四章 運動場と体育館と

社会科教員南雲は怜を守るため奮戦する

第23話 南雲と怜は、生徒から見てどうか

れい先生とケンカしたんですか?」

 二人三脚の為に、しゃがみ込んで綿タオルを足首に縛っていた南雲なぐもの頭越しに、雨宮あまみやの声が降ってくる。


 南雲は顔を上げ、彼女を見た。普段、屋内競技のせいで白い肌が、今日半日ですっかり日に焼けたのかもしれない。目の下がほんのりと赤くなってしまっている。


 5月3日。憲法記念日の今日は、毎年中等部の運動会の日だった。心配されていた雨雲は夜半には消え去り、朝から快晴の空のもと、競技が進められている。

 今、南雲が剣道部顧問として参加しようとしている部活動リレーは、午前最後の種目だった。

「ケンカしてるように見える?」 

 南雲は解けないことを確認すると、腰を起こして立ち上がった。しゃべると口の中が少し砂利っぽい。運動場の砂を風が巻き上げているせいだろう。顔をしかめて雨宮を見る。

「着任しはった時から、学年団も教科も違うのに、よう二人で話とったやん? 怜先生は私らの国語の先生でもあるし。目についたわ」

 部活動リレーの為に体操服から道着に着替えた彼女は、珍しくポニーテールにリボンをつけていた。剣道部は『仮装』して走るため、今の彼女は「るろうに剣心」の神谷薫だ。その手に持っているのは、剣道場の倉庫に眠っている太刀だ。

 ゆいの言葉を信じるなら、国宝級の太刀だ。持って走るどころか、触れただけで刀身は木っ端微塵になるだろう。

 雨宮が無造作に持つそれは、貝細工の螺鈿が入った漆塗りの鞘に収められている。

どう古く見積もっても江戸時代が関の山の鞘だろう。惟は、鞘や紐は定期的に変えている、というから中身の太刀もレプリカなのかもしれない。鞘を抜いて太刀自身を見てみたくもなったが、それはしっかりと太帯で柄と結ばれており、引き抜いたとしても、その後元に戻すことで四苦八苦しそうだ。南雲も太刀を持たせてもらったが、ずっしりとした重量感が腕に伝わってくる代物だった。


「南雲せんせぇ!」

 1年生の応援席から声が上がり、南雲は声の方に向かって盛大に手を振った。

 雨宮セレクトにより、南雲の役は「緋村剣心」だ。月島つきしまから剣道着を借りて着ており、日村ひむらから頬に水性顔料マーカーで×印を書かれていた。

 ちらり、と左隣のソフトテニス部顧問と目が合う。ずんぐりむっくりとした中年顧問は、ラケットを持っていない方の掌を上に向けて挑発するように手招いた。南雲は持っていた木刀で隣のソフトテニス部の顧問を斬る真似をする。ソフトテニス部の顧問は大げさに呻いて倒れて見せた。保護者席からどっと笑い声が起きる。


「ここんところ、二人でおらへんやん」

 地面に倒れたソフトテニス部の顧問に手を伸ばして引き起こすと、雨宮が丸い目を上げて南雲を見上げる。

「第一走者は前に出てっ」

 体育委員会の生徒がスターターピストルを用意しながら大声で指示をする。南雲は雨宮の腰に手を回し、「せぇの」と掛け声をかけながら、スタートラインまで歩いていく。隣のレーンの水泳部は騎馬で走るようだ。水着にキャップと水中眼鏡をかけた男子たちが威勢のいい声を上げながら進んでくる。


「どうなってるんかなぁ、と思って」

 雨宮は呟く。生徒たちの応援席からは、走者に選ばれなかった各部の部員が声援を送り始めた。不思議なことに3人しかいない剣道部にも応援の声がかかっている。声の方に顔を巡らせる南雲に、雨宮が耳元で大声を上げる。そうしないと聞こえないぐらいの各部の応援だ。


「高等部の生徒。先生、顔がええから、高等部で人気みたいやで」

 ふぅん。南雲は興味なさげに答える。体育委員会が各レーンの走者の確認を順次行っていた。

「ケンカしたんやろ」

 とうとう、雨宮に決め付けられた。南雲は苦笑する。

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