24.まるで生き物のような <1>
「あら、ついにレートが発表されたみたいね」
俺達が賢者の服を買った翌日。ミエガ村、その中央の一番目立つ掲示板に、新しいゴールドがコインでいう何ゴールドに相当するかが記されていた。
「んん、複雑だな」
「子どもがお店屋さんごっこするときに大変よね」
「アンナリーナ、他に心配することはないのか」
仮想経済じゃなくてさ!
「やっぱりハクエンの棒は1G切るんだな」
今までスライムを倒すとたくさん出ていたハクエン村の棒ゴールドは、短いの1本が1Gより下。まあそれが実際の金額だから仕方ないんだけど、なんか残念。
イステニオの石も同じように、小さいのを5つ集めれば3G、くらいの値段だ。
「『いっぱい出てる!』と思って棒のゴールドを稼いでた人達、今頃ショックで卒倒してるわね」
アンナリーナがニッシッシと笑う。俺達はギリギリで「いっぱい出てる」恩恵に与った身だけど。
「逆にミエガ村の紐は上がってますよ! 短いの1本3G!」
3Gのスライムを倒したら、短い紐を1本落としたんだよな。
うん、分かりやすいレートだ。
「シーギスさん、ドラフシェさんです」
レンリッキが取り出した声霊石は、緑と黄色の混じった蛍光色の光がゆらゆらと揺れている。
「今日、ミエガ村にもレートの通達が出たと思うが」
「ああ、掲示板に人だかりが出来てるよ。お疲れ様だな」
「いやいや、とりあえず大混乱が起きる前に何とかなって良かったよ」
彼女の声に、安堵が混じる。
「ドラちゃん、ホントにありがとね!」
「こちらこそ、情報提供、感謝するよ。でも、ミエガも本当は昨日発表する予定だったんだが、派遣された役人がモンスターか何かに襲撃されたらしい。本人達も当時の記憶はないそうだ」
「うう、怖いわね……。ドラちゃん、用心棒つけた方がいいかも。アタシ達が魔王討伐したら、ぜひ用心棒の候補に入れてね」
「ふははっ、考えておくよ」
ドラフシェさん、騙されてますよ! 主犯格の女ですよ!
「シーギスルンド、この機会に全ての村に役人を配置して、声霊石で連絡をとれるようにした。また魔王が何か仕掛けてきても、都度レートを変更したりして、柔軟に対応していこうと思う」
「全部の村か、大変だな」
「仕方ないさ、もう形も金額も違うんだ。村々で別々のゴールドを使ってるようなものさ」
そう、たまたま全ての村でどのゴールドでも使えるだけで、もはや国中の村で通貨が異なっているに等しい。経済省の不安と負担も大きいだろう。
「あと幾つかの村と連絡を取ったら、私も帰って寝ようと思う。シーギスルンド、すまないな、今日は毒を吐く気分になれない」
「その謝罪は女子2人に言ってやってくれ」
ガッカリしているアンナリーナとイルグレットを手で追い払い、ドラフシェとの通信を終えた。
「じゃあ草原に戻る前に、回復系の道具を買わせて下さい」
「おう、行こう行こう!」
薬草マークの看板を最近塗り替えたらしい道具屋に行き、毒消し草や気付けの実をまとめ買いする。
「はい、毎度!」
威勢の良い店主のお兄さん。
「もう使わないですから、ハクエンやイステニオの余ってるゴールドも使っちゃいましょう」
言いながら、レンリッキはリュックから棒と石と紐を取り出した。
「この棒と石のゴールドを優先的に使ってください」
「あっ、他の村のゴールドだね。えっと確か棒は1本……」
お店にも配付されているレート換算表を穴が開くほど見ながら、お兄さんが計算を始める。
「ごめんね、計算苦手でさ。えっと、石は小さいのが……これ、だから…………つまり5つで…………3G……」
紙にメモしながら、時たまそれが何のメモか分からなくなりながら、長い長いお会計の時間は続く。後ろの列が混んできましたけど。
「ダメだ、諦めよう。形・大きさに拘らず、棒と石と紐は1つ5Gってことにする!」
「そんな雑な!」
しかも高いよ! 多分破算するよ!
「あ、すみません、お兄さん。普通のゴールドもあったんで、これもお願いします」
数枚残っていた、原点であるコインも渡す。ああ、やっぱりこれが一番分かりやすいな。
「ええっと、この薄い金属は…………どこの村のだ……? こっちは木の実だし……」
「コインだよ! 普通のコイン!」
忘れないであげて!
「よし、ミエガ村のゴールドも適正になったし、武器と防具のために地道にモンスター倒していこう」
草原に行って全員で戦闘準備をしながら、レンリッキがメモ書きを確認する。
「残りは
「シー君が『召喚獣に任せれば見てるたけで大丈夫そうだな!』って言って、剣と賢者の服を諦めてくれれば15000G浮くんだけどね……」
「じゃあお前も召喚獣を信じて、弓と防具買うなよな!」
そしたらもう何も買う必要ないけどね!
「冗談よ、冗談」
クスクス笑いながら、上を泳ぐ雲のように白っぽい金髪をサッと後ろに払い、イルグレットがしみじみと呟く。
「これ以上、ゴールドに何か起こる前に貯めたいわね」
それ以上ゴールドに何か起こったのは、それから2日後のことだった。
「……え、あのレート、更新されてませんか?」
レンリッキが、掲示板の変化に気付いた。彼の後に続いて走り、貼り紙を囲む。
「ほら、シーギスさん、ハクエン村のところ」
ハクエン村の棒ゴールドは、短い1本が1Gを切っていた。2日前は、確かに切っていた。
それが、1本2Gになっている。
「何でだよ……」
昔、ドラフシェが勉強しながら言っていた。ゴールドも経済も、生き物なのだと。
その意味が少し、分かった気がする。
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