第24話 怜は南雲をどうみているか

『妹には私から説明をしておきますよ。両親にもね。是非、前向きに検討をお願いします』

 ゆいにそう言われた次の日の朝から、てきめんにれいとの関係がぎくしゃくし始めた。


 まず、怜が惟と全く口を聞かなくなってしまった。

 惟の方は怜となんとか話そうとしているようだが、怜の方が近づこうとしない。黙っているだけましなのか、頭から怒気を発しながら惟を睨んでいる。

 南雲なぐもに対しても、似たような感じだ。同じ家にいながら、ほとんど出会う事がない。避けようと思えばできた、ということなのだろう。こうなると、雨宮あまみやが言うとおり学年団も教科も部活動顧問も違うのに、よく今まで学校で出会って話をしていたな、とさえ思う。

 怜が出場した女子バレー部の本気リレーでは、彼女はアンカー対決で女子水泳部の顧問に競り勝ち、部員たちと大喜びをしていた。

 そんな時も、やっぱり南雲に視線すら寄越さない。


「照れているんですよ」

 惟はそう言っていたが、絶対に違うと南雲は思う。

 そりゃ、怒るよな。

 南雲は内心で溜息をつく。怜と話していた限りでは、彼女は今まで異性とつきあったことが無いように思う。働き始め、いろんな社会人と接する中で「理想の男性」と出会おうとしている矢先に、勝手に兄から結婚候補者を伝えられたのだ。

 怜の態度は、南雲をそういった対象とは見ていない、ということなのだろう。

 その事に対しては、心が痛む部分がある。

 そう感じるという事は、自分が怜に対して特別な好意を抱いている、ということなのだろう。


「各部並んでっ」

 体育委員会の声に合わせて、各部がずらりとレーンに並んだ。本気リレーに参加していない15団体がひしめき合っている。

「早よ仲直りしぃよ」

 雨宮の言葉に南雲は肩を竦める。

「花束とケーキがええで」

 そんなことを言われた。「そうなのか?」と驚いて雨宮を見下ろすと、「うちの父親はいっつもそれで母親の機嫌をとってる」と頷いている。

「位置についてっ」

 体育委員会がスターターピストルを空に向かって上げる。南雲はちらり、と半周先の日村と月島を見る。

 二人は、剣道着に新撰組の法被を着て待っていた。剣心を追い詰める新撰組、という設定らしい。

 本気リレーとは違い、バラエティリレーは、人数の少ない剣道部にあわせて、リレーと言いつつ第2走者までで勝負が決まる。

「用意っ」

 体育委員会の声の数秒後、火薬が鳴る音が響いた。


 各部が一斉に走り出す。ソフトテニス部は二人でラリーをしながら走り、男子水泳部は騎馬で爆走する。5人6脚で走り出せずにいまだスタート位置に居るのは男子卓球部だ。

「イチニ、イチニっ」

 意外にも雨宮は真面目に上位を狙っているらしい。南雲は彼女の掛け声に合わせて足を前に出す。最初のコーナーをまわった辺りで、剣道部は2位という位置につけていた。

「南雲先生っ」

 生徒たちの嬌声が聞こえたが、手を振る余裕は無い。雨宮は太刀を持つ手を振って勢い良く走るものだから、ついて走ることで精一杯だ。

月島つきしまっ。ひむひむっ。がんばれっ」

 雨宮は、第二走者の二人にバトン代わりの太刀を渡す。落とさないか南雲は冷や冷やした。同時に、南雲は彼女の腰を抱いて、コースから外れる。そうしないと後ろから追い上げる走者に二人とも踏み倒されそうだ。

「イチニっ、イチニっ」

 日村ひむらと月島は声をそろえて走り始めたが、南雲と雨宮ほどのスピードは無い。肩を組んでよたよたと左右に揺れて走るその姿はまるで落ち武者だ。あっと言う間に4位まで転落した。

「なにしよんねんっ! 頑張らんかいっ」

 雨宮が怒鳴る。南雲は笑って腰をかがめると、雨宮と繋いでいる面タオルを外した。

 その時だ。

 観客の方から悲鳴が上がった。南雲は反射的に顔を上げる。視線の先で、日村と月島が転倒していた。月島は膝をついた程度だが、日村が完全に顔から地面に落ちている。


「大丈夫かっ」

 南雲が叫ぶ。まるでそれが合図かのように雨宮は二人に向かって走り出した。

「お前っ。足合わせろよっ」

 日村が顔を押さえながら立ち上がるのが見える。押さえた指の間からぼたぼたと血が落ちていた。

「お前が遅いんやろっ」

 月島が言い返すが、それ以上に雨宮が怒鳴り返した。

「走れっ。何位になるつもりやねんっ」

 男子二人はその声に弾かれるように走り出す。「イチニっ、イチニっ」。雨宮の怒声に合わせて、新撰組の二人は必死で走り、なんとか順位をひとつ繰り上げて3位でゴールした。


「日村、大丈夫か」

 ゴールで待ち構えていた南雲は、日村に駆け寄った。月島が足を縛っていた面タオルを外している間に、顔を覆う手を外させて南雲は怪我の状態を見る。上唇を切ってはいるが、大半は鼻血のようだ。少し安堵している時、背後で久しぶりの声を聞いた。

「大丈夫ですか?」

 振り向くと、怜がハンドタオルを持って立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る