第八話【サトー首相の爆弾記者会見】
俺は〝軍〟に圧力をかけられ、最後には政策を見直すことになった。その直接の原因は全て日本国首相サトーの爆弾記者会見にあった。
◇
と、ここで時を少しだけ遡る。
◇
会見をアメリカ東部時間のゴールデンタイムに合わせてくれるとはサトーはとんだ演出家だ。これはオリンピックの決勝レースかね?
俺はサトー首相の記者会見、そのインターネット中継を食い入るように見る。国務省の日本語の分かる奴が俺に付き合わされ逐一通訳するためスタンバイしていた。これも仕事のうちだ。
しかしどうも何時聞いてもサトーのことばが、いや音声と言うべきか——が怖いんだが。喋る言葉が〝日本語〟のせいだろうか。抑揚なく喋るんだよな。
そのサトーが喋っている。
『どの非核保有国であろうと、核保有国から核兵器による攻撃を受けた場合、別の核保有国が、核を使用した当該核保有国へ核攻撃することを日本は支持する』
俺に言ったことと同じことをサトーは日本語で言った。奴が俺に電話を掛けてきた時と比べさらに状況は進んで、この時点で正式に閣議決定された日本政府の政策となっている。この記者会見はその説明のために設定されたものだ。もはやサトーの個人的見解などではなくなっている。
サトーが喋り終わるか終わらないかのうちに、ウァァァアアオオオ〜ン! 人間がサイレンのように鳴り出す。感情を爆発させる集団の大絶叫が記者会見場からここ遙かアメリカまで聞こえた。こういうのはアメリカも日本もないな。
もの凄いヤジ! サトーは案の定日本国内のマスコミ連中から絨毯爆撃とも言えるほどの猛攻、猛反撃を受けている。ここでサトーがポッキリ折れてしまえばどうなるか? 奴の政治生命もこれまでだろうな。〝すにーきー・じゃっぷ〟と言われても自業自得だろう。あぁ、もちろん俺は言わないが。
合衆国の議会とマスコミと国民の大多数の本音は同盟国が核攻撃を受けたからといってアメリカが核戦争に巻き込まれることは許さない、だ。
本来こうした利己的でバカみたいな本音は隠しておくべきなのにそれを隠そうともしないところに我が国のマスコミと国民の劣化がある。
ただ、日本が相手だと「ノー!」という本音を爆発させることができるのに、それでも相手がイスラエル共和国だと「イエス」「ノー」を曖昧にして本音を抑制してしまうという違いがあるだけだ。ここには間違いなく逃げの姿勢がある。
だが軍部の大多数は違っている。「ノー!」などと公言するのを許さないし、もはや逃げの姿勢を露わにすることさえも許さない。もちろん軍部の連中もアメリカが核戦争に巻き込まれることを支持する勢力などではなかろうが、結果的にファイティングスピリットを見せた方が却って安全を得られるという現実を熟知している。
我々が脅しに屈すれば相手はなんの犠牲も払わずに果実を得る。それが更なる危険の増大を招き、結局最後にはより大きな犠牲を払うことになるのだ、というのが軍の主張だった。
安全を求めるという意味では両者は同じではある。方法論だけが決定的に違っていた。俺はその間に挟まれて苦しんでいる。だがサトーがしくじってくれれば、アメリカ国内的には大団円だな。
さてサトー、見せて貰うぞお前の潜在能力を!
記者が質問するときに限って場内は静寂を取り戻す。そんな中ASH新聞という名前の日本国内ではメジャーで通っている新聞の記者が食ってかかっていた。過日、サトーに巨人の如く立ちふさがられ、蛇に睨まれた蛙になってしまった記者の所属企業がどんな報復戦を行うか?
質問者の顔が映し出される。おー、オーあの顔! 相当憎しみを持っているな。素晴らしいぞ人間の憎悪の表情は!
『ジョンストン大統領はイスラエルという国名を具体的に出しました。総理が先に言った発言よりもアメリカはさらに踏み込んでいます。総理はジョンストン大統領のこの発言を容認するつもりでしょうか?』
日本語は分からないが声に殺気が含まれているな。
『容認します』サトーは言い切った。
静寂から一転、凄まじい怒号と罵声が記者会見場に反響する。
『中東で戦争を起こす気か!』『原油価格が暴騰するぞ!』『中東で反日感情が高まるぞ!』『日本がテロの標的になるぞ!』次から次へと怒濤のヤジ!
日本語など分からなくても分かるな。さてサトー、どう理屈を説明する?
だがサトーは喋らない。どうやらサトーは場内が収まるのを待っているようだな。
『確かに、確かに『イスラエル』という固有の国名を出せば日本がいらぬ誤解を受けてしまう余地がある。そこで私はこの記者会見、及び私の直接のメッセージに各国語訳を付け、インターネット動画サイトで配信するつもりであります。この問題は非核保有国が核保有国からどう身を護るか、という日本に限らず普遍的な国際問題であり、私はそうした問題をあらゆる非核保有国に提起し国際社会に広く訴えるつもりです』サトーは言った。
俺は率直に感心した。同時にこれを米日二国間の問題として取り扱わないというサトーの意志を感じた。もちろん快哉を叫ぶという気分にはならない。
再度同じことが繰り返される。記者たちの怒号と罵声が収まらない。
もはや群集心理だな。再びサトーは待ち続け、か。静まらないと喋れないからな。
しばらくして場がようやく静まると再びサトーが喋りだした。
『核兵器が無い時代ならこんなことを考える必要は無い。しかし現実にはある。明日から無くすというのも非現実的です。あなた方は無闇に叫び声を上げているがこう考えた事はないのでしょうか?』
サトーは一拍間を置き、そして続ける。
『日本は自国が核攻撃された場合は核戦争を求めるのに、他の非核保有国が核攻撃された場合は核戦争をしないでくれ、と言い出すのでは我々は正義にはなれない』記者連中の怒号と罵声の入り込む余地のない微妙な間をとり、さらにサトーは続けた。
『かと言って日本国の首相自らが〝日本が外国から核攻撃を受けても当該外国に対し核反撃を求めない〟などと言ってしまったら、国の安全保障を預かる者としては決定的に失格者となります』
これまで散々に起こされていた喧噪が二次曲線を描いたように急激にトーンダウンし始める。無秩序状態が終息されつつある。
『誰がそんな不正義な者、あるいは無責任な首相の訴えなど聞くでしょうか?』
完全に場内がシンとする。
『非核保有国は核保有国からどう身を護ったらいいのでしょうか?』
さらにサトーがダメ押しか。記者たちは誰も何も答えられない。俺は思うほかない。サトーが記者にこの質問をするのはこれで二度目だ。初めてじゃない。初めてじゃない質問に答えられないのではこいつらも終わりだ。どいつもこいつもクズ人間だったというわけだ。
記者は誰も立ち上がってないように見えるが、ここで記者会見場内から突如としてヤジ‼
『被爆者の気持ちを考えろ! お前に理解できるのか⁉』そう怒声が飛んだ。通訳がすぐさま訳してくれ俺も意味を掴んだ。
『ヒバクシャ』か! 正に切り札だ。この俺でも知っているワードだ。これを持ち出された場合日本の政治家は萎縮せざるを得ない。
すかさず次々記者が手を挙げる。声も次々挙がる。その中の一人が指名を受け、
『これまでの被爆者の思い、核廃絶への思いを総理は踏みにじっているのではないか?』と詰問する。
さあどうする? サトー。
『だからわたしは日本核武装について語ってはおりません』サトーは言った。
『しかし核攻撃について肯定しているじゃないか!』
『政治家は口に出して語ったことが全てです。私は先制核攻撃については支持をしておりません』
『先制核攻撃を支持しない』か、事前にこれを言うことを聞いていたとはいえ、アメリカ合衆国にとっちゃ実に苦い。
もはや詰問側が総崩れになっているな。俺にはそうとしか思えなかった。
だがまだ、記者がそれでも食い掛かる。
『二〇一三年十月二十一日、国連総会第一委員会において《核兵器の非人道性とその不使用を訴える声明》っ! これに日本が参加しただろう! その整合性はどうなる!』一人の記者が指名すら待たず勝手に立ち上がって怒鳴っていた。
なるほどな。さっきの奴より多少はマシか。さてサトーよどう答える?
『その声明についてですがアメリカはもちろんロシア、中国といった国連常任理事国——即ち核保有国ですが——及び他の核保有国は参加しておりません。核保有国政府とその国民による非核保有国に対する核恫喝が行われている現状におきましては、声明に賛成した非核保有国を当該声明に賛成したことを根拠に非難するという破廉恥な行為を私は許すことはありません。
とは言え今からでも遅くはない。核保有国も当該声明に今からでも参加し、核恫喝を行うことを政府及び当該自国民ともども禁止して頂ければ問題ないのです。
あなた方報道企業はどうして傍若無人な態度で非核保有国を恫喝する核保有国をペンの力で叩き潰そうとはせず、逆に非核保有国を罵り叩き攻撃するのでしょうか? 失礼を承知で言わせて貰えば私はあなた方を記者あるいはジャーナリストとは呼びたくはない』
サトーは内に込めた怒気を隠そうともしてはいない。その迫力に記者達が気圧されてる。
これはなにも日本人のジャーナリスト限定で言ったわけではない。その言論の刃は我が国アメリカ合衆国のマスコミにも向けられているのは明らかだ。
ここで一人の記者が俄に立ち上がり血迷ったとしか思えない事を口走った。
『総理は否定されましたが、日本が核攻撃されたとしても、核兵器を撃った者に対して核兵器を使ってはならないと世界にメッセージを発すればいいじゃないですかっ! ノーベル平和賞ものですよっ』
『あなた方報道関係者は国民の命をなんだと思っているのですか? あなた方はその問いを世論調査として国民に問う権限を持っているのになぜその権限を使おうとしないのですか? 私を動かそうと思ったら世論調査の数字を私に突きつけて戴きたい。繰り返しになりますが日本人が核兵器で一方的に虐殺されることを容認する如き言説に同意することはあり得ません』
これが決定打となった。
俺には血迷った発言をしたあの男は、何かのヤラセのような気がしてしょうがないのだが。
この日の総理記者会見を境に合衆国内マスコミで繰り返されてきた《反・核戦争兼対日ネガティブキャンペーン》は急速に萎んでしまった。実に軽蔑すべき唾棄すべき連中だったな。
その一方でサトーの言っていたインターネット動画だが、調べてみると英語といった基本言語に加え、朝鮮語、ロシア語、中国語はもちろんのこと、アラビア語やヘブライ語、ペルシャ語バージョンの字幕まであった。イランにもメッセージを送るつもりか。
メッセージの内容はおなじみの———
「非核保有国は核保有国からどう身を護ったらいいのか?」だった。これは普遍的で世界のどの国にも受け入れられるものだった。そのせいでイスラエルの味方をするかのような発言をした割には日本はイスラム圏からろくに恨まれなかった。
きっと同じ非核保有国の悲哀を味わう仲間として認識されたのだろう。何しろ核保有国と非核保有国、数の上では圧倒的に後者が多いんだから多数派工作をやられれば核保有国の方が負ける。核戦争をやれば勝てるがな。もっともこんなこと口にも出せないが。
アメリカ企業が造ったインターネット動画サイトで日本のサトーが優雅に舞い続けている。だが俺はサトーに腹を立てる気にならない。奴は一廉以上の政治家だ。
悲惨なのは核保有国にして親イスラエル共和国な我が国だ。厳密には我が国のマスコミ連中なのだがな。こいつらが「報道」としてやってくれたことは実は普遍性のカケラも無く、アメリカ以外の人々にはまるで受け入れられなかった。中東地域、主としてイスラム圏の反応ときたらその激しい憎しみを隠そうともしなかった。
『日本のための核戦争には反対し、イスラエルのための核戦争には賛成するアメリカメディアに死を』という反応だ。
実際に何人かのアメリカ人ジャーナリストが中東地域で標的として狙われ犠牲になってしまった。痛ましいことだ。
我が国のマスコミ連中ときたら、これまで我々が世界世論を造っているのだと地球の都会人気取りだったが、気づいてみたらアメリカマスコミの言い分を支持する者などカナダや欧州でさえも見あたらない。気づいてみれば世界から逆包囲されていた。実は我々の国のマスコミこそが地球の田舎者だったというわけだ。
しかし構うことはないさ。そこはサトーを一生懸命攻撃していた日本マスコミも同じく地球の田舎者仲間さ。仲間がいるよ、ひとりじゃないよ。
国務長官は日本を口汚く罵ったが、俺はこのろくに政治能力を持ち合わせていない無能な男を完膚無きまでに叩き伏せてやった。奴め、何の反論もできなかった。いつの間にかこの俺にも大統領としての凄みが身についてきたのかもな。支持率は低いままだが。
サトーは自国記者との戦いに勝った。マスコミとの最終決戦で勝ってしまったのだ。
それの意味するところは『合衆国は同盟国を核攻撃した国に速やかに核攻撃を行う』という政策が採られたということだ。
サトーは自国記者を完膚無きまでに叩き伏せたが、俺に出来たことはサトーにもできたということだ。そう俺にも出来たんだよな。
俺の武勇伝があったからサトーも続くことができたんじゃないか?
あくまでこのサトーの記者会見は、俺の武勇伝の後だ。確実に伝説となる武勇伝のな。
◇
その武勇伝がいかなるものであるかについては時を少し遡らねばならない。
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