4.思わぬものが高値で売れるもので <1>

「差しあたっての目標は、全員が防具を買うこと、それからイルさんが強い弓を買うことですね。防具は最低限のものだけでも着けておかないと、次のシアゾット村のエリアまで行くのは危険かなあ」


 レンリッキが、何枚にも重なったメモ書きをめくりながら話す。

 確かに、かなり高い鎧や胸当ては買えないにしても、防御魔法のかかった特殊な糸で編まれた、今の俺達が着てる服に近いような簡易の防具は着けておいた方が良いだろうな。


「まあ、最悪私の弓はなくても大丈夫よ。召喚獣がいるしね!」

「いや、そのたびにお金が減っていきますから、なるべく召喚しないよう――」

「ヤダヤダヤダ! ポイズンスライムのスラたんだって、この前のエレクサタンのエレちゃんだって、みんな私の家族なんだから! レン君は私に家族に会うなって言うの!」

 手足をバタつかせるイルグレット。お姉さんの雰囲気が台無しですけど。


「あの……分かりました、イルさん。ただ、この前みたいに、いっぱいゴールドが稼げそうなときだけにしてくださいね、召喚は」

「ちぇっ。いいわよ、どうしても会いたくなったらシー君の銅の剣売って、そのお金でこっそり召喚するから。それなら迷惑かけないでしょ」

「迷惑かけてるでしょ! 俺の剣なくなってるでしょ!」

 あと、こっそり召喚するってバトルで活躍させないってことじゃん! 何のための召喚獣だよ!


「で、レンちゃん、防具と弓でどのくらいのお金がかかるの?」

 覗き込むようにして聞くアンナリーナ。レンリッキは俺より小さいとはいえ、彼女よりは一回り大きい。急に顔を近づけられて、彼は少し顔を赤らめ、斜め上を向いた。

「か、買う防具にも拠りますけど、安価なものを買っても、全部で550Gから600Gくらいは必要ですね」

 4人の防具が多分それぞれ100Gくらい、弓が160Gか。確かに合わせたらそれくらいするな。


「私に任せてって、シー君。600Gなら、さっきみたいに30Gずつ20回やればあっという間でしょ」

「イルグレットお姉さま、召喚獣呼んだらその分減りますからね」

 さっき横のアイテムマスターもこのツッコミしてますからね。


「じゃあ、レン君、他にこんな大金一気に稼げる案があるの?」

「え? あ、いや、えっと、えっと……」

 出た、突発的な振りやピンチに弱い、優等生レンリッキ。

「えっと、えっと……あ、銅の剣を売れば125Gは手に入ります!」

「だから何で買ったばっかりの剣売るんだよ!」

 さっきイルグレットも売る方針だったぞ!




「とりあえず、だいぶ日も落ちたし、またオーゼ村に泊まろう」


 青にも似た黒色の空が大地を塗りつぶし、月明かりが川の水面を輝かせる。

 美しい光景ではあるものの、強い風が草をざわつかせ、俺達に帰れと煽っているようだった。


「そうね! まずは寝てから、稼ぐ方法考えよう!」

 頷くアンナリーナを先頭に、オーゼ村に帰る。昨日泊まった宿屋に行くと、もう最後の1部屋しか空いてなかった。


「人気なんだなあ。同じ値段で他にも幾つか宿があるのに」

「2段ベッドなのに、結構寝心地良かったですもんね」

 驚く俺に、レンリッキが20Gを払いながら返事する。


「それにシーギスさん、この宿が満室ってことは、やっぱりこの村に結構パーティーが溜まってる証です。まだ装備が十分じゃないから、シアゾット村に向けて出発できない」

「ああ、そういうことだな。早く次の村に行かないと」


 部屋に荷物を置き、近くの酒場に夕飯を食べに行く。全員お酒は飲めないので、果実ジュース付きのステーキセットを注文した。


「それにしても、あの宿屋ホントに人気なのね。アタシ達が出たときも、別のパーティーが入れ違いで入ろうとしてたもんね」

 アンナリーナがスープを掬って飲みながら喋る。おい、今ちょっと口から飛ばなかったか。


「まあ、朝もしっかり日が射す部屋だし、シャワー室も綺麗だったしな。評判が広まったんだな、きっと」

 あとちょっと遅かったら泊まれなかったな、と笑うと、彼女は突然立ち上がった。


「アタシ、ゴールド稼ぐ良い方法思いついた! ちょっと出てくる!」

 ステーキを半分残し、走って店を出る。



 なんだろう。怖い。すっごく怖い。なんていうかほら、あの子って予測不能な言動ふりまくことあるし。突っ走るとどこまでも行っちゃうタイプだし。

 ああ、怖い! 何するんだろう!



「ただいま!」

 しばらくすると戻ってきて、満足そうな顔でステーキを平らげる。

「なあ、お前何してきたんだよ」

「ふっふっふ、もう少ししたら種明かししましょう!」

 その笑みは何なの! 不安しか感じないんですけど!



 ゆっくり食べて、宿に戻る道すがら。アンナリーナが話し始める。

「なんと、ここに35Gあります!」

 薄い黄色のシャツの胸ポケットからゴールドを出す。

 冒険してから初めて見る、10G硬貨も3枚入っていた。


「おおっ!」

「大金だ! すごいですねアンナさん!」

「アンナちゃんすごい! どうやって手に入れたの!」


 みんなで褒めながら十字路を曲がると、宿屋が見え始めた。その入り口には、見覚えのある荷物が捨てられたように投げ出されている。


「あれ? 俺たちの荷物じゃん。なんであんなところに?」

「ふっふっふ、実はアタシ達の『宿泊する権利』を売ったの!」


 ………………はい?


「あの宿屋に泊まりたい人はいっぱいいるでしょ? だから『35Gくれれば、アタシ達の部屋泊まっていいよ!』って持ちかけたのよ」

「何してるんだよ! バカなんじゃないの!」

 イヤな予感的中じゃん!


「あ、ごめんね、シーギス。そうなの、20Gは既に払ってるから、実際には儲けは15Gなの」

「いや、そういうことじゃないよ!」

 呑気だなお前は!


「俺達どこに泊まるんだよ! 他の宿も満室だったらどうするんだよ!」

「もうこの時間ですし、空いてるか分かりませんよ……」

 口を開けたまま脱力するレンリッキ。イルグレットは手を顔を覆っている。


「そうか! そこまで考えてなかった、ごめん。まあ冒険始めたばっかりだし、そういう間違いもあるわよ!」

「どうしてそんなに威張れるの!」


 結局どこの宿も満室で、俺達は強い風で村が冷え込む中、道端で座り込んで寝心地の悪い夜を明かしたのだった。

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