第26話 怜が南雲を避ける理由

「……行きますか」

 れいは完全に困り果てていた。

 おもわず日村ひむらに助けを求めるような視線を送るほどに困り果てていた。日村は怜の視線を受けて、外国人のような自然さで肩を竦める。


「二人でよく話し合ってきてください。迷惑ですよ」

 日村にまで突き放された怜を、南雲なぐもは苦笑しながら促してテントから出る。

 南雲たちが救護テントにいる間に、すでに昼食休憩に入ったようだ。弁当を持った生徒たちが食べる場所を探して歩き出している。


「先生、かっこええなぁ」

 何人かの生徒が南雲の仮装を冷やかしたり、勝手に一緒にスマホの写真に収めたりしていた。

 南雲は体育館へ向かって歩きながら、ちらりと視線を後ろに向けた。肩を落とした怜がゆっくりと付いて来ている。時折、暑いのかハイネックのTシャツの先を引っ張って風を入れるような仕草をしていた。


「まだ、痕が消えないんですか?」

 南雲は怜に話しかける。怜は薄い口唇をへの字に曲げてわずかにうつむいた。

「痛いんですけど、父の言うとおりにお神酒を塗るようにしてるんです。

この前みたいに、またムカデに首絞められたらかなわんから……」

「効果ありますか?」

 後ろを歩く怜を振り返りながら話しかける。怜は小さく首を横に振った。

「大分薄くなってきましたが、消えてはいません。

 ただ、効果はあるみたいやから……。最近は、小瓶に龍力たつりきを入れて持ち歩いてるんです。日焼け止め塗る時に、一緒に塗ってみたり……」

 だけど。怜はふぅ、と小さく息を吐く。

「ポケットに小さいとはいえ酒瓶入れて持ち歩いているのを保護者に見られたら、私、完璧にアル中やと勘違いされると思うんです」

 怜の言葉に、南雲は吹き出し、不謹慎だと思ったのか、すぐに、「失礼しました」と小声で付け足した。


 二人は、生徒の波を抜けながらグランドから出て行く。校舎の一階を通り抜け、中庭と呼ばれる石畳の上を出る頃には生徒の数もまばらになっていた。

 校舎が太陽を遮る形で、石畳の上には大きな日陰を作っている。ひやりとした空気の中を、南雲は太刀を持って歩き、怜は体育館正面玄関の鍵を持って歩いていた。

「先生、もう鍵かけるんか?」

 体育館の正面玄関から、数名の男子生徒たちがこぼれるように出てくる。

「体操服をちゃんと着てから出てこいよ」

 南雲が苦笑しながら言うと、生徒たちは笑いながらズボンの裾に体操服を押し込んでいる。

「怜先生、もう生徒は中におらへんで」

 男子生徒たちの後から出てきたのは、女子たちだった。近づくとわずかに制汗スプレーの匂いがする。

「ほんま? じゃあ、確認してから閉めるわな」

 怜が心安く話しているところを見ると、女子バレー部員なのだろう。女子たちは南雲の姿をちらりと見ると、仮装が可笑しいのかきゃあきゃあ笑いながら通り過ぎて行った。

 生徒たちをやり過ごしてから南雲は体育館の扉を押し開けて中に入る。生徒たちが言うように、下足室にはもう学校指定のシューズはなかった。


「いない、みたいですね」

 南雲は日村からあずかった太刀を持ったまま、履いていた靴を脱いで片手で乱雑に下足室に入れる。

 下足室の棚上部には明り取り用の窓が採られており、運動場から巻き上げている砂埃で薄く曇ってはいるが、照明がいらないほどの光を玄関に注いでいた。

 ちらりと怜を見ると、同じように靴を下足室にしまいながら、そそくさと2階のフロアにつながる階段へと足を向けようとしている。


「私は2階を確認してきます」

 そう言って顔も見ずに歩き去ろうとする。

 南雲はその手首を素早く取った。驚いたように目を見開いた怜は、すぐさま振りほどこうと手を引くが、南雲は腕に力を入れて逆に引き寄せる。

「手ぇ、離して下さい」

 怜がせわしなく視線を周囲に向けながら南雲に言う。

「話を聞いてくれたら離します」

 南雲は怜の目から視線を離さずにそう言う。

「なんの話ですか」

 怜は南雲に手を掴まれたまま俯いてそう尋ねる。

「理事長がお話を持っていったんでしょう?」

 南雲の言葉を怜は俯いたまま聞いている。


「そのせいで、俺を避けているんですか?」

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