阿弥陀堂だより
夏川 大空
第1話 阿弥陀堂だより
お元気ですか。
私はこうして、届くかどうか知れない手紙を書いています。
お酒の好きなあなたのことですから、お身体を壊されてないか心配です。
男の人は仕事の付き合いもありますしね。
私は白水阿弥陀堂に来ています。
今は紅葉真っ盛り、朱に紅に黄色に橙、赤子の手のようなそれが風に乗って飛ぶ様を眺めていると、静かな音楽が聞こえるようで、それをつい口ずさみます。
恋人たちの愛の唄を。
あなたはどんな音楽が好きなのでしょうか。
そこではどんな音楽が聞こえるのでしょうか。
私は甘い味のする音楽が好きです。
ではまたお手紙します。
◇◆◇
お元気ですか。
僕はこれは恋文なのかと困惑しながら、届くとも知れず書いています。
貴女のお仕事は誰にも替えなどないもの、僕に構ってなどいられるでしょうか。
これからも光ある道を歩く貴女でいて下さい。
僕は今東京駅に来ています。
駅中スィーツは栗と芋ばかり、あれから何か月も経っていないのにもう忘れてしまわれたような震災の為に僕は小さな募金をしました。
貴女に届きますように。
貴女の毛布になりますように。
貴女はどんな夢を見るのでしょうか。
貴女の夢に僕は出るのでしょうか。
僕は平凡な家庭の夢を見ます。
ではまたお手紙します。
◇◆◇
お元気ですか。
私はまた、届くかどうか知れない手紙を書いています。
お煙草はお控えになったほうがいいかと思われます、さしでまがしいですが。
代わりにガムを噛むといいかと思いますよ。
私はまた白水阿弥陀堂に来ています。
今年の紅葉も変わりなく、静かな音楽に乗って落ち葉が舞い、震災など別世界のことであったかのようです。
ここからちょっとで仮設だというのに。
私とあなたとのことも決まってませんね。
あなたはどんな風が好きなのでしょう。
そこではどんな風が吹くのでしょう。
私はやさしく囁《ささや》く風が好きです。
ではまたお手紙します。
◇◆◇
お元気ですか。
僕は相変わらず届くか知れない文を書いています。恋文でしょうか。
貴女のお友達という男性がとても気になります。僕に似ているそうですが。
貴女をとても大事になさっているようなので。
僕はまた東京駅に来ています。
あたりはオータムセール真っ盛りです、美しい女性は多いですが貴女はこの街に来ませんか。
福島の駅弁を買って食べてみました。
貴女の作った物が食べたくなりました。
貴女はどこに足を延ばすのでしょう。
貴女と街中でふいに出合うことはあるのでしょうか。
貴女と出会う旅人になりたいです。
ではまたお手紙します。
◇◆◇
お元気ですか。
私は相変わらず、届くかどうかわからない手紙を書いています。
色々とお忙しいようで、何よりです。いわきにいてもこうしてあなたのことがわかるなんて便利な世の中ですね。
私は紅葉の季節の度に白水阿弥陀堂に来ています。
あなたの朗報を聞いて、私の幸せを探しなさいと老いた母が言います。
私はあの時あなたに全てを捧げたというのに、なぜでしょう。
誰か違う男に抱かれろというのでしょうか。
それで一体何が変わるというのでしょうか。
あなたはどんな人を抱いたのでしょう。
あなたに抱かれたらどんな風に私は変わるのでしょう。
私は一度あなたと白水阿弥陀堂に来てみたかったです。
ご迷惑でなければまたお手紙します。
◇◆◇
お元気であることを祈っています。
僕のつまらない噂に惑わされない強い貴女でいて欲しく、お手紙しました。
貴女はやはり僕などよりふさわしい男性がいるように思えて、貴女が大切で。
僕になど関わっていてはいけない気がして。
僕はよく東京駅を通ります。
東北の紅葉のような色のコートがショーウィンドゥに飾られています。
貴女の為にそれを買う幸福など僕の身には起こりませんでしたね。
僕はまだ貴女を思っているんです。
言い訳のように聞こえるかもしれませんが。
貴女の隣を歩きたかったです。
貴女と絵葉書で見た白水阿弥陀堂の紅葉を一度。
僕のいる世界にあんな光は刺さなかったけれど。
光ある道を貴女と共に歩きたかった。
◇◆◇
いつか 鴨の恋人たちが 音楽を奏で
私達の夢が 風に乗り
ふと足を延ばさば 光ある道が
白水阿弥陀堂へと私達を 誘って いますよ
◇◆◇
お元気ですか。
私はもう出さないであろう手紙を書いています。
このたびはどうかお元気をお出しになって下さいね。
あなたならまた何かできますよ。
私は絵を書きに白水阿弥陀堂へ来ています。
また小さな地震があった穏やかな昼下がりは紅葉狩りにぴったりで、学童達の無邪気に遊ぶ声が聞こえます。
あなたの街まで地震だったそうですね。
あなたまで……。
◇◆◇
お元気ですか。
僕はなんで出さないのに手紙など書くのでしょう。
仕事にも結婚にも失敗をして。
貴女も僕に愛想を尽くしたでしょう。
僕は今日も東京駅の旅行者です。
めくった旅行のパンフレットは紅葉狩りばかり、
小さな地震で電車が止まってます。
貴女の街が何より心配です。
貴女より……。
◇◆◇
私があなたを光ある道に連れて行きます。
貴女が僕を救ってくれる夢ばかり見ます。
あなたは貴女は私の僕のたった一人の。
いつの日かいつの日か会いましょう。
いつか 恋人たちが 何気なく出会い
鴨達のようにてらいなく 側にいる日
こんな穏やかな秋の日は 約束などしなくても
白水阿弥陀堂へと私達を 誘って いますよ
そして一対の鴨の恋人たちが 白水阿弥陀堂へ
冬を越しに 渡ってきました
阿弥陀堂だより 夏川 大空 @natukawa_s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます