23.ヤツらが来る前に <2>

「ハクエン村よ!」


 起き抜け、サービスでおばさんからもらったコーヒーを飲んでいると、1階の受付隣にある簡易食堂で、アンナリーナがイヤに元気な声で叫ぶ。


「レンちゃん、ハクエン村のあの銅の棒って、見かけ上は多く出てるように見えるんでしょ?」

「え、ええ。スライムを倒すと長い棒1本落としますからね。10G落としたように見えます」


 ミエガではスライムを倒すと短い紐1本。

 何も知らずに見ると、10倍の差があるように思える。


「ってことは、これを稼いでミエガ村に持っていけば、楽に武具が手に入るってことよね!」


 ……いや、確かにそれはそうなんだけどさ。


「お前、それは人ととして良いのか」

「シーギス、アタシはゴールドのためなら、『人』を捨てたって良いのよ」

「もっと別の物のために捨てたらカッコいいんだけどね」

 とても俗物的な感じですよ。


「あの、アンナさん。もし経済省から通達が来たら、その時点で金額は適正に戻りますけど……」

「大丈夫。昨日ドラちゃんに確認したの。通達まで2~3日はかかると思うって」

「あ、だから昨日、声霊石貸してって言ってきたんですね……」

 さすが、悪事に抜かり無し。


「とにかく、魔王がその気ならこっちだってその気よ。どんな状況でも稼ぐ! 武具を買ってとっとと魔王のところに行く! 分かった!」

「お、おう……」

 彼女に完全に押され、そのまま4人でハクエン村に戻ることになった。




「おおっ、また200G!」

「やったわね、シー君!」


 ハクエン村に来てあっという間に2日目。俺達はコロッと大漁ゴールドの魔力に取り憑かれ、夢中でモンスターを倒していた。


「出ましたよ、ゴーストリザードです! こいつは高いですよ!」

「レン君、ありがと、絶対に逃がさないわ」


 敵を倒すたびに、大量に落とす棒のゴールドに興奮し、イルグレット達と歓喜の声をあげる。


 分かってる。実際にはこの棒ゴールドの価値はそんなに高くないんだろう。

 でもいいんだ、敵を倒していっぱいお金を落とすってのが、もう爽快で快感じゃないですか!


「いくら貯まった?」

 リュックから銅の棒を出して、テキパキと数えるレンリッキ。


「1万と……3000Gはありますね! 賢者の服2着は買えます!」

「っしゃあ!」

 ガッツポーズしている横で、アンナリーナが冷静に指示を出す。


「よし、経済省の使者が通達に来る前にミエガ村に戻って買っちゃおう。ヤツらが来たら全てがムダになるわ」

「お前、完全に使者を敵扱いしてるな」

 正しいことしに来るんですけどね。




 そして、4人それぞれリュックに大量の棒を詰め、必死に走る。

 何に追われているかと問われれば時間でも仕事でもない、アンナリーナだ。


「もっと走って! ヤツらが来たら経済がメチャクチャになるわ!」

「ならねーよ! むしろ逆だよ!」

 だから省の役人を何だと思ってんだ!


「ア、アンナさん……ちょ、ちょっと……休みませんか……」

 息切れするレンリッキにも、彼女は容赦ない。


「休まない! ヤツらが先に着いたら、村のみんながどうなるか分かってるの!」

「ゴールドと暮らしが安定するよ!」

 誰かコイツの暴走と爆走を止めてくれ!




「はあ……はあ…………うぐっ……あの……賢者の…………ぐふっ……服を…………2着…………」

「あ、ああ……」


 こんなに死にそうになって防具を買いに来たパーティーがいるだろうか。

 武具屋のおじさんが一歩後ずさりしている。


「えっと、2着で1万と2000Gだね」

「おじさん!」

「どわっ!」


 目をひん剥いて叫ぶアンナリーナ。走ってる途中に髪留めがとれたのか、オレンジの髪がボサボサで、もうさっき倒したモンスターの一味なんじゃないかと思うほど。


「これ! この棒、何ゴールド?」


 息も絶え絶えに、銅の長い棒をつまんで、店主の目の前まで持ち上げる。


 さて、どっちだ? もしもう通達が来てたら、これがスライム1体分=3Gになるはず。


「え、これかい? えっと……ハクエン村のゴールドで……長いから10Gだね」

「だよね! そうだよね! 10Gだよね! そう、そうなの! 10Gなの!」

 ゴールドを投げ出し、急に彼の手を掴んでブンブンと高速で握手する。完全な挙動不審。


「じゃあこれでお願いします!」

 4人分のリュックを揃えて出す。中にはキラキラと輝く棒ゴールドが入っていて、おじさんは慌てて数え始めた。


 よしよし、悪いことしてるみたいだけど、別に法に触れてるわけじゃないしな。賢者の服も2着手に入ったし、また一歩、魔王討伐に近づいたぞ。


 と、その時。


「アンナちゃん、店の外の男2人組。多分、経済省の役人よ」

「ちぇっ、タイミングの悪い……」

 アンナリーナが手を2、3回、ギュッギュッと握った。



 彼らは役人だ。お偉いさんだ。手なんか出したら、将来どんな懲罰があるか分からない。


 俺達はパーティーだ。ただただ、2つ隣の村から全速力で重い重いゴールドを運んできただけの、しがないパーティーだ。


 ならもう、やることは決まってるじゃないか。



「いくわよ」

「おう」


 さすがパーティー、4人の息はピッタリだ。

 全員で一斉に、外に飛び出した。


「あ、君達。実は今からゴールドの改定を――」 

「まずは『惑わせ玉』だっ!」


 レンリッキが投げた道具が彼らの足元に落ち、煙幕に包まれる。そこから出てきそうな気配はない。


「これでしばらくは混乱してます! 僕達の記憶もないはず!」

「ナイスよ、レンちゃん! じゃあ次はアタシ! 軽く燃えとこうかっ!」

 軽くとは思えない、子犬くらいの大きさの火の玉を降らせた。


 その横で、イルグレットが綺麗な魔法陣を描き終えている。

「エレクサタン、いかづちお願い!」


 煙とともに現れた、翼を生やして4足で歩く真っ青なモンスター。「キシャアアア!」と叫ぶと、黒雲の無い空から激しい稲妻が彼らを直撃した。


「シーギス! 死なない程度に斬っておいて!」

「言われなくてもそのつもりだ!」

 服も燃えて、フラフラの2人をなぎ払うように斬る。


 道の横にぼうぼうと生い茂る草に突っ込んだ彼ら。

 その存在を知る者は、多分俺達しかいない。




「おじさん、数え終わった?」

「ああ、ちゃんとあったよ。ほら、賢者の服」

「よっしゃあ!」

 全員でハイタッチ。


 魔王討伐のためには、多少の犠牲は仕方ないのだ。

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