第21話 怜は南雲に絶対的信頼をおく

「藤先生……」

 声がようやく出た。れいは寝心地が悪いのか、もぞもぞと南雲なぐもの体の上を捩っていき、ようやく胸の上に顔を埋めて落ち着いたようだ。かすれたような南雲の声に、怜はわずかに顔を上げようとしたが、結局南雲の胸の上から顔を動かそうとしない。南雲は動けるようになった腕で、自分の上に覆いかぶさるようにして眠る怜の肩を揺さぶる。


「ここで寝るつもりですか」

「だって、お兄ちゃんが煩いぃぃぃ」

「酒臭っ」

「飲ませたんは、南雲先生やんか」

「後半部分は自分で呷ってましたよ」

「眠いぃぃぃ」

「ここで寝ないでくださいよ」

「ここで寝るぅ」

 胸の上で顔を起こしてそう宣言する怜の顔を、南雲は両手で挟んだ。目をあわせ、しっかりとした声で怜に言う。


「俺が襲わないと思ってるんでしょ。知りませんよ。襲っちゃいますよ。手ぇ出しちゃいますよ」

「南雲先生はそんなことせぇへんもん。あ」

 チュウはされた。だらしなく笑う。南雲は顔をしかめた。

「ちゃんと謝ったでしょう?」

「相手が先生やから、いいよ。先生、こうやって見たら俳優さんみたいに男前やねぇ」

 酔っ払いから褒められても。南雲は苦笑する。


「藤先生、俺の部屋で寝る率高いですよ。起きて自分の部屋か理事長の部屋に行って」

「お兄ちゃんが煩いし、ムカデが怖いからどっちも嫌や」

「男の部屋で寝ちゃいけないって言ってるでしょ」

「ちゃんとわかってる」

「わかってない」

「南雲先生だけやもん」

「俺にそんな絶対的な信頼をおかれても」

「眠いぃぃぃ」

「いや、だからね」

 不毛な会話は怜が眠った事で終わってしまった。胸の上で屈託なく眠る彼女の顔を見る。


 笙子しょうこは自分と寄り添って眠るということをしなかった。背を向けるか、布団の端っこに丸まっていつも眠っていた。何度か抱き寄せてみたが、迷惑そうな顔で溜息をつかれ、それ以降やめてしまった。


 南雲は大溜息をついて体をよじり、彼女の下から這い出す。怜はぐっすり眠ってしまったのか、それぐらいの動きでは全く目覚めなかった。

 南雲は胡座をし、布団の上で眠りこけている彼女を見下ろした。

 定期的に上下する背中や、わずかに開いた口元からもれる吐息にほっとするものの、乱れたパジャマの襟元から覗く青黒い痕はやっぱり痛々しい。立ち上がると、南雲は大きく伸びをして理事長の部屋に向かった。


 廊下に出るとやはり、惟の低重音のいびきが聞こえる。南雲は怜の言葉を思い出してくすりと笑い、彼の部屋の扉をそっと横に開く。

 途端に、廊下に響く以上のいびきが聞こえた。そのいびきの合間の歯軋りも凄まじい。大学時代の友人同士で旅行にいった時、やはりいびきが煩い奴も居たがそれ以上だ。


「理事長」

 南雲はその枕元に座り、布団から出ている惟の肩口を軽く叩いた。途端にいびきが止まる。

「はい」

 いきなり目が開き、返事が返ってきた。その寝起きのよさにぎょっとして南雲は背を反らせた。

「どうしました、南雲先生」

 むくりと惟は上半身を起こし、枕の側に置いた眼鏡とスマホを手に取った。眼鏡をかけ、スマホで時間を確認すると、南雲に視線を向ける。


「怜がいませんが」

 惟の言葉に、南雲はぶんぶんと首を縦に振った。

「俺の部屋にいるんです。迎えに来てもらえませんか」

「……うちの妹が魅力を感じる布団なんでしょうか。どうして妹はそこで寝るかな」

 不思議そうに言う惟に、南雲は溜息をついた。それはこっちが聞きたい。

「ともかく、引き取りに行きます」

 惟は立ち上がると、南雲について部屋を出た。


「……酒臭い」

 南雲の部屋に入った途端、惟は顔をしかめた。「原因はあいつですか」。冷ややかな目で南雲の布団にうつぶせに眠っている怜を見ている。

「いや、飲んだのは少量で、被ってる方が多いんですけど」

 南雲は簡潔にさっき起こったことを話す。当然、酒を彼女に飲ませた経緯については省略して説明した。


「あのムカデはなんですか?」

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