第十七話【ホワイトハウスでの検討会議】
ここ、ホワイトハウスに会議の席が設けられた。
〝新たなるメッセージ〟をどういうものにするか決めるという趣旨の会議だ。
ただ流石に国家安全保障会議まではいかない非公式なものにすぎないものだ。まあそんな正式な会議など開くわけにもいかないのだろうな。事が事だけに記者連中が何を言い出すか分からないような案件であるしな。
日本国首相サトーの要請にどう返事をするにしても〝速やかに〟という一点において対立する勢力同士、双方同意した。実は過去「同盟国が核攻撃された場合には〜」との想定の下、ホワイトハウスが発表した声明の先例があった。それは、
『合衆国は核を含むあらゆる手段で反撃する』というものだった。
問題はこの事例を今回の案件に適用するかどうかであった。険悪な人間関係を持つ人間達が一同に集められた。国務長官がまず発言の許可を求めた。
奴は言った。
「大統領閣下、このケースでは北朝鮮・ロシア・中国がそれぞれ微妙に異なる表現で発言しているという点を軽んじるべきではないと考えます」
「具体的な話しをしてくれ」俺は言った。
「北朝鮮は『トーキョーを核攻撃してやる』と言い切りました。したがってこの場合は『合衆国は核を含むあらゆる手段で反撃する』で間違いはありません」
「うん」
「次にロシアですが『北方領土に核兵器を配備することが必要だ』としか言っていません。使われた言葉は攻撃ではなく、あくまで〝配備〟です。しかも配備は決定事項ではなく一軍人の個人的〝検討〟のレベルに過ぎません」
その昔キューバに核ミサイルが配備されそうになったとき我々はどうだったのだ? と思ったが黙って先を続けさせておく。
「それで?」
「次は中国ですが、これもまた一軍人の発言に過ぎません。その中身ですが『我が国は核を持っており日本は持っていない。よくよく考えて行動することだ』というのは前半については中国は核保有国であり、日本は非核保有国であるという事実の指摘に過ぎません。非核保有国が核危機を煽るような行動をとるというのは彼ら自身の国民の安全に責任を負っているとは言えず、考えて行動していません——」
「バカな!」国防長官がテーブルをバシンと叩き大声をあげた。
「まだ私の話が終わっていません」国務長官は言った。だが国防長官は怯まず糾弾する。
「なにが一軍人だ! では奴らの政府はこれを否定したと言うのか⁉ これは核戦力がならず者どもの脅迫の手段として使われている事件だ! 我々は試されている! 手をこまねいていればさらに奴らは増長し歯止めがきかなくなるぞ!」
しかし国務長官はこの発言を無視した。
「——したがいましてロシアと中国に対しては世論の動向を見極め再度適切なメッセージを——」
「ちょっと待て」俺が止めた。
「なんでしょう?」
「俺が出したあれ——」
「以前に出したメッセージなら不適切だと既に私は言ったはずです」
俺は机の上に乱雑にぶちまけられた資料を手に取り、以前に出したメッセージを確認する。それは、
『核を使った恫喝を我々は許すことはない。アメリカ合衆国が提供する核の傘は同盟国の安全を保障する』だった。
な…ん…だ…と……?。
「大統領閣下、中間選挙はどうなるのでしょうな?」国務長官は勝ち誇ったように言った。俺はコイツに『お前に味方はいるのか?』と言われたような気がした。
国防長官は低く怒りに満ちた呪いの声を発した。
「これでこの後、どうやって外交をやるつもりだ貴様は……? このままで済むと思うな……」しかしそれは〝圧倒的な世論を背景とした国務長官の側の言い分〟に対する負け惜しみに過ぎなかった。
だが、俺は大統領の誇りに掛けて国務長官に言わねばならん。いや言う!
「サトーは俺にこう言った。『核兵器を持っていない国は核兵器を持った国の脅威からどう国を護ればいいのか?』とな」
俺の発言を歯牙にも掛けない国務長官は、
「大統領閣下、核戦争を煽る人間の言い分に肩入れするとは、マスコミに知られたら大事ですぞ」と言い放った。
その我が国のマスコミは〝日本バッシング〟を進化させていた。『反・核戦争キャンペーン』を大々的に展開していた。
『反・核戦争キャンペーン』は日本のみならず核恫喝を繰り返す北朝鮮、ロシア、中国についても同時に〝言うべきこと〟を言っているというアリバイを成立させるパーフェクトな日本バッシングだと、少なくとも言っている本人達がそう信じ込んでいた。
マスコミ連中は〝我ながら上手いことを言う、これで日本は完璧な悪役だ〟と自己の知性に酔いしれていたようだった。合衆国の世論はもうこれで完全に決まりとなった。
俺はそうした記事で埋めつくされた新聞を読みながら——そう言や日本で核発電所が爆発したときのアメリカ人のビビリ具合はただ事じゃなかったな——とりとめもなくそんな事を思い出していた。
だが、別の所では反日キャンペーン報道を正当化するため成り行きのように始まった『反・核戦争キャンペーン』に血道をあげ続ける自国のマスコミと、それに踊らされつつある世論に危機感を抱く動きが当然にしてあった。いくつかのシンクタンクが危機感を表明したが、それとほぼ同数の別のシンクタンクが逆に〝危機感〟の方を攻撃し、相殺してしまった。
しかしそれで終いではなかった。後で聞いた事だが東洋には『虎の尾を踏む』という格言があるとのことだ。
制服組、ということばがある。彼らは特に強い危機感を持っていた。合衆国が『反・核戦争』という価値観の虜になった場合、合衆国が有する核兵器は存在しても使用が不可能という兵器となってしまう。即ち、あるのに無いのと同じになる。核の先制使用すら否定しない〝軍〟からすれば、反日に狂奔し日本を徹底的に痛めつける快楽に酔いしれる自国のマスコミや下院議員ども、そして彼らから影響を受け続ける世論すらも合衆国国内の獅子身中の虫に他ならなかった。しかし彼らには世の中を動かす手段など無く、ひたすら歯ぎしりするしかなかった。
しかし軍部のそうした怒りなど知る由もなくホワイトハウスでは新たなメッセージが国務長官主導で決められ、ひたすら精神を磨り減らされた会議は終わった。
ドアを開けると一人の補佐官がスッと俺の横につけ、
「〝民主主義〟のこれほどの欠陥を目の当たりにできる経験はそうはできませんな大統領閣下」と言った。それを耳さとく聞きつけた別のスタッフが、
「メディアを前に言えないような事を口走るんじゃないぜ」と一言言って行ってしまった。
補佐官は顔色も変えず、
「彼は国防総省の人間ですね」と言った。
まるでここはアフガンのようじゃないか。
この会議の結果出来上がった声明が、
『北朝鮮に対し、合衆国は核を含むあらゆる手段で反撃する。また合衆国は北東アジア地域の緊張を高めるあらゆる国のあらゆる言動を支持しない』だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます