

「もう『知日派』は信用できん。M上院議員を呼んでくれ」俺は言った。〝M上院議員〟それが報告者の名だった。


 M上院議員とは知日派三名と共に特使団長を務め日本へ行ったあの上院議員であった。報告は知日派の役割のため、本人からは形式的な報告以外は未だ聞いていなかったのだった。俺には呼んで直接聞く必要があった。


 やって来るなりM上院議員は言った。

「日系人の彼が行った方がよかったですね」と。

「らしくないじゃないか」と俺はこの老上院議員に言ってやった。もっとも彼の言う日系の上院議員も老上院議員だったが。

「私は別に能力の話しをしているんじゃありませんよ。あちらさんも当然日系議員が特使として来ると思っていたところ、こう言っては何ですが日本とは何の繋がりもない私が派遣されてきた。何事か彼らが勘ぐったとしても無理からぬ事ではありませんか」

「つまりなるべくしてこうなったと?」

「そういうことになります」

「オイオイ、まるで私が人選を誤ったかのような物言いじゃないか」

「大統領閣下が誤ったわけじゃありません。ただ、押しが弱いというだけで」

「その歳になると怖い者無しか。言っておくがな、特使の人選に問題有りとして騒いだのは君ら議員だということを忘れるなよ」

「お言葉ですが大統領閣下、騒いだのはの連中でして、上院議員の私は騒いではおりません」

「バカどもが騒いだせいで、上手くいくものもいかなくなった、と聞こえるが」

「ハハっ、ご冗談を。上院議員は数が少なくて、百人ほどしかいませんから」

「……なにか……重ねて含みのある言い方じゃないか」

「ある筈がありません」

「もういい! 無駄話は。他でもない、あなたに訊きたい」

「どうぞ」

「特使として日本に滞在中、日本政府関係者や政治家たちから、日本には核武装……いや直接でなくても核武装をチラつかされたことはあったか?」

「チラつかされた、も含むのですね?」

「そうだ」

「首相はそんなことは言いません。ただし他の政治家からは聞きました」

「具体的にはどういう言い方だった?」

「『日本には核武装論者がいる』という言い方でした」

「つまり他人の口を借りてものを言う、か」

「その通りです。後はこれをどう判断するか、です」

「危ういな」

「危ういです。ただし……」

「ただし?」

「ただし今のところギリギリで踏みとどまってはいます」

 ここでM上院議員は居住まいを正した。

「大統領閣下。日本が核武装などできるわけがない、とタカをくくってはいませんか?」

「できないだろう」

「できないでしょうが、彼らには口で世界を変える力がある」

「……どういうこと?」

「日本が核武装しないまでも『今までの〝世界の非核化を求める政策〟は誤りだった。この実行不可能な政策を追い求めるのでは国民の命は守れない』などと日本の首相に宣言されたら世界の核軍縮の歯止めが壊れるでしょう。何しろ核攻撃された唯一の国が放つメッセージとなるからです。彼らが現実主義に立ち、核兵器廃絶絶望宣言を出したらどうなるでしょうか? こと核兵器に関しては日本の世界に与えるメッセージ力は絶大です。日本にはこの先も実行不可能な『核兵器全廃政策』の旗振り国の役割、国際社会の優等生としての役割を果たしてもらわなくては我々が困る」

 同じような事を前に国務副長官の奴が言っていたが、こっちはしょせん少数派か……

「しかしな、この合衆国には困っていない奴らの方が多そうだが」

「私にはあなたもその一人に見えますが、大統領閣下」

「違うと言っておくがな」

「日本が核兵器による脅迫を受けている状態で、核兵器を持たなくても安全は保障されるという強いメッセージがなぜホワイトハウスから聞こえてこないのか?」

「きっと核攻撃されることが怖いからだろう」

「核攻撃をした我々が核攻撃を極端に恐れる様は外からはどう見えるでしょうか?」

「どうやらあなたを日本に派遣したのはそう間違いではなかったということだな」

「しかし日系の彼も同じように働いたとは思いますよ。私と同様経験も長いですから」

「また、そこへ話しを戻すのか……」

「おかげで私は生まれて初めて日本へ行けましたが」

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