第28話 太刀の秘密を南雲は知る

 最初、学生が誰か覗いているのだと思った。中に南雲や怜がいることに気づき、足を止めて様子をうかがっているのだ、と。


 だが。

 南雲は陽が差し込む玄関フロアを見る。

 何故、採光用の窓に人が立っているのに、床に影が落ちないのか。

 何故、影がささないのか。

 そう思い至り、ようやく気付く。

 窓の外に立っているのではない、と。

 窓に、姿が映っているだけなのだ。

 本体は窓に向き合う位置にいる。

 南雲は視線を反対側に転じる。

 窓に向かい合う形に立っているのは怜だ。

 その後ろ。

 れいの後ろ。


「なにか?」

 南雲の視線を感じ、怜が小さく首を傾げる。

 彼女の背後に。


 南雲の背丈をはるかに超える大きなムカデが曳航肢で体を支えて、ゆらりと立ち上がっていた。

 真っ赤な顔を南雲に向け、ガチガチと音を立てて顎肢を鳴らしている。不器用な立ち姿を保持するため、左右に小刻みに揺れている。胴節同士が揺れると、がさり、と耳障りな音を立てた。


 がさがさがさがさ。

 耳障りなその音に、弾かれるように南雲は怜の腕を取ると、無言で自分の方に引き寄せた。

 その動きにつられるようにムカデは体を二つに折って怜の首に食らいつこうと体を伸ばしてくる。


「殺してやる」

 寸でのところで怜を傷つけられず、空を切って床に這いつくばったムカデは、鎌首をもたげて顎を鳴らす。その牙の間から漏れ出るのは、少女の声だった。


「我々が殺されたように、お前たち一族も殺してやる」

 大ムカデは身じろぎするように体を左右に振る。曳航肢を挑発するように床にたたきつけ、大きな黒い眼で二人を睨みつけていた。

「この人は関係ない」

 南雲に抱きついていた怜は、咄嗟に体を離して南雲をかばうように前に立つ。

「あんた達が呪ってるのは私とお兄ちゃんなんやろ?」

「藤家に味方するなら同じだ」

 ムカデは体を湾曲させてじりじりと怜に近づく。無数の足が、起こした状態を保とうとざわざわと床の上を蠢いている。怜は背後にいる南雲を玄関の方へ押し出すように後退をし始めた。


「思い知れ」

「呪われろ」

 声のする方に顔を向けると、下足室の採光用窓から制服を着た中学生の双子が無表情にこちらを覗き込んでいた。

 双子はともかく、何故自分にムカデが見えるようになったのか。

 今まで怜がムカデに襲われる場面に遭遇したことはあったが、姿を見ることは無かった。

 双子にムカデの頭部を投げつけられたこともあったが、あの時は今ほど明瞭にムカデは見えなかった。


 何故、今「見える」のか。

 怜が必死にかばおうと自分の前にいるが、身長差のせいではっきりと床に這う巨大なムカデが見える。


 不意に、左手に冷たさを感じた。ちらりと視線を落とすと、自分が握ったままの太刀が見える。

『片づけてきてください』と日村に渡された太刀。『ムカデ退治の褒美に神応天皇より拝領した太刀』。


 南雲は怜の腕を取って自分の前から後ろに再び引き戻すと、太刀に視線を落とす。

 乱暴に柄と鞘を繋いでいた太帯を解いた。螺鈿の入った鞘を抜き、南雲は太刀の柄を両手で掴み、持ち上げる。

 床の上をうねるムカデは、その太刀に警戒するように胴をたわめて威嚇する。


『刀身は昔のままですよ』

 ゆいの言っていた意味が分かった。


 数千年たっても錆びない太刀。緑の浮かない太刀。滅びない太刀。

 それもそのはずだ。


 その刀身は「黄金」だった。

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