24.まるで生き物のような <2>
「おかしいですよね……この村だけ上がるなんて……」
レンリッキが貼り紙をまじまじと見ながら呟く。
そう。また魔王の仕業かと思ったけど、ミエガ村の紐ゴールドは全然レートの変動がない。ハクエン村だけ、異変が起きている。
「きっと、あの銅の棒の長さが5倍とかになったのね!」
「あのなアンナリーナ。銅の量り売りじゃないんだから、単純に長さが増えたからってレートは上がらないんだぞ」
銅そのものはどうでもいいのっ。
「もっとこう、この棒の価値そのものが上がったんだよ」
「例えば何? 棒が喋るようになったとか?」
「発想が飛躍しすぎなの!」
例えるにしたってもっと何かあるでしょうよ!
「あ、でも見て。アマック村の木の実のゴールド、逆にレート下がってるわ」
イルグレットが指し示した箇所を見る。
確かもともとは1つで2G近かったけど、今は1つきっかり1Gになっていた。
「魔王とか関係ないところで何かが起こってますね」
「シーギス、こういうときの――」
「はいはい、分かってるよ。ドラフシェだろ」
ニッと笑ってレンリッキのポケットから声霊石を取り出す。手に持って軽く念じると、最近よく聞く声が響いた。
「どうしたシーギスルンド。遂に勇者を辞めて我が経済省で、国中ぐるぐる回りながらレート表を貼り替えていく仕事をする気になったか」
「だからここまで来て辞めないっての!」
あと、その仕事は絶対1人じゃ無理だ!
「一部の村、レートが変わってるだろ?」
「……気付いてたのか」
「何があったんだ? 魔王が何か関連してるのか?」
そこまで聞いて、彼女は黙り込み、やがて笑った。苦々しそうに笑った。
「関連してるといえば関連してる。もし魔王がここまで展開を読んでいたのなら、大したヤツだ、本当に」
そして、急に笑い声を止め、解説を始めた。
「ハクエンだけどな。村人が自分達で作っている工芸品が人気で、結構良い値段で売れるらしい。しばらくは人気が続くんじゃないかと言われている」
「…………うん?」
ドラフシェの言った意味を図りかねていると、そのまま続けてくれる。
「みんな多分思ってるんだよ。ハクエンは潰れないだろう、ってさ」
「…………あ! ああっ! そういうことか!」
レンリッキがポンっと手を打つ。
「自分の村の将来が心配な人が、自分の村のゴールドをハクエン村の棒ゴールドに交換してるんですよ! どの村のどんなゴールドでも使えるなら、潰れなさそうな村のゴールド持ってる方がいいですよね?」
「なるほど、さすがレン君」
ドラフシェも「ご明察」と彼を褒める。
「特に換えてるのはアマック村の住人だ。彼らの村は最近お店が次々潰れてるうえに、トローフ村から変な講座が流れ込んできたらしい。なんでも、元勇者が話す『ゴールドにとらわれずに生きる』という有料講座らしいが」
「多分その講師知ってる!」
遂に隣村にまで広まってるんですね!
「で、レートが下がればアマック村の住人はますます不安になって、さらにハクエン村のゴールドに交換したい人が増えるというわけだ」
村自体が潰れたら、その村のゴールドがそのまま使えるかどうか分からない。だからみんな、少しでも安全な村のゴールドを持ちたがる。
その結果、勝手にレートが動き出す。まるで意思を持つかのように。
「この動きは私達に止められるものじゃない。むしろ経済省としては、潰れそうな村の経済立て直しの方に注力して安定化させていくつもりだ。それより深刻なのは魔王討伐パーティーの方だしな」
パーティーがどうしたの、とイルグレットが聞くと、彼女は溜息で返す。
「最近のゴールドそのものの変化や価値の変化で、さらに討伐を諦めるパーティーが増えている。やりくりに失敗してお金が尽きた人もいるし『もう疲れました……』といって解散したパーティーもあるな。多分、お前達が一番魔王討伐に近いと思う」
「なるほどな。色々状況が分かって良かった、ありがとな。あ、あとそれから」
さて、突然閃いたこのアイディア、提案すべきか迷うな。
まあダメでもともと、言ってみよう。
「1つ、経済省にお願いがあるんだよ。俺達が早く魔王を倒せるようにさ」
「わっ、シーギスさん! また上がってます! ミエガの紐ゴールド、短いの1本で30Gですよ!」
「っしゃあ! 10倍まで来たか!」
これで1万だろうと2万だろうと、すぐ稼げるぞ。
「シー君も意外と策士よね、アンナちゃん」
「そうそう、ここまで悪知恵が働くとはね」
「お前に言われたくないっての」
お願いを伝えてから2日。想像以上の効果だな。
「シーギスさん、立役者から連絡ですよ」
レンリッキから声霊石を受け取る。
「まったく、まさかここまでの結果になるとはな」
「助かったよ、ドラフシェ。これで俺達も武具を買える」
「はあ……私も犯罪の片棒を担がされたようなものだ」
「いやいや、嘘はついてないだろ」
彼女への頼みごと、それは、2つの噂を流してほしい、というもの。
1つ、また魔王が何か仕掛けてくるかもしれない、そうしたらどの村もさらに打撃を受ける。
そしてもう1つ、ミエガ村だけは上質で高級な武具を扱ってるから、絶対に潰れないだろう。
あくまで噂だから、嘘はついてない。それでも、村人の不安を煽って安定したミエガの紐とどんどん交換させ、価値を吊り上げるには十分な威力だったに違いない。
「じゃあ、ちょっと魔王倒してくるよ」
「ああ、頼んだぞ」
通信を切り、3人に向き直る。
「さて、武具屋に行きますか!」
「覇王の弓、買わなきゃ!」
「アタシも弓やってみたい!」
「今から!」
こうして俺達は、最終決戦に必要な武器と防具を手に入れた。
そして。
「おっ、こんな魔王の棲家の手前でもお前が出てくるんだな」
ぴょんぴょん跳ねる黄色のスライムを、剣先で撫でるように斬る。
「あ…………」
「おお……」
落としたのは、懐かしい、とても懐かしい、銀色のコイン3枚。
「あれ? これどこの村のゴールドだっけ? アタシ見たことあるな……」
「元祖だよ元祖!」
お前が大量に防具売って儲けたりしたヤツだよ!
「元に戻ったわね」
「ま、理由はすぐに聞けるだろうさ」
さあ、挨拶に参りましょうか。
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