第29話 南雲と怜は約束をかわす

「これが、太刀……」

 南雲なぐもの後ろで驚いたようにれいが息を飲んだのに気付く。


 藤家の先祖は川で砂鉄を採っていた、という。とれたのは砂鉄だけではなかったのだ。


 砂金も、採れたのだろう。

 そして、金はわずかながら立見山からも採掘できたという。

 この太刀は、その金を使って作られたのだろうか。


 南雲は見よう見まねで、太刀の柄を両手で握り、構えてみた。

 だが、正直、太刀を竹刀のように構えられなかった。想像以上の重さが手首と肘にかかる。南雲は中段の構えから太刀をさらに手首を上げ、完全に太刀を持ち上げて右手側に寄せた。見ようによっては八相の構えにも見えるその姿勢のまま、南雲はムカデと対峙する。

 背後では、怜が南雲の背中にしがみついているのが感触でわかった。

 配管から空気が漏れるような音がし、南雲は音の先を見る。ムカデだ。威嚇でもしているのか、頭部から伸びる二本の触角が揺れていた。

 そのムカデに対して、南雲は右足を踏み鳴らした。


 どんっ。

 剣道部のように巧くは鳴らないが、その足音はムカデを退かせるには有効ではあったらしい。南雲が足を前後に開き、右足で床を再度踏んだ時、ムカデはよじるように胴節をゆがませて体を持ち上げる。

 ゆらり、とムカデはさらに立ち上った。短い多足を蠢かせると、胴節同士が打ち鳴らしたようにかちかちと鳴った。赤い頭部の牙が横へ開き、南雲の方に向かって下降してくる。

 南雲は引かずに一歩床を踏み込んだ。

 南雲の構えからは、太刀は振りかぶれない。上にあげて袈裟懸けに切ることは可能だが、南雲にはその発想がなかった。そもそも、この構えから、どんな攻撃が出来るのか、南雲にはわかっていない。

 ムカデは挑発するように長い体躯を前後に揺らした。攻撃はムカデの方が早い。躊躇えば喉元に噛みつかれる。南雲は両手で持った太刀を、勢いよく斜め後方に、バットをフルスイングするように引っ張った。

 野球のバッティングかテニスのスマッシュを打つように、自分に向かって襲い掛かるムカデの頭部に向けて、打ち付けた。


 ぶぅん。

 鈍い、重低音を耳元で響かせ、太刀はムカデの頭部にぶち当たる。

途端に、頭部はまるで西瓜のように砕け散り、頭を失ったムカデは、体液を吹き出しながら狂ったように床をのたうちまわった。


「うぁあ!」

「ひゃぁ!」

 南雲と怜は大声を上げて首をすくめた。暴れるホースのように体液を吹くムカデから逃れようとしたが、ばちゃり、という湿った音と共に、結局頭から二人は濁った液体を被った。

 滴る体液を手で拭う暇はなかった。

 頭部は砕けたものの、長躯は動くようだ。曳航肢を威嚇するように床に打ち付け、胴節を揺すって南雲と怜を探している。

 南雲は太刀を構えなおそうと柄を握るが、頭から被った体液に手が滑って太刀を床に取り落した。


 がちり。

 太刀が床に転がる音が体育館ロビーに響き渡る。一瞬。ムカデは動きを止めた。その次の瞬間、ざわり、と短足節が南雲に向く。

 頭がなくとも、音で二人の居場所が知れたらしい。

 南雲は舌打ちして太刀を拾い上げようと体を屈める。

 その時だ。


「南雲先生、どいてっ」

 不意に怜がそう怒鳴った。南雲は視線だけ彼女に向ける。彼女はポケットから取り出した小瓶を、見事なフォームでムカデに投げつけた。


 小瓶は真っ直ぐにムカデに向かって叩きつけられる。ムカデの胴節に当たると同時に、小瓶は割れ、中の液体を散らした。

 途端に、ムカデの胴節は液体に触れたと同時に破裂した。

龍力たつりきか……」

 茫然と呟いた南雲だが、慌てて太刀を掴みなおすと、柄を逆手に持って、最早実体を保てそうにないムカデの体を突き刺した。

 黄金の太刀がムカデの体に沈むと同時に、ムカデはその姿を霧散させた。


「次こそはやったるからな」

「お前の顔も覚えたからな」

 そんな声が南雲の鼓膜を震わせる。

生臭い。凝った水のような臭いに辟易した顔を採光用の窓に向けると、双子の少女は南雲を見てそう言い放った。


「口が悪いぞ」

 南雲が少女にそう言うと、電源が切れた映像のように二人の姿は消えた。

体育館ロビーに残ったのは、ずぶ濡れの怜と南雲と太刀だけだ。


「……もう、襲ってこないんかな」

 怜は茫然とした顔で南雲を見上げる。ハイネックから覗く彼女の首からは、青黒い痣が消えていた。

 南雲はそんな彼女に肩を竦めてみせる。


「二千年近くの呪いが、そんなに簡単にとけるとは思いません」

 怜は盛大に溜息をついた。べったりと濡れた髪を搔き揚げ、気持ち悪そうに滴を振り落とした。閉口したような眼を南雲に向け、彼女は尋ねた。

「こんなずぶ濡れで、けったいな私ですけど、デートに誘うんですか?」

「……すいません、けったい、ってなんですか?」

「けったい、って方言なんですか?」

「少なくとも、俺は聞いたことないんですけど」

「変な、とか、おかしな、とか」

 言いながら、怜は「もう、どうでもええわ」と呟いた。その様子を見て南雲はくつくつと可笑しそうに笑った。


「格好だけみたら、一緒じゃないですか。二人ともずぶ濡れで、十分けったい、ですよ」

「私とつきあったら、ずっとこんな感じなんですよ?」

 南雲は片眉を跳ね上げて怜に言う。

「社会科教師ですから、歴史は好きなんです。何故、こんな呪いを受けたのか、とか。そもそも古来、この地に何があったのか、とか。……藤先生の家系を調べるのも大変興味深い」

「先生、変わってるわ」

 呆れて怜は言う。南雲は「史学科卒なんて、こんなもんですよ」と目をしばたかせた。


「ところで、連休のデートはなんの映画を観ます?」

 ホラー以外ならなんでも。怜は疲れたようにそう答えた。

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