第七話【いとま(暇)】

 と、ここで時を少しだけ遡る。



        ◆

 目の前に男がいた。

「あの折は申し訳ありませんでした大統領閣下」、と言ってあの男がホワイトハウスを訪ねてきた。海軍大将だった。

「いや、いいんだ」俺は言った。

「まあ退官間近の男の最後の仕事でした。誤った政策を改めて頂きホッと胸をなで下ろしている者も多いのです」

「そりゃよかった」

「個人的な事ですがこの制服とももうすぐお別れです」

 顔に刻まれた皺は、この間とは打って変わって優しげだった。どうやら一連の行動は組織の誰かに頼まれたって風だな。

「大統領によって首を切られた、とされたら困るな」

「元から退官間近ですから」

「辞めた後は?」

「田舎に帰りますよ。祖父をやろうと思っています」

「もったいない。まさか帰りっぱなしか? 上院議員に転身する準備でもすればいいじゃないか。君ならここに巣食っている連中よりはよほど良い政治家になれる。過去華麗なる転身を遂げた例もあるのにな」

「こんなところには居続けたくないものでして」

「ワシントンのことかい?」

「その通りです」

「そりゃまたなんで?」

「ここにいる人間と付き合いたくないもので」

「えらくはっきり言うな」

「軍人ですから」

「決意は変わらないか?」

「もちろんです」

「そりゃいいな」俺は言った。

「大統領閣下はどうですか?」

「いや、俺はまだおじいちゃんじゃないよ。でも、俺もここには長居はしないつもりだ」

「それはいいですね」

「けどな、大将、あんたの田舎にいるのもアメリカ人、ここにいるのもアメリカ人、それも共に平均的な、だよ」

「それはどういう皮肉です?」

「皮肉に聞こえるとは鋭い。あんたの田舎にいるアメリカ人もここにいる連中と大差ないし、〝知性〟を気どるここにいる連中もあんたの田舎にいるアメリカ人と大差ないんだよ」

「まるで、アメリカ人は大したことがない、と言っているようですね」

「いや、大したことがない、なんて一言も言ってないぞ。こんなものだ、と言ったんだ」

「……」

「大将、もしアメリカ人がこんなものじゃないのなら、今回こんな騒ぎが起こるものかい。我々の国の連中が騒いだおかげで世界が変わってしまうとはな」

「あなたは、最後まで〝あなた〟という人間だったようだ」

「皮肉にキッチリ皮肉で返してみせるとは、政治家向きだよ〝あなた〟はね」

 その後暫くし、海軍大将は大統領執務室を辞していった。


 いい奴だ。

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