Inflation ~インフレーション~

9.なぜか多いよ、君のゴールド <1>

「ちょっと待て、これってつまり……そういうことだよな、アンナリーナ?」

「そうね。1体に見えてたけど、実際は3体のスライムが濃縮されてたってことね」

「どんな頭してんだよお前は!」

 何なんですか濃縮って。


「シー君、後ろから1体飛んで来るわよ」

 イルグレットに言われ、羽音に気づく。振り返ると、巨大なハチのニードレットが、毒針を剥き出しにして、猛スピードで向かってきていた。


「私が射るわ」

 そう言って彼女は矢を構え、突っ込んでくるニードレットに放つ。矢は体の中心をザシュッと貫通し、敵は動きを止める。

 すかさずもう1本を放つイルグレット。今度は頭に命中し、ニードレットはパンッと弾けた。そして落ちてくる、1枚のコイン。

 1G硬貨より大きく厚い、10G硬貨。


「今まで5Gだったのに10G……レン君、そもそもこのハチって……?」

「ええ、10G落とします」


「なるほど、アタシが思うに、このハチのお腹の中に子どもがいたのよ。だから倍に――」

「ならないよ! 多分そういう仕組みじゃないよ!」

 その発想がすぐ出るってある意味すごいな!



「アンナちゃん、多分これ、落とすゴールドが普通に戻ったってことよね?」

「あ、そうか! え、ってことは何? 魔王が使った魔法の力が弱まってるってこと?」

「分からない。でも、戻ってるってことは、私達も普通の生活が出来るってことよね!」

 彼女の言葉に、レンリッキが顔を綻ばせる。


「そうですね! 村のみんなの生活も、いずれ元に戻るかもしれません!」

「これでゴールドも貯めやすくなるな! まだ値下がりしてるうちに鋼の剣を買うぞ!」

「アタシも、新しい防具欲しい!」

 4人でハイタッチする。


 そうそう、やっぱり冒険はこうでなくちゃ。最近はゴールドを稼ぐことで頭いっぱいだったからな。もうそんな日々ともおさらばだ!



 喜びあっていると、近くからキャッキャと笑う声が聞こえた。近づいてみると、別のパーティー。俺達と同じように、跳びはねて喜んでいる。


「あの、ひょっとして、ゴールド……」

 話しかけてみると、俺と同い年くらいの男勇者がハイテンションで近づいてきた。


「そう! 戻ったよな!」

「ああ、戻った!」

「わっはっは! やったやった! これで金欠に悩まなくて済むな!」

 これまでの冒険の大変さを労うように、笑って肩をバシバシ叩いてくる。


「そうそう! ゴールドゴーレムをどんだけ待ち望んだか!」

「スライムなんか1Gも落とさないなんてな!」


 すっかり意気投合し、お互いのパーティーメンバーでこれまでの愚痴と金欠あるあるをたっぷり話す。うん、やっぱりみんな、ストレス溜まってたんだよな。


「いやあ、魔王にはホント苦しめられたよ。早く倒さないとな」

「ああ、そうだな。これからどうするんだ? えっと……」


 何と呼んでいいか分からずに迷っていると、「ジムシャースト、ジムでいいよ」と教えてくれた。


「俺達は今のうちにタストナ村の方まで行って、強いモンスターでゴールド稼ごうと思ってるんだ。いつまたあの変な魔法が来るか分からないしな」

「そっか。俺はシーギスルンド、シーギスって呼んでくれ。俺達も早めにタストナに行くよ」


「じゃあ、またどこかで会おう、シーギス」

「ああ、頑張ろうな、ジム」


 握手を交わして、彼らは次の村に向かった。


 再会するかも分からない出会いに、すぐ訪れる別れ。でも、俺達は魔王を倒すために先を競うライバル。このくらいの距離感でちょうど良いのかもしれない。


「さてと、アイツにも一応連絡しておくか。レンリッキ、声霊石貸してくれるか」

「はいっ!」


 ドラフシェにモンスターが落とすゴールドが戻ったことを伝えると、安堵の声が石から響いた。


「そうか、これで村の商売も値段が戻りそうだな」

「あの、レンリッキです。ドラフシェさん、武具や道具の値段ってすぐに戻るんでしょうか? 値上がりする前に買っておきたくて……」


「いや、私の考えだが、少し時間がかかると思う。武具や道具は、勇者達が買うから需要が増えるものだからな。ゴールドを稼いでも慎重に貯める勇者もいるだろうし、大勢が買いだしたら武具屋の主人たちも『戻しても大丈夫かな』と思って戻していくんだろうな」

「ほへー、難しいなあ」

 感嘆するように頷くアンナリーナ。いや、そこまで難しくはなかったと思うぞ。


「ドラフシェ、何かあったらまた連絡するよ」

「ああ、これ以上何もないことを祈るよ」

 苦笑いしながらドラフシェが通信を止めた。



「さてと、じゃあ早速、私達も稼ぎましょ。これで召喚獣が自由に呼べる生活が戻ってくるわ」

「今まで我慢させたな、イルグレット」

「ホントよ、シー君。最近はしょっちゅう、シー君を追放して召喚獣をパーティーに加える夢見てたんだから」

「一応パーティーのリーダーやらせてもらってますけど!」

 まず人間と召喚獣を入れ替えるって発想をやめてもらっていいですか!


「シーギスさん、僕達も急いで武具揃えて、タストナ村に向かいましょう。さっきのパーティーに負けるわけにはいきません!」


 こうして、普通にゴールドを落とすモンスター達に、自分たちが金持ちになったように錯覚しながらバトルを重ねていった。

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