19.そんなもの煮込んじゃいけません <2>

「よし、これで普通に生活できるぞ! ありがとな、ドラフシェ!」

「いやいや、経済の安定はうちの省の任務だからな。当たり前の業務をしただけだ」

 経済省のエリートが照れるように謙遜する。


「ドラりん、イルグレットだけど、ありがとうね。他の村も似たような状況なの?」

「ああ、調査した範囲では、モンスターを倒して棒が出るという現象は国中で共通らしいる。魔王のヤツめ、こんな手段で混乱を引き起こすとはな」


 彼女のぼやきに、イルグレットと顔を見合わせて苦笑いする。そうだよな、100年前に魔王とモンスターが現れて以来、初めてのことだもんな。経済省内部も大変だっただろう。


「まあとにかく、これで一旦は解決だ。良かったな、シーギスルンド。これで、勇者を辞めて何もせずにただただ過去を後悔しながら余生を生きなくて済むぞ」

「今までで一番ひどいパターンだ!」

 何でもいいからせめて働かせてくれ!


「あ、でもちょっと待って下さい、ドラフシェさん。コインのゴールドはどうなるんですか? 使えなくなるんですか?」

 リュックを見ながら思い出したように訊くレンリッキ。


「ああ、心配要らない。コインもそのまま使えるように通達している。つまり、使えるゴールドが2種類あるってことだな」

「さすがですね! ありがとうございます!」


「じゃあまた。そうだ、シーギスルンド。せっかくの機会だから言っておこうと思うんだが」

「なんだよ」

 え、ひょっとしてアレ? 愛の告白的な? みんな聞いてるから恥ずかしいけど。


「実はお前の母親だが、5年前、お前がお土産にもらった特薬草を、もったいないからと売って――」

「知ってるよ! ついさっき知ったよ!」

 なんでみんなこのタイミングで急に話すんだ!




「おじさん、特薬草5つ下さい。450Gですよね、これで!」

「おっ、やっぱりこれが新しいゴールドだったんだね。はい、確かに。毎度あり!」


 翌日、緊張しながらも道具屋に来て、改めて買い物してみる。


 使える。昨日まで棒切れだったものが、お金になっている。


「あーっ! 稼いだゴールドがきちんと使えるって嬉しいな!」

 買った薬草を持って軽く伸びをしながら、レンリッキが明るい声で叫んだ。


「よし、シーギスさん、この勢いのまま次の村に行っちゃいましょう!」

「いや、お前、そんな簡単に言うけどな」

「そうよ、レンちゃん。移動結構大変でしょ?」

「いえいえ、それがそうでもないんですよ」

 そう言って、リュックの中の地図を取り出し、地面に広げて見せてくれた。


「今ここのハクエン村にいます。魔王まで結構近づいてきましたね」

 うん、近くなってきた。いよいよ魔王討伐の夢が現実になってきたぞ。


「で、見てください。この辺りって村が多いんですよ。ほら、次のイステニオ村も、これだけしか離れてません」

「本当ね、これなら1日かからなそう」


 俺の上から覗き込んでいたイルグレットが頷く。確かに、ここから魔王が棲んでるところまで、とても近い間隔で村が点在していた。アンナリーナもフムフムと頷く。


「なるほど。きっと、この辺りの村人に双子や三つ子が多かったから人口が集中してるのね」

「お前ホントによくそんな発想できるな」

 驚嘆を通り越して尊敬です。


「仮に人口が多かったとして、もっとこう、ちゃんとした理由なんじゃないのか」

「この村の方が納める税が少ないとか、子育ての環境が良いとか?」

「急にびっくりするくらいまともなこと言い出した!」

 そのギャップたるや!


「人口が多いかは分かりませんけど……この辺りに歴代の魔王の棲家ができることが多かったので、村々も固まってお互いサポートし合えるようにしたんでしょうね」


 レンリッキの説明に「おお、そういうことか!」と手をポンと打つアンナリーナ。


 確かに、魔王はバートワイト王国のどこかに次代の魔王を宿すけど、この辺りが多かったのだとしたら。

 自然、お互いいざというときに色々協力し合えるように、村の規模は小さくても距離を開けないようにするだろう。


「じゃあ、イステニオ村を目指すか! 目標は半日で着くこと!」

「シーギス、半日で着けるか賭けしよう! アタシ勝ったら『精霊の首飾り』買って。アンタが勝ったら、酒場でスライム煮ご馳走してあげる」

「要らないよ! 平等な賭けになってないよ!」


 棒のゴールドも使えるようになったし、もう怖いものはない。あとは魔王を倒すだけだ。

 …………だけだと良いんだけど。

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