21.今がチャンスだ、カオスに乗じろ <1>
「ドラフシェさん、僕達、今イステニオに向かってるんですが」
「イステニオか。かなり進んでるな」
「実はイステニオではゴールドが石になってるんです」
「何だと……?」
そのまま言葉を失うドラフシェ。
「でもハクエン村の方では、棒のままです」
「ということは……村によってゴールドの種類が変わってるということか」
「さすがですね」
レンリッキが微笑む。この現象を経験してなくても、話だけで状況を察することができる。彼女の地頭の良さがよく分かった。
「とにかく、また経済省の力でなんとかしてくれよ。どの村でも全部のゴールドが使えるようにさ」
「いや、話はそんなに簡単じゃないな」
ドラフシェの声が低くなり、若干聞き取りづらくなった俺達は石に向かって身を屈める。
「全ての村を把握しないと、どのゴールドでも使えますなんてルールにはできない。そこらへんにあるものを拾ってゴールドだと騙そうとするヤツがでるかもしれないからな」
確かに。悪知恵の働くヤツならしかねないな。
「シーギスルンド、バカな真似はやめろよ」
「俺は何もしてないっての」
お前の中の俺はなんてひどいヤツなんだ。
「そうだそうだ。シーギス、ダメだからね」
「一番しそうなヤツが!」
絶対にお前には言われたくなかったよ!
「とりあえず、報告があった順に処理していくしかないだろうな。イステニオ村については、すぐにでも稟議と通達の手配を進めて、石が使えるようにするよ。確かイステニオの近くに省の人間が出張に行ってるはずだからな」
よろしくな、と頼んで、通信を切る。
雨は未だに止まず、イルグレットが濡れた肩を軽く震わせた。
「レンリッキ、イステニオ村は、今は棒のゴールド使えるんだよな?」
「ええ、コインと棒は、もう通貨としてどの村でも使えるはずです」
「じゃあ、イステニオに行こう。途中で倒すモンスターは石しか落とさないだろうけど、それは貯めておくってことで」
なるべく濡れないよう木々の下を通りながら、4人で列になり早足で歩き始めた。
「到着! うん、あっという間ね!」
アンナリーナが両手をバッと広げる。雨が止んで太陽がようやく顔を覗かせ、彼女のまつげに乗る水滴を輝かせた。
ハクエンからイステニオ村まで本当に短い。真っ直ぐ歩いたら半日もかからないだろう。
「ここから先の村も、同じくらいの間隔でありますからね。移動は楽になりますよ」
レンリッキの明るい声を、イルグレットが少し意地悪く笑って打ち消す。
「でも次の村では、またゴールドの形が変わっちゃうんでしょ?」
「……まあ、その通りですね」
そう。もし村々で固有のゴールドしか使えなくなったら、せっかく集めたゴールドが隣村では使えなくなる。なんて不便な世界。
「でも他にどんなゴールドがあるんだろうね!」
そのお気楽な感じが羨ましいアンナリーナ。
「石や棒があるんだから……木! 丸太とか良くない? ゴールドによって長さも変えられるし」
「お前は筏でも作る気なのか」
ゴールドは携帯するものだって前提は忘れないで下さいっ。
「じゃあね、やっぱり貴重な感じ出したいから、木じゃなくて金属にして、持ちやすいように薄く小さくして、あとは金額ごとに色変えればいいじゃん!」
「それコインじゃん!」
原点回帰ですね!
「さて、まずは宿屋で泊まるところを確保しましょう」
ベッドのマークの看板を目印にするとすぐに見つかった。
ドアを開けると、チリンチリンと心地よいベルの音が響く。
「はい、いらっしゃい」
受付のおばさん。どの村でも愛想がいいなあ。
「あの、4人なんですけど」
「はいよ、280Gだね。でも4人って、残りの2人は後から来るのかい?」
「へ?」
後ろを向くと、アンナリーナとイルグレットがいない。何してるんだアイツら。
「あ、えっと、ちなみに……」
レンリッキがリュックから石のゴールドを取り出す。ここに来るまでに結構な数のモンスターを倒し、貯めることができた。コインと違って重いのが難点。
「これ、もう使えますか?」
「何だいこれ?」
「あ、いや、すみません。今度この石がゴールドになる予定で……」
少しオロオロするレンリッキに、おばさんが詰め寄る。
「ホントかい? 騙そうったってそうはいかないよ」
「あ、いえ、そういうわけじゃないんです。ちゃんと棒のゴールドがあるんで、そっちで払いますね」
ちょっと疑心暗鬼になっているのかもしれない。無理もないな、何十年もコイン使ってて、いきなり棒に替わりますって言われたら、ゴールドそのものの信憑性も疑わしくなる。
「こないだもいたんだよ。丸太持ってきて『新しいゴールドだ』とか言ってくるヤツが。危うく騙されるところだったよ」
「まさかの丸太!」
アンナリーナさん、思考回路が似た人がいますよ!
騙す方もおかしいけど、騙される方もちょっと悪い気がしますけど!
「じゃあおばさん、棒のゴールドで280G――」
「ちょっと待った!」
レンリッキを遮る、聞き覚えのある女声。
振り向くと、変な形の帽子に全く似合わない眼鏡をかけた、見覚えのある女が2人いた。
「アタシ、経済省の人間です」
「私もです」
そんな自己紹介があるか。見ろ、レンリッキの驚きと哀れみの同居する目を。
「この度、その石もゴールドとして認められました」
「ました」
「なので、そこの君、石で払っても問題ありません」
「ありません」
何なんだそのコンビキャラは。
「あら、そうなの? じゃあ――」
「レンリッキ、棒で払っといて!」
「は、はい……」
2人を外に連れ出す。
「何考えてんだよ! イルグレットまで!」
変装を解いた2人に反省の色は欠片もない。
「だって、アンナちゃんから提案されて、なんか楽しそうだったからさ」
ニコニコ笑う。いや、そんな娯楽のノリでやられても。
「アンナリーナ、あのおばさん一回騙されかけてるみたいだし、今みんな過敏になってるんだからさ……」
「シーギス、聞いて。確かにアタシの演技力じゃ騙せなかったかもしれないけど、でも短い時間で変装までして、精一杯演じたことは認めてほしいの」
「演技の話なんかしてないよ!」
道徳の話をしてるんです!
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