15.異世界バブル、崩壊 <2>

「さて、武器も防具も買ったし、そろそろ次の村目指さないとな」


 トローフ村でも結構な日数を過ごした。このあたりの敵もそこまで苦労しないで倒せるようになったし、また先に進まないといけない。


「ねえ、あれ何かしら」

 イルグレットが人だかりに気付く。何人かの人が紙とペンを持って、署名運動をしていた。


「皆様、魔王討伐の反対運動にご協力下さい!」

 ………………は?


「今、私達のこの豊かな生活があるのは、まさに魔王による魔法のおかげです! それを止めてしまって、良いのでしょうか!」


 他の3人と顔を見合わせる。アンナリーナは首をゆっくり横に振り、オレンジの髪が陽光で鮮やかに輝いた。


「おい、ちょっと落ち着けって」

 人だかりに割って入る。老若男女、種々雑多な人々が道行く人に声をかけていて、耳を傾けるために立ち止まっている野次馬も数多くいた。


「あ、勇者さん! どうぞ、ここに署名お願いします!」

 押しの強そうなおばさんが台紙に貼られた署名用紙をグイッと渡してくる。


「いや、そのために来たんじゃないっての。俺は魔王倒すつもりだしな」

 それを聞いて、おばさんは「ええっ!」と悲鳴に近い叫び声をあげた。


「なんてこと言うんですか! 魔王がいなかったら、こんな生活は出来てないんですよ!」

「いや、ちょっと前までむしろゴールドが全然ない生活してただろ」

「それはそれ、これはこれです」

「都合良すぎるだろ!」

 魔王の手下か! 手下なのかアンタは!



「どうしたの?」


 おばさんの後ろから、穏やかなトーンで話す男が顔を覗かせた。

 真っ白な髪に黒い瞳、なんとなく年上なことは分かるけど年齢不詳な顔つきは、ミステリアスという言葉がよく似合う。


「あっ、隊長様! ここに魔王を倒そうという悪魔のような勇者がいるのです」

 魔王を倒そうとしたら悪魔呼ばわりされるという不思議な事態。

「ああ、勇者なら皆そうだよ。魔王を倒すためにずっと修行してきたんだしね」


 隊長様と呼ばれたその男は、俺に向かってフフッと微笑んだ。でも、その表情にはどこか怪しさがあり、アンナリーナが見せるような完全な笑顔とは違う。


「こんにちは。私は反対運動の隊長だ。隊長さんって呼んでくれて構わないよ」

「……シーギスルンドだ」

 ぶっきらぼうに答えてやると、またあの不穏な笑みを見せた。


「シーギスルンド君、実は私も元勇者だったんだよ」

「えっ、隊長さんが! 何代前の魔王?」

「いや、一昨日まで勇者だったんだ」

「同期なの!」

 先輩だと思ってました!


「で、勇者だったのに何で急に反対運動なんか始めたんだ?」

「うん、やっぱりね、ゴールドの上がり下がりに一喜一憂する生活にまいっちゃったんだよね」

「そんな理由……」

 イルグレットがわざとらしくため息を吐いて彼の白い髪を揺らす。


「でね、今の生活が続くなら、別に勇者として魔王を倒す必要はないし、勇者を続ける必要もないと思ったのさ。買って売るだけで稼げるんだからね」

「………………」


 いや、俺達だって同じように儲けてますよ? でもそれで勇者やめるか? ゴールドの海に溺れてバカになってるんじゃないか?


「いや、でも隊長さん」

 レンリッキが表情を窺いながら声をかける。

「またゴールド下がったらどうする気なんですか?」

 ナイス質問、レンリッキ!

「うーん……そのときに考えるよ!」

「刹那的だな!」

 思考停止の見本みたいなヤツだな!



「さて皆さん、署名活動お疲れ様です」

 アホ隊長が署名用紙を持った各々に告げる。

「一旦ここまでにして、会館に戻りましょう。『次に値上がりするアイテムはこれだ』の有料講座を行います」

「危ないビジネスの匂い!」

 皆さん、多分騙されてますよ!


「シーギスルンド君も一緒にどうですか? 今なら署名用紙と宣伝文句集も無料で差し上げますよ」

「もらってどうするんだよ!」

 署名お願いする側になってんじゃん!


「そこのサモナーさん、講座の最後に召喚獣のマッサージ方法でもお教えしましょうか?」

「シー君、怪しくないからちょっと行ってみない?」

「行かないよ! 怪しいよ!」

 召喚獣に甘すぎます!




「まあでも、僕達も同じようにアイテム売り買いして儲けてますからね」

「あいつらよりマシだっての」

 草原に出ながら、レンリッキと話す。


 今日会った薬草コレクターや荷車全滅隊、怪すぎる元勇者達と比べてば、俺達はちゃんとモンスターも倒して経験も積んでるし、あそこまで儲けに固執していない。


「ねえ、レンちゃん。次は何売るの?」

「そうですね、えっと……氷の槍3本と三日月の実15個が値上がりしてましたから、売り時ですね。その後少ししたら、ムーンアックスを4本売ります」



 使えもしない武器と使う予定のない道具を買い、しばらくしたら売る。やってることは変わらないし、レンリッキ達だってもう違和感は覚えてないだろうけど、「もっとひどいヤツだっている」という事実に安堵を見い出す。



「あ、ソードホーク。2体いるわね」


 イルグレットの声が俺を戦闘に呼び戻す。まっすぐ突っ込んでくる1体とは別に、木に隠れながら飛んでくるもう1体の鳥人がいる。手には剣、人間みたいな足に、大きな翼。よくよく見るとやっぱり気持ち悪い。


「さて、炎竜の剣、切れ味試してみるかな! イルグレット、隠れてるヤツの相手、頼めるか」

「ええ。私もメテオアロー初披露ね」


 2人で相手を決め、武器を構える。


 と、レンリッキが叫んだ。


「声霊石にドラフシェさんから連絡です! 音量上げます!」

「おい、シーギスルンド、聞こえるか」

 彼が手に持った石から、大声が響き渡る。


「なんだよ、急ぎの用事か?」


 話しながらも、こいつらとの戦いには慣れたもの。ソードホークを斬り倒し、射抜いて、2体はパンっと弾けた。



「一応知らせておこうと思ってな。ゴールドが戻ったという連絡が入ってるぞ」



 これまで360G落としていた鳥人が、10G硬貨を2枚だけ落とした。

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