19.そんなもの煮込んじゃいけません <1>

「はあ、お腹減った。ねえ、シーギス、そろそろ食べようよお」

「まだダメだ。今食べたら寝る前にまたお腹減るだろ」

 トローフ村の道に作られた木の椅子に全員で座り、アンナリーナと目を合わせないままに話す。


 ドラフシェに棒ゴールドの運命を託して数日。やはりこんな大きな変更には時間がかかるのだろう。


 俺達は残コインがなくなった時点で魔王討伐どころではなくなるので、日々かかるお金を極力減らしている。なにせ、いつからこの棒が使えるようになるか分からないので、食事も1日2食にしている、というわけ。


「ねーねーシーギスー! もう食べようよー!」

「ダメだ、もう少しだけ我慢しろ。夜にお腹減ってもいいのか」


「ふんだっ。ケチ、アホ。やーいやーい、お前の母ちゃん、本当は…………」

「何っ! 最後の何なの! 新手の悪口!」

 本当は何なの! 気になるんですけど! イルグレットも何で目線外したの! 演技なの!


「ね、シーギス、お願い! 食べよ!」

「わーったわーった。俺も腹減ったし、酒場に行くか」

「わほーい!」


「シーギスさん、今日はあっちの酒場行ってみましょうよ。珍しい料理あるみたいですよ」

「よし、そこに行こう」




 赤く染まりだした村を歩き、レンリッキが教えてくれた店に着く。看板に「他では食べられません!」と大きく書かれていた。


「いらっしゃいませ! 4名様、こちらどうぞ!」

 若い男の店員さんに通され、テーブルにつく。メニューの冊子はなく、壁に貼ってあるタイプのお店。


「あんまり高いの食べられないからな。恥を忍んで、安いメニューを聞こう」

「はあ……少し前まであんなにお金持ちだったのに、ひもじいわね」

 確かに。あのときは何もしないでも勝手にゴールドが入ってきたんだもんな。


「あ、すみません!」

 さっきの店員さんが、メモ帳とペンを持って来てくれた。


「えっと、この店で一番安いものって何かな?」

「はい、川魚のスライム煮になります」


 4人で瞬時に固まる。


「え、それは何? あの、比喩ってこと? スライムみたいにトロトロ、みたいな?」

「…………ではスライム煮、お1つでよろしいですか?」

「頼んでないよ!」

 質問に答えろよ!


「え、あの、まさかと思いますけど、本当にスライム使ってるわけじゃ……」

 そう尋ねるレンリッキに、目を合わせない店員。


「……………………まあ、そこはほら、食べてみてからのお楽しみということで」

「楽しめないよ!」

 さっきより沈黙長いじゃん!


「ダメだ、一番安いのは諦めよう……。他に安くてお腹に溜まりそうなのはないか」

「あ、アタシ、あれがいいな。『ソードホークのチキンレッグ』、4本下さい!」

「それ絶対ダメなヤツだよ!」

 モンスター名バッチリ入っちゃってんじゃん!




「そろそろドラりんから連絡ほしいわね」

 結局酒場では無難で高いパンだの肉だのを食べて、宿屋に戻ってきた。貴重なコインだけど、宿泊場所だけはちゃんと確保したい。


「今の残金だと、あと2、3日ならもちますけど……」

 シャワーも浴び終わり、全員でまた俺の部屋に集まっている中で、レンリッキが報告する。その表情には、ありありと不安が見て取れた。


「ある意味じゃ、ゴールドが減る方がまだマシだったな……」



 いくらモンスターが高額の棒を落としても、それが使えなきゃ意味がない。国が、経済省が「この棒に価値があるんだ」と保障してあげないと、それは通貨には成り得ない。



「まあ、ここで暗くなっても仕方ない。ドラフシェを信じて楽しい話でもしようぜ」

「シーギスのお母さんのこととか?」

「だからそれ何なの! 楽しい話なの!」

 ずっと気になってるんですけどね!


「何、俺の出生に関わる話とか! 大体なんでお前がそんなこと知ってるんだよ!」

「アンタが誰かからお土産にもらった特薬草、お母さんが『もったいないから売っちゃおう』って言って普通の野草と取り替えたらしいわよ。うちの母親が言ってた」

「全然知らなかった!」

 5年越しの真実!


「まったく、2人の会話聞いてると、飽きないわね」

 髪を耳にかけながら、イルグレットがフフッと笑う。



 フッフッフ、何を仰っているのですか。俺も見てて飽きませんよ、貴女のその湯上りの色香を!

 まず髪ですよ髪。白っぽい金髪と水滴ってのは相性最高ですな! 少し湿ったそのストレート、金髪がさらに輝くような水の潤い、麗しゅうございます。

 そして服装。ええ、確かにこの宿屋ではその薄手の部屋着が渡されましたよ。でも胴回りがブカブカじゃないですか! サイズ変えてもらわないでいいんですね! 胸とか谷間とかバストとか色々あれな感じになってますけどいいんですね! 


 そ、し、て! アンナリーナさん、貴女もですよ。

 オレンジの髪、普段アップにしてるからシャワーあがりに下ろしてると印象が違って見えますよ! 毎回思うけどズルい! あんな元気いっぱいな髪型見せられた後にそんなちょっと綺麗な感じの見せられたらもう興奮の2文字以外ないですよ!

 そして部屋着の下の丈が少し短いから、スラッと綺麗な足がしっかり見えます! 見たくなくても見えちゃいます!

 でもって上は袖が長いですけど、サイズ変えてもらわないでいいんですね! 袖も長くて手があんまり出てない最高に可愛いポーズですけどいいんですね!


 ゴールド? そんなのどうでもいい! この眺めが続くならコインでも棒でも知ったこっちゃないんだ!



「シーギス、どうしたの?」

「ん? んん、別に」

 うるさいな、俺はお前らを見るのに忙しいんだ。


「……シー君、私とアンナちゃんで、部屋着のサイズ変えてこようかな」

「それはダメだよ!」

「…………フフッ、シ・―・く・ん?」

「ふうん、だから変な笑顔だったのね、シーギス君」

 しまったああああ! アホほど単純な手に引っ掛かってしまったあああ!


「アンナちゃん、ちょっとだけ体マヒさせる魔法とかある? そしたら私が召喚獣に食べさせるから」

「オッケー!」

「オッケーじゃないよ!」

 召喚獣相手はシャレになりません!


「あの、ドラフシェさんからです!」

 レンリッキが声霊石を取り出す。2つの意味で救いの手、ドラフシェお嬢様からの通信。


「連絡来たってことは、喜んでいいんだよな?」


 俺の問いかけに、彼女は笑ったような声色で「ああ」と返した。


「待たせてすまなかったな。夕刻、お前達がいるハクエン村にも通達した。明日から棒のゴールドが使えるようになるぞ」

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