2.これ1本にスライム250個分! <2>
「ちょっと待ってドラちゃん、アンナリーナだけど。魔王が魔法を使って、モンスターの持ってるゴールドを減らしたって言うの?」
叫ぶように質問する。職業柄、魔法には敏感だ。
「ああ。この100年間の文献を片っ端から漁ってみたが、モンスターのこの類の異変は事例がない。一方で、歴代の魔王は、魔法によってモンスターの防御力を上げたり、攻撃魔法を授けたりしてきた。ならば、ゴールドを減らす魔法が使える魔王がいてもおかしくない、という見解だな」
そんなことまで魔法で出来るのか……ううむ、奥が深いなぁ。
「それにしても変わった魔王だな。そんなことしてもモンスター自体は強くならないのに」
「ひょっとしたら、それより恐ろしいことかもしれないけどな……」
「ん? なんか言ったか? ドラフシェ」
「いいや、何でもない。とにかく、国全体のモンスターが同じ状況になってるのは間違いなさそうだ。また何か気づいたことがあったら知らせてくれ」
そう言って、通信が切れた。
「とにかく、まずはオーゼ村に向かいながら宿代を稼ぐか。20Gだったな」
「シーギスさん、オーゼ村の宿屋は夕食つかないし、朝食は別料金なんでご飯代は稼がないとですね」
「そっか、じゃあ余裕もって40Gくらいは持っておかないとな」
「シー君、もし私の家族を召喚するならもう少し宿代かかると思うけど」
「なんで召喚する必要があるの! 他の場所で普通に寝てるでしょ!」
邪魔だよ! ただただ邪魔!
「よしっ、じゃあ頑張ろうっ!」
アンナリーナが手を突き上げてジャンプする。上が黒色、下が白色のワンピースのスカートと、鮮やかなオレンジ色の髪が一緒に揺れた。
「そうですね。じゃあ僕がオーゼ村まで案内します!」
明るい声とともに歩き始めたものの、ゴールドを稼ぐのは思った以上に手間のかかる作業。
「コイツも2G……みんなゴールド少ないなあ……」
レンリッキが小さくついた溜息が、俺も
このあたりのモンスターはそんなに強くないので、苦戦はしない。でも「本当ならスライム10体倒すだけで30Gなのに……」と、もともとのゴールドが頭をチラつき、見事な勢いをつけてやる気が下がっていく。
「ねえ、シー君。こんなに時間かけて戦って、1人10G分稼ぐんでしょ? 戦闘数が多くて疲れるから、宿屋で寝ても3G分くらいしか体力回復しないような気がするんだけど」
「イヤなこというなよ……」
げんなりした表情を見せると、イルグレットは意地悪そうにニマッと微笑んだ。
「つまり、日が経つ毎に体力を奪われるのよ。いわば、ある種の毒状態ね」
「そんなものと一緒にするな!」
よりによって毒に例えるか!
「よし、これで今日の生活費はなんとかなったぞ!」
スライムにバトルフラワー、それに犬のモンスターであるデビルドッグを倒し、ようやく40Gを手に入れた。
「おっ、あそこがオーゼ村だな!」
丘の上から門と建物を見つけて、思わず走り出す。日は少しずつ落ちかけ、草が眩しい夕焼けをよけるように踊っていた。
「んーと、宿屋は、と……あれね」
イルグレットが指した方向。ベッドのマークが記された看板まで4人で向かう。
あー、疲れた。なんだろう、想定の2倍くらい戦ってるからホントに疲れた。
「はい、いらっしゃい。4人で20Gね」
エプロンをした人の好さそうなおばちゃんが受付をしてくれる。
「アンタ達、大変だったろう? さっき泊まりに来た勇者達が言ってたのさ、モンスターが落とすお金が減ったって」
「そうなんですよ! ホントに困っちゃって! いやあ、疲れたなあ」
よし、同情を買って値引き交渉作戦だ!
「だからおばちゃん、こんな俺達に免じて、宿泊料を安――」
「あ、朝食つけるなら4人で追加6Gだからね」
「鬼! 悪魔!」
カラカラと笑うおばちゃん。その笑顔はニセモノだな!
「生憎、今混んでてねえ。ベッドが4つ置いてある部屋があるから、4人1部屋で頼むよ」
なんですって! 4人1部屋!
「えーっ! なんか部屋狭そう!」
「アンナちゃん、仕方ないわよ。他のパーティーも結構この村に滞在してるみたいだし」
これはあれですね! 4人でついついおしゃべりに夢中になって、ちょっとドキドキな質問し合っちゃうやつですよね! 初めてのキスとか好きな男子のタイプとか!
「この部屋ね。わっ、2段ベッド!」
2階の部屋にあがり、アンナリーナが鍵を開ける。部屋の両端に2段ベッドが置かれていて、あとは荷物を置いたらほとんど動けるスペースはなかった。
でもいいんですよ。これはあれですよね! みんなで夜横になって寝たと思ったら、アンナリーナかイルグレットから「ねえ、起きてる?」って聞かれて、努めて平静を装って「ああ」って答えたら、「冒険に興奮してるのかな? ちょっと寝付けなくて……ねえ、そっち行っていい?」とか言われるやつですよね! いやあ、冒険初日からテンション上がりますね!
「なんかアタシ、疲れちゃったからもう寝るね。明日朝シャワー浴びよっと。イルちゃんはどする?」
「私も寝るよ。戦いで結構疲れたしね。シー君、レン君、おやすみー」
「アンタ達もはしゃいでないで早く寝なさいよ。おやすみー」
そんなバカな話があるかああああ! もっとキャピキャピしようよおおおお!
「シーギスさん、僕も寝ますね」
「あ、ああ。おやすみ……俺も寝ようかな…………」
何のイベントも起こらず、何のフラグも立たず、オーゼの夜は過ぎていった。
次の日。シャワーを浴びて身支度を整え、朝早くに宿屋を出る。すっかり動き出した村は、他の勇者や魔法使いでいっぱいだった。
「しかし、魔王討伐のパーティーが多いな」
俺の呟きに、レンリッキが同調する。
「変ですよね。僕達より先に出た人が多いんだから、とっくに先の村に進んでもおかしくないのに……」
そう、みんな何泊もしているとしか思えない。
「わかった! この村に隠し宝箱が300個くらいあるのよ! だからみんなここで探してるんだ!」
300個って。宝箱の価値が大分薄れてますけど。
「……ねえアンナリーナ、万が一隠してあるとして、なんで300個あるって分かるの?」
「そりゃあ……そこらじゅうに置いてあるからよ。道端とか草むらとか」
「隠してないじゃん!」
何このムダなやりとり!
「シー君、私、武具屋が見たいわ。もっと強い弓が欲しいの」
「ああ、確かに。俺も新しい剣にしたいと思ってたんだ」
村の奥、剣と盾の看板が目印の武具屋に入る。
「いらっしゃい!」
カランコロンという鈴の音の後に、立派な顎ひげを蓄えたおじさんの挨拶が響く。
木製の棚に、数多くの武器と道具が陳列されていた。
「おじさん、良い剣あるかな?」
「あるよ。銅の剣、250Gだ」
「スライム250体分!」
いや、確かに妥当な金額なんだけどさ!
「そうそう、モンスターのゴールドが減ったんだって? みんなお金稼ぐのに何日も泊まってるよ」
魔王がモンスターにかけた魔法は、思ったより手強いらしい。
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