第4話 一人目接近中 3

 翌日。

「咲子さーん」

 ランチをするために社食へ向かう私の背中を、矢野がいつもの如く呼び止めた。

 昨日までの私なら、また矢野がちょろちょろと。なんて思うところだけれど、昨日の今日なだけに、辞めてしまうんじゃないかと懸念していた矢野がいつもの調子を取り戻しているようで、寧ろその変わらぬヘラヘラと軽い様子に安心した。

「なに? てか、名前はやめてっていってるでしょうよ」

「考えておきますって言ったじゃないですか」

 ああ言えば、こう言う。

 呆れている私に、矢野が白い封筒を差し出してきた。

「これ、受け取ってください」

 差し出された真っ白の封筒には、表にも裏にも何も書かれておらず、ただ綺麗に糊で封がされていた。

「なに、これ?」

「重要書類です」

「重要書類?」

 復唱する私に、昨日のような真面目で思い詰めたような顔を向けてきた。

 ま、まさか。退職届?

 驚いて顔を見返すと、矢野がゆっくりと頭を下げる。

「早朝急いで準備しました。受理してください」

「え……。ちょ、ちょっと待ってよ。受理って……」

 動揺している私を置いて、矢野はさっさとこの場から姿を消してしまった。

「嘘でしょ……」

 私から国澤に渡せってこと? てか、退職届って書きないさいよ。どんだけゆとりなのよ。

 本当に辞めるの?

 本気? まずいよ。

 私のせい? 責任取りなさい。なんて言ったのはまずかった?

 国澤になんて言えばいいのよ……。

 と、とりあえず、保留よ、保留。

 私はスーツのポケットに、矢野からの封筒を捻じ込んだ。



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