3.召喚したはいいけれど <2>

「シー君が剣買ったなら、やっぱり私も弓が欲しいな」


 モンスターの出る草原に出て、銅の剣の感触を確かめるためにブンブン振っていると、イルグレットが腕を後ろに組んで呟いた。


「160Gだったっけ? もう道具は売れないから、コツコツ稼ごう。ごめんな、先に俺が買っちゃって」

「いいのよ、勇者はパーティーの要なんだし、それに私はあくまで補助攻撃として使うだけだから。その代わり、私の召喚獣が攻撃されそうになったときは積極的に身をていしてね」

「対価がキツすぎませんかね」

 召喚獣用のマント買えなかったこと、根に持ってるな……。


「あとは、僕たちも防具を少しずつ揃えないとですね。戦いの数が多いから、ケガ減らさないと、薬草とか使って余計なお金もかかっちゃうし」

「そういえば、今朝すれ違ったパーティーが話してたんだけど」

 アンナリーナが、近くの川を指す。


「この川の下流って、大量のモンスターがいっぺんに出ることがあるらしいの! 1体1体倒すとゴールド稼ぐの時間かかっちゃうし、下流に行ってみない?」

「おっ、いいかもしれないな」

「アンナちゃん、ナイス情報! よし、行きましょう!」

 張り切って先頭を歩き始めたイルグレット。レンリッキに「10体くらい出てほしいな」と笑いながら、彼女のあとをついていった。




「出たっ! ってまたデビルドッグ1匹じゃん!」

 赤色の獰猛そうな犬を見て、思わず叫ぶ。


「グガアアアアアッ!」

 助走から一気に飛び掛ってきたデビルドッグを後ろに跳んでかわした。


「ガアアアウッ!」

「ぐあっ! 痛ってえっ!」

 後ろに潜んでいたもう1匹に、思いっきり足を噛まれる。歯が肉に食い込み、血が灰色のズボンを赤黒く染めた。


「シーギス、大丈夫っ! この、バカ犬めっ!」

 アンナリーナが座り込んだ俺の前に立ち、両手を前に翳して呪文を唱える。やがて、それぞれの犬の上に局所的なブリザードが吹き荒れ、すぐさま2匹は氷付けになった。


「シーギスさん、薬草煎じました! 噛まれたところに揉み込んで下さい」

「ありがとな、レンリッキ。あと、アンナリーナも。助かった」

「いいのよ、困ったときはお互い様。それに、アンタが大ケガしたら、村まで歩くのに時間かかるでしょ。アタシ、あんまりトロトロ歩くの好きじゃないからさ」

 そんな理由かいっ!

「……え、何それは。あの、『ホントは好きだけど照れ隠しで』みたいなこと?」

「おめでたいわねアンタ……」

 分かった分かった! 分かったからそんな哀れんだ目で見ないで!



「しっかし、団体様が全然出てこないな」

「そうね、おかしいなあ、確かに聞いたんだけど……」


 彼女の耳寄り情報をもとに川の下流まで来てから結構経つものの、さっきから1~2体のモンスターしか出てこない。今倒したデビルドッグも、7G落とすはずが3Gとスライム並のゴールド。大分金額が下がっている。


「レンリッキ、幾ら稼いだ?」

「えっと……80Gですね」

「宿と食事引いたら40Gくらいか……」

 160Gの弓や、全員分の防具を買うなんて夢のまた夢だ。


「どうする? アタシが教えたのにアレだけど、ちょっとずつ日も傾いてきたし、一旦オーゼ村に戻る?」


 アンナリーナが、自分の髪のように少しずつオレンジに染まってく空を見ながら聞いてきた、そのとき。


「ねえ、この地響き……」

 イルグレットが耳をそばだてる。人間ではない、ドタドタという足音。それも1体や2体じゃない。相当な数がいる。


「来た来た来た! 大漁ね!」

「だな!」


 ぴょんと跳んで喜ぶイルグレット。そして遂にヤツらが現れる。


 斧を持った狼、アックスウルフが3体。全身が紫の猫、ポイズニャンが4体。死霊であるガイコツ騎士が3体。計10体、これを大漁・豊作と呼ばずして何と呼ぼう!


「シーギスさん、30Gは固いですよ!」

 レンリッキも声が弾んでいる。そうそう、これで俺たちの装備計画がまた一歩前進するな!


「よし、全員で一気に片付けよ――」

「はーい、ここはお姉さんに任せてー!」


 イルグレットがニヤリと笑うと、服のポケットから小型の杖を取り出し、足元に魔法陣を描いていく。草むらだったその地面にはしかし、杖の魔力で白くて見事な陣が描かれた。


「召喚しますっ!」


 ゴールドを陣の中心に置き、杖をかざしながら念じるイルグレット。やがて魔法陣にシュウウと煙が巻き起こる。煙が晴れると、そこにいたのは、翼を生やし、4足で歩く、真っ青な気味の悪いモンスターだった。


「エレクサタン! いかづち!」


 彼女の命令に、その悪魔は「キシャアアア!」と叫ぶ。次の瞬間、黒雲もないのに激しい稲妻が地面に走り、10体の敵を直撃した。正に一撃必殺。モンスター全員がパンと弾け、ゴールドが草に落ちる。


「さすがだな、イルグレット……」

「まあ、これが仕事ですから」


 白っぽい金髪を靡かせ、屈んでゴールドを拾う。



 おっと、その少し首周りが緩めの麻のシャツは狙ったんですかね! 胸が! 大分発達した胸が露わになりそうじゃありませんか! なんですかその男の目を釘付けにするスキルは! 召喚獣か! 実はその胸も召喚獣なのか!



「やったわ、32G! 大金ね!」

「やったね、イルちゃん! サモナーってやっぱりすごいなあ」

 女子2人でキャピキャピ喜ぶ。


「今回は10体もいたからね。結構強めのエレクサタンを召喚したのよ」

「強い召喚獣呼ぶと、対価として必要なゴールドも増えるの?」

「うん、今回は30Gかな」

「結局2Gしか稼げてないんですけど!」

 効率悪いんですけど!


「なんでそんなヤツ呼び出したんだよ!」

「ちょっと、それじゃあ何、シー君。私の可愛いエレクサタンは召喚しないで、みんなで戦って32Gまるまる稼げた方が良かったっていうの?」

「言いますとも!」


 これからは、召喚するにしても、もっと弱いヤツ、否、安いヤツを呼び出してもらおうと心に決めた。

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