16.悲鳴と混乱と、新たな異変と <1>

「あーーーーーっ!」

「戻っちゃってるーーーーっ!」

 俺とアンナリーナの絶叫に、木にとまっていた鳥が2羽、怖がるようにバサバサと逃げていった。


「ドラフシェ、戻ったのはいつからだ!」

「いや、ついさっきらしい。ただ、宿屋や武具屋はもう値下げを始め――」

「マズい、お前ら戻るぞ!」


 おいちょっと、と言いかけた彼女の通信を一方的に切り、トローフ村に全速力で走る。多分今の俺達なら、飛んでるソードホークに追いつけるだろう。


「レンリッキ、まずは武具屋だっ!」

「はいっ!」


 村の門を入ってからもスピードを緩めず、雪崩れ込むように武具屋に入る。

 息切れしながら、氷の槍とムーンアックスを差し出した。


「お、おじさん……これ、買い取って」

「ああ。えっと、槍の方は……売値の半額で、1本1100Gだな」

「3万もしたのに!」

 3本あるんですけど! 大損なんですけど!


「斧の方はもっと安いよ。みんな一気に売りに来てるからね。そうだな……800Gがいいところかな」

「20分の1以下じゃん……」


 完全に元の買い取り値に下がっている。むしろ、みんなが一斉に売って価値が落ちてるから、それよりも価格は低い。この買い取りで10万G以上損してるぞ……。


「くそっ、ゴールドのまま持ってれば勇者一の大金持ちになれたかもしれないな……」

「あーあ、シーギスもホント、計画性ないわね」

「シー君、リーダーの自覚あるのからしら」

「お前らも買っちゃえ買っちゃえの感じだったろ!」

 何を急に裏切ってんだ!




「これは……パーティーは大変なことになってますね……」


 道具屋でも高値で買ったアイテムを二束三文で売りとばし、レンリッキが村を見渡しながら力なく呟く。歩いている勇者や魔法使い達は、虚ろな表情になっていた。


 そう、俺達も含め、ほとんどの勇者はゴールドを持ってない。売って儲けるために、その相当額をアイテムに変えていた。


「大きく稼ぐとか言って、借金して高い武器買ってたパーティーの話、知ってるでしょ。あそこ、ゴールド返せなくなったから、魔王討伐を諦めるみたいよ」


 さっき座ってた勇者が話してたわ、とイルグレットが目を細める。

 まだ夕方には遠いけど、冷めた風が彼女の白いミディアムストレートと薄ピンクのスカートを捕まえて、物憂げに揺らした。



 ガサガサッ!


「あ、うっす」

「どわっ!」


 物音に驚き、その異形に重ねて驚く。この前会った、薬草で全身を覆った勇者だ。


「あの、大丈夫だった? 薬草の売値、元通り6Gになってるけど……」

 アンナリーナが優しさと同情全開で尋ねると、顔の周りの薬草をどけ、目だけひょこっと出した。


「いや、ダメだな。パーティーのメンバーも、俺に愛想尽かして出て行っちまった」

 薬草の買いすぎが原因で解散したパーティーは史上初だと思う。


「俺なんか死んだ方がマシだと思って、この大量の薬草口に詰めこんだんだけどさ、どんどん元気になっていって」

「そうだろうね」

 薬草の効果ってそういうものですからね。


「まあ、今日で勇者は廃業だ。欲出しすぎた俺が悪い。おとなしく、ここで働き口を探すよ」

 お前ら、魔王を頼むぞ、といって彼はガサガサと去っていった。



「結構な勇者が脱落してるんじゃないか? あの隊長とかいう署名活動してたヤツも元々勇者だって言うし――」

「やあ、シーギスルンド君。私のことかい?」

「どわわっ!」

 いきなり後ろから声をかけられて飛び上がった。


「あっ、隊長さん。こんにちは」

 レンリッキが律儀に挨拶する。イルグレットより真っ白な髪に、相変わらず年齢の分からない顔立ち。でも同期の勇者なんだから年近いんだよな……?


「隊長さん、大丈夫なのか? ゴールド元に戻ったから、魔王討伐に反対する理由もないだろ?」

「ああ、署名運動は解散だね。稼ぐアテがなくなったから、別の仕事を考えるよ。ところでシーギスルンド君、これから有料講座があるんだけど来ないかい? 『売って儲ける時代は終わった ~新しい時代の稼ぎ方~』」

「もうタイトルから怪しいんだよ!」

 講座をメインの稼ぎ口にする気ですね!


「君は魔法使いかな? 講座の終わりに、魔法の出やすくなる足つぼ体操でもやろうか?」

「シーギス、怪しくないから行ってみよ!」

「怪しいから行きません!」

 どいつもこいつも!

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