Employment ~雇用~

25.それはポケットにしまって <1>

「……え、ここなの」


 ミエガ村からさらに3つの村を経由して到着した魔王の棲家。

 「魔王」の「棲家」。その恐ろしい響きとは裏腹に、そのはポツンと建っていた。


「いよいよ来たわね。魔王の城に」

「ちょっと待てアンナリーナ。お前はこれを城と呼ぶのか。普通の家だぞ」

「いいじゃない。構成要素や材料は一緒だし」

「じゃあ村の家々も城ってことになりますけど!」


 そう、国王がいるあの城とは全然違う。レンガ造りの2階建てに、赤い屋根。完全に、空いてた家を使わせてもらってますという感じ。


「レン君、どうする、チャイム押して入る?」

「どうなんですかね? 魔王に対する礼儀とか習ったことないですし」

「ねえ、何でみんなそんな冷静なの」

 魔王っていったらお城想像してませんでした?


「いいわよ、とりあえず入っちゃいましょ!」

 アンナリーナがガチャっとドアを開けた。


「すみませーん、あの、パーティーですけど、倒しに来ましたー」

「何その挨拶!」

 緊張感とかそういうのないの!


「誰もいないわね……」

 辺りを見回すイルグレット。確かに、1階には何の気配もない。


「おかしいな。魔王っていったら手下とかいるもんだと思ってたのに……」

「シー君、魔王に色々イメージ持ちすぎよ」

「そうよ、シーギス。どうするの、本物にあって幻滅したら」

「俺が悪いの!」

 みんなももっと疑問を持とうよ!



「ってことは、上ですね。シーギスさん、行きましょう」

「お、おう……」

 先頭になり、階段を上がる。そこは2部屋があり、片方のドアが閉まっていた。

 ああ、ここだな。


「……いくぞ!」

 バンッとドアを開けて中に入る。


 そこには、1人の生き物が座って、本を読んでいた。

 その本を片手でパタンっと閉じ、ゆっくりと息を吐く。


「……来たか」


 身長は俺より少し高いくらい。痩身だけど黒いマントをつけていて、そこは魔王っぽい。

 でも顔はあんまり怖くない、というか全然怖くない。青色だし、髪がなくてツノのようなものが2本生えているので間違いなく人間ではないけど、声も表情も、かなり俺達に近かった。


「よく辿り着いたな、ここまで」

「ああ、散々苦労させられたよ。お前の魔法のせいでな」

「フッ、だろうな」

 敵は目を閉じて微かに笑った。


 俺は剣の柄をグーでトントンっと叩く。験担げんかつぎ、久々にやったな。冒険に出発するとき以来かな。


 そしてそのまま、柄に手をかける。アンナリーナやレンリッキも身構え、イルグレットは魔法陣を描くための杖を取り出した。


「倒させてもらうぞ」

 ようやく本をサイドテーブルに置いて立ち上がる魔王。

 そして、口を開いた。


「参った。私の負けだ。降参しよう」







「…………は?」

「私もバカじゃない。戦っても勝てないことくらいは分かる。だから降参だ」


「いやいや! え、あ、へ?」

 状況が飲み込めずにいると、アンナリーナが「そっか」と声を出す。


「降参なら仕方ないわね」

「それでいいの!」

 なんかもっと、「そんなので許すと思うな」みたいなのは!


「なんで戦う前から勝てないって分かるんですか?」

 レンリッキの問いに、魔王は少し自虐っぽく笑ってみせる。


「俺にはもう戦える武器がないからな」

 そしてそのまま、話を続けた。


「多分歴代の魔王もそれぞれ何らかの特長があったに違いないが、俺は特に偏っている。体はこの通りで圧倒的な力があるわけではないし、恐ろしい攻撃魔法が使えるわけでもない。武器は2つ、モンスターのゴールドを操作する魔法が使えたことと、経済学というものを勉強するだけの頭があったことだけだ」


 そして彼は、横に置いた本を再び手に取って俺達に見せた。分厚いその本は、どうやら経済学関連の書籍らしい。


「他の国の言葉も分かったから、各国の本を読んで貨幣経済の様々な問題や原理を理解した。そして、この魔法で国を滅ぼそうと考えた。魔力を限界まで使って、それでダメなら諦めるしかない、とな。結果はご覧の通り、お前達が来てしまった。私にはもう魔力は残ってないし、魔力が復活することもない。今の私は、経済に詳しいだけの生き物だ。だから降参だと言ったんだ」


 流れるように話す魔王。なるほど、魔力切れでゴールドがコインに戻ったのか。


「これ以上、この国に危害を加える気はないし、そんなことはもう出来ない。だから、自分勝手だとは思うが、このままここでそっとしておいてくれないか」


「お前、そんなことが許されると思ってるのか! なあ、みんな!」


 意気込んで言った言葉にしかし、メンバーの反応は薄い。


「いや、でも、シーギスさん。降参してる相手に攻撃はできませんから」


「だけどほら、俺達の修行の日々がさ……」

「シーギス、戦わないで勝てるならそれが一番いいじゃない」


「だって、せっかく剣や防具も揃えたのに……」

「ちょっとシー君、あんまりワガママ言わないで」

「俺が! 俺がワガママなの!」

 おかしくありませんか!


「お前ら、冷静に考えろよ。コイツは村人達を苦しめた張本人なんだぞ。ゴールドが上がったり下がったり変わったりして、どれだけ国が混乱したと思ってるんだ」

「ううん、確かにそれはあるのよねえ……無罪放免ってのは……」

 腕組みをするイルグレット。そうそう、その調子ですよ。


「はいっ、アタシ、名案が浮かびました!」


 何だろう、彼女の案には当たりが少なかった気がするんだけど。


「せっかく知識あるんだし、罰も兼ねて、経済省で働いてもらえばいいんじゃない?」

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