いま、飛ぼうとしているあなたへ

つづれ しういち

第1話


あのね。

べつにね。

そんなあなたを止めるような権利もなんもないし、

「生きてりゃいいことあるよ」なんてね、

簡単には言えないんだけどね。


飛ばれたことある身から言わせてもらいたいこと、

あるから言うね。


そのあとの、あなたのお通夜での、

あなたのお母さんの顔、本当に見たいの?


ほんとうに?


わたしは、見たことあるんだよ。

友達のお母さんの、そんな顔。


どんな顔だったと思う?

そんなときのお母さんに、なにが言えたと思う、わたしが。


「苦しまなかったでしょうかね」って、

掠れた声で言っただけだよ。

あとはもう、声にもならなかったさ。


あのね。

死ぬって簡単にいうけどね。

ほんとにそれでいいの?


「生きてるって素晴らしい」なんてね、

簡単に言えないのもわかってるよ。


世の中、きれいごとじゃ動いてないし、

汚い野郎どもやら女どもがうようよいるし。

そんなこたあわかってんのよ。


でもね。


「生きたい、生きたい」って、喉からほとばしるようにして思ってても、

生きられなかった人がたくさんいるんだって、本当にわかってる?


わたしはね。

目の前でがれきに埋まって、

お父さんやお母さんにも掘り出してもらえなくて、

苦しんで死んでった小さな子供や若い人たちが、沢山いる街に住んでいる。


だからこれは、ただのお願いだ。

べつにあなたを縛るわけじゃないんだよ。


……たださ。


ねえ。

簡単に、その命をなくしてしまわないでくれないかな。


おばちゃんにも、いろいろあったさ。

ほんと、十代のころにも、二十代のころにも、

「ああ、もう死んじまおうか」って思ったことも何度もあるよ。


でもさ。

目の前で、「生きたい、生きたい」って思いながらも死んでった、

そんな人たちを見てきたらさ。


「そんなことはできねえよ」って、やっぱり思ってしまったんよね。


だから今、わたしはここに生きてるよ。

勿論、いつかは死ぬ命。

そんなこたあわかってんのよ。


んだからこれは、よくあるおばちゃんのお節介。



飛ぶな。


生きろ。


生きてこその、命じゃんかよ。

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