第十話【イスラエル共和国(ジョンストン大統領の武勇伝その2)】
怒号と罵声と金切り声がなお飛び交い続ける中、合衆国大統領ジョンストンは周囲の喧噪をものともせず微動だにしなかった。どうやら自分達が黙らなければ大統領の口から次の燃料供給を受けることが困難だと悟った記者達は自然に静まり返ることになる。それを待っていたかのようにジョンストン大統領は語り始める。
「サトーは日本国首相という立場を踏み越える思い切った提案を我々にしてきた。日本国という立場を代表する者としては破格の踏み込み方と言っていい。合衆国はサトーの提案に同意する立場だ」
日本を叩かないつもりか? この大統領は。アメリカ国民を敵に回しても? 記者の誰もがこう思い、場内はどよ、とざわめく。
「サトーは私にこう言った。非核保有国が核保有国から核攻撃を受けた場合について、だ。〝非核保有国を核攻撃した国に対し、合衆国が報復核攻撃することを支持する!〟と明確に言った。たとえそれが日本以外の国であろうと。たとえ中東といった他所の地域であろうと」
場内はさらにどよどよざわめいた。特にジョンストン大統領が最後に付け加えるように断言した「中東」に反応した。場の誰もが〝中東〟〝核〟、と聞いてイスラエルとイランを想起した。
一人の記者が発言を求め、発言を許可された。
「大統領、それはつまり日本が公式に認めた事でありサトー首相の個人的見解ではないのですね?」
「その通りだ。これは首相職にあるサトーがそう言ったから日本政府がこう言ったのだと我々が勝手に解釈しているわけではない。サトー首相自身の口から個人的見解ではないという明確な意思表示をこの耳で聞いている」
記者は食い下がる。
「サトー自身はそのつもりでも日本という国において〝核戦争容認論〟を公然と語ったサトーがこの先無事に首相職に居続けられるか微妙な情勢です。次の首相によってひっくり返されるかもしれない。そうなれば結局先走った個人的見解に過ぎない」
だが大統領は微動だにしない。
顔に微笑みさえ浮かべている。
◇
(フフン、俺はあざ笑ってやるぜ。日本のマスコミに期待してやがるな。サトーを無事に済まさない勢力ってのはマスコミだ。外国マスコミを頼みにするようじゃお前らもヤキが回ったようだな。だいいちお前、中東から話しを逸らそうとしているだろ! そうはいくかこのケトルヤローどもめ、大統領を舐めやがって。地獄を見せてやる)
◇
大統領は続ける。
「しかし、彼らにとっては自国を核保有国の脅威からどう身を護るかという切迫した問題だ。日本という非核保有国が核攻撃された場合と、それ以外の非核保有国が核攻撃された場合で日本が態度を変えるというのはフェアではない。そういう意味でサトー首相は非常にフェアな提案をしてきたと考えている。核兵器を持たないイスラエルが第三国から核攻撃を受けた場合、合衆国はその第三国に対し躊躇なく核攻撃を実行する。その行為を日本があらかじめ支持すると言っているのだ」
場内は突然凍ったようにシンと静まり返った。先ほどの激しい喧噪とは打って変わって。この会場にはテレビカメラも入っていてインターネット動画でも生中継中だ。
ジョンストン大統領はこの落差を目に見せる形で示すため、記者会見冒頭から記者たちに対し挑発を繰り返していたのだった。
この場にいた記者たちの誰もが思った。
(核兵器を持たないイスラエル?)
どう解釈すればいいんだ? これを。そうした思考が場を鎮まり返らせていた。
確かに表向き持っていない事になっている。だけど実際はどうだか分からない。持っているのだと言われている。一人の記者が立ち上がり許可を得る前に発言してしまった。
「大統領はイスラエルが核保有国だと考えていないのでしょうか?」
それは間の抜けた質問だった。
ジョンストン大統領は『核兵器を持たないイスラエル』とハッキリ言っていたのだから。
「その通り」と大統領はひとこと言ったのみだった。
◇
(俺は記者席を睥睨する。「核兵器を持っている」などとイスラエルは言っていない、故に持っていない可能性もある。当該国からみて外国でしかないアメリカ合衆国が〝持っている〟などという政府見解を出すわけにはいかないのだよ。じゃあ本当に持っていたらどうするかという話しになるが、裏で隠し持っていたらそれはイスラエルの責任だ。アメリカは関係ないのだ。関係あることになっていたらそれこそ国際問題だろう。核兵器をこっそり特別な外国にあげていた、なんてな。
もちろん持っているかいないか分からないから核査察をしろ! だとか、いうツッコミは来るだろう。主にイスラエル以外の中東の国から。だからアメリカ政府としては持っていないことにすればいいんだ。おそらく何らかの心当たりのあるアメリカ人がこの俺に何らかのよからぬ感情を抱く可能性はかなり高い。しかし俺はイスラエルのために核戦争を引き受けると言ったのだ。そんな俺に何かが起これば、後はどうなるか知れたもんじゃないぜ)
◇
疑心暗鬼が記者席に渦巻いていた。いったいイスラエルを核保有国として扱うのか非核保有国として扱うのか? もし非核保有国という事ならアメリカはイスラエルを核攻撃した国を核攻撃できる。しかし、イスラエルが核保有国という事なら? アメリカは何もしない、核を使うことはない、という事になる。そういうことを認めてしまうことになる。イスラエル自身も持っているか持っていないかは曖昧にしている状態である。ここは建前として持っていない国として扱うべきである。それがPC(政治的正しさ)というもんだ。ここにいる記者連中はそう考えるほかない。連中にとってはこの後どう新聞記事を書いたらいいのか、どうテレビで伝えたらいいのかが何よりも深刻な問題となっていた。
◇
(ヘッ、何もできねーだろ。俺は話しを込み入らせてやったぜ!
しっかしこいつら何も言えねーのか? だんっだん腹が立ってきたぜ。『イスラエルのために核戦争を引き受けるなどとんでもなぁい!』って記事を書くつもりがあるのかぁ? 書けるのかぁ? なんとか言えってんだよ。ようし沈黙すら許さんぞ)
◇
ジョンストン大統領は報復として記者の誰であろうとその頭にこうした重い難問をどさりと無慈悲に置くことを試みた。
「君たちは日本について書いてきた今までのパターンと同様、イスラエルのためにアメリカ国民が核戦争に巻き込まれて良いのか? という記事を自由に書くことができる」そう言ったのだった。
もはや、記者たちはジョンストン大統領をこれまでの如く舐めきった態度で攻撃する事はできなかった。何より親イスラエル的傾向の強い報道をしてきたアメリカマスコミは日本に対してしたのと同じ行動はできないのだった。少なくとも「イスラエルのために報復核攻撃を実行する」とした大統領に致命的なダメージを負わせることも躊躇せざるを得ないのであった。場は未だにシンと鎮まり返り続けている。
騒乱は大統領によって完全に鎮圧された。
ジョンストン大統領にものを言おうとする者はもはやただの一人もいなかった。
カッハッハッハ! 記者会見が終わったジョンストンは高笑いをしていた。ウワッハッハッハッハ!
◇
(イスラエルを持ち出したら途端に元気が無くなったじゃねーかマスコミども。もちろん本当に笑ってしまったら大問題だ。あくまで心の内でだ。
そうそう、俺が記者連中とバトルを繰り広げた後一時間もしないうちにイエルサレム方面から電話が掛かってきた。心からの感謝ではなかったな。とは言え奴らも大きくは出られない。
もう翌日から新聞の書き方もこれまでとは違ってきた。しかし益々腹が立ってくるな。何だよ、イスラエルの名前の前にはひれ伏すくせに、合衆国大統領はナメてかかっていたとはどーいう奴らだお前らは。まったくイライラするぜ。とは言え、俺は勝ったのだがな。
後はサトーだな。さぁてサトーよ困ったことになったなんて思ってやしないだろうな? 今夜の日本国内のトップニュースは、
『日本政府、他国間の核戦争を公式に支持』だ。
耐えられるかな? 日本のマスコミ連中もお前さんに対し相当な憎しみを持っているからな。きっとサトーの失脚はこの国のマスコミ連中も期待しているだろうな。あいつさえいなくなってくれれば俺たちのプライドは守られるってな。あの海軍の大将サンもサトーのしくじりまでもこちらの責任にはしないだろうよ)
この時は実に気分が良かった。だがサトーもまたこの後自国のマスコミを蹴散らしてしまいその気分も長続きはしなかったな。だが俺の方が先にやったってのは動かせない事実だ。誰が何を言おうとな。
◇
アメリカ合衆国大統領、この人間をある意味ここまで追い詰めたものはなんだったのか?
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