第25話 太刀を片付けに行く二人

「ひむひむ、鼻が腫れて、筋肉マンみたいになってるで」

 雨宮あまみやの言葉に、不謹慎ながらその場の皆が笑い出した。

「とにかく、救護班に行ったほうがええね。あなた方は、体育委員会の指示に従って退場するんよ」

 れい月島つきしまと雨宮にそう指示した。二人が頷くのを確認し、怜は、日村にハンドタオルを渡すと、肩を押して本部の方に促す。南雲もその二人の後ろについて走り出した。

「あんた、どないしよんねん」


 本部脇のテントに入ると、ビデオカメラを片手に持った女性が笑いながら待っていた。その隣で、白衣を着た養護教諭が苦笑しながらディスポ手袋を付けているところだった。

 救護テントの中は、日陰のせいか、グランドより数度気温が低い気がする。南雲はTシャツの肩口で汗を拭い、ふと息を吐いた。


「盛大にこけたな」

 女性は日村をビデオカメラで映しながらそう言う。日村は怜から借りたハンドタオルで鼻を押さえながら顔をしかめ、南雲を見上げた。

「母です」

「先生、いつもお世話になっております」

 女性は一瞬カメラから目を離して頭を下げたが、すぐに顔中血だらけの息子を撮影し始めた。なるほど。口元のあたりが日村に良く似ている。南雲も頭を下げて言葉を返した。

「息子さんに怪我させてしまってすいません」

「怪我のうちにも入りませんよ」

 女性はけらけら笑う。

「それぐらいの腫れなら折れてないでしょう」

 女性の言葉を受けて、養護教諭も日村の鼻を軽く抑えた。

「せいぜいひびか……。まぁ、大丈夫でしょうねェ」

 養護教諭はそういうと、パイプイスのひとつに座るよう日村を促した。脱脂綿とカット綿でまずは顔に着いた血を拭い取るらしい。養護教諭は日村の母に「もし、腫れが引かず、病院にかかった時」の保険適応について説明をしはじめている。


「南雲先生」

 椅子に座った日村が、南雲を見上げていた。

「今から昼休みに入るんです」

 南雲を見たまま、日村はそう言う。救護テントの隣の放送席からは、部活動リレー退場の音楽が流れていた。この後、教頭がアナウンスを流し、昼食休憩に入るはずだ。

 退場する選手が巻き起こす土ぼこりが風に流れ、テントの方までやってきた。隣で怜が目を細めている。


「昼休みに入ると体育館が閉まってしまうので、それまでに太刀を剣道場へ片づけてきてもらってもいいですか?」

 日村はそう言って、手に持っていた太刀を南雲の方に押しやった。

 部活動リレーの着替えのために体育館は開けているが、それ以降はすぐに施錠すると聞いている。昼食を体育館内で摂る保護者を防ぐためだ、と聞いたことがあった。

「お前の着替えはどうするんだ?」

 日村自身は教員用の更衣室で着替えているが、部活動リレー参加生徒は一斉に体育館でユニフォームや仮装に着替えているはずだ。

「僕と月島は着替える場所がなかったんで、教室で着替えてます」

 ご心配なく。日村はそう言って、顔をしかめた。口に溜まった血を吐き捨てるわけにはいかず、飲み込んだかららしい。

「体育館の施錠係は藤先生でしたっけ」

 南雲はふと思いだして、怜を振り返った。突然名前を呼ばれて怜は目をしばたかせる。

「ええ。私です。いいですよ。私が片づけてくるわ」

 怜は日村が持つ太刀に手を伸ばすが、日村は寸前のところで南雲の胸元に押し付ける。


「じゃあ、二人で行ってきてください」

「何も二人で行かなくてもいいだろう」

 胸元に押し付けられた太刀を戸惑うように見ていた南雲を、日村は、「はぁ?」と睨みあげる。こういう時、関西弁圏域の睨みは怖い。

「雨宮、なんか言ってませんでした?」

 ぼそりと日村に言われ、南雲は口をへの字に曲げる。


「二人で行ってきてください」

 日村は再度そう断言すると、太刀から手を離す。南雲は取り落さないように慌てて太刀を受け取り、怜を見下ろした。

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