第20話 双子の少女が南雲を襲う
ちらり、と振り子時計に目をやる。もう2時が近い。寝よう。
なんだろう。
眠気が一気に押し寄せてくる。南雲は寝つきが悪い方ではないが、それでもこんなに早く眠りの縁に立つのは稀だ。うつぶせに寝転がっていたが、力を振り絞って仰向けになる。その時、布団の端が口唇に触れ、さっきの記憶が戻ってきた。柔らかい怜の口唇の感触を思い出し、南雲は首を横に振る。不可抗力だから。口にしてそう呟き、南雲は目を閉じる。
不思議と、ここ数日、
笙子との記憶がひとつ消えるごとに、怜とのエピソードがひとつ増える。
それが嫌ではない。南雲はぼんやりと怜の事を考えながらうつらうつらと眠りの底に落ちていく。
がたり。
物音を聞いた。これは扉が開く音だ。誰か入ってきたのだろうか。気にはなるが、南雲は目を開けるのさえ煩わしかった。眠い。このまま寝てしまいたい。
「こいつ、邪魔やな」
「いっつも邪魔する」
聞き慣れない少女たちの声に南雲は眠りに転がり込もうとする意識をなんとか留めた。睡魔と闘いながら、意識を耳に集中する。
「どうする?」
「どうしよ?」
そっくり同じ声のようにさえ聞こえた。まるで一人芝居のようだが、気配は二人する。南雲はこじ開けるように目を開け、声のするほうを見た。
扉のすぐ脇には、肩口で髪を切りそろえた二人の少女がいる。学園の制服を着た中学生ぐらいに見える少女だ。
「埋めてしまおう」
「そないしようか」
少女たちは顔を見合わせてそう言っている。南雲は体を動かそうとした。少なくとも上半身を起こそうとした。だが、ぴくりとも動かない。それどころか喉も麻痺したようで声も出ない。体中に力をこめるが、身じろぎさえ出来ない。
「潰そうか」
「そうしよ」
少女たちは頷き合うと、寝ている南雲の側まで歩み寄ってきた。足音などしない。体重などないような動きだ。
少女たちは南雲のすぐ脇で立ち止まると、腰を折って南雲を覗き込む。逃げ出したいのに、指一本動かない。
「ほれ」
「そら」
少女たちは両手で何かを持つような仕草をすると、どんどんそれを南雲の方に放った。
しっかりとは見えないが、少女たちが手首を返すたびに南雲の腹の上に何かが乗るのがわかる。バスケットボールほどの重さが積み重ねられるようで、南雲はそれが腹にぶつかる度に口から息を吐きだした。重い。一体何なのか。南雲は視線だけを動かし、必死に自分の上に投げつけられるそれを見た。
丸い、黒い物が腹の上に乗っている。
その丸い物は、南雲の腹の上でわずかに左右に揺れながら溜まっていく。いや、揺れているのではない。
ガチガチガチガチ。
その球体は、どれもがそんな音を立てて細かく振動している。
見るな、と思う自分と、観ろ、と思う自分がいる。
ガチガチガチガチ。
腹の上に溜まっているそれは、互いにそんな音を鳴らし、それは合唱のように大きくなっていく。
「もっと」
「
少女たちが放った一つが、南雲の首の横に転がった。
ガチガチガチガチガチガチ。
耳元で球体が鳴らす音は、間違いなく歯ぎしりだった。
南雲はその球体を見る。
それは、
ムカデの頭部だった。
南雲と目が合うと、下顎を鳴らして威嚇するように、挑むように、嘲笑うように、黒い複眼で南雲を眺めて音を立てた。
ガチガチガチガチガチガチガチ。
南雲の叫びは喉の奥で潰されていく。どんどんと溜まるムカデの頭の重さに、体自体が耐えられない。腰骨がきしみ、膝の裏に激しい痛みを感じる。
誰か。
何度も口を大きく開けて叫ぼうとするが口が開かない。不用意に口を開けると、ムカデの頭が潜り込みそうで、それも恐ろしい。
その時だ。
がたり。
扉が、再び開く音がした。
南雲は部屋の扉へ視線を向ける。少女たちも顔を向けた。南雲は音に反応したが、少女たちはそうではなかったようだ。
「いやや、この匂い」
「なんなんよ、これ」
少女たちは鼻を覆うように顔半分を手で隠した。南雲の鼻腔をかすめたのは酒の匂いだ。南雲は目を凝らし、扉の前に立っている姿を見た。
ふらり、とよろめくように足を前に出し、薄暗がりの中をゆっくりと南雲の方に歩いてくる。
「こっち来るなっ」
「あっちに行けっ」
二人の少女は怜にそう言うが、怜には聞こえていないようだ。ふらふらと何度か蹈鞴を踏みながら、南雲の側までやってきた。押しのけられるように少女たちは部屋の隅に逃げ出す。彼女が近づくたび、酒の匂いが濃くなる。どこか、果実酒に似た香りだ。
「南雲先生……」
怜は呟くと、膝から崩れるようにして南雲の上に倒れ掛かってきた。同時に、それまで南雲の腹に圧し掛かっていたいくつもの黒い玉がはじけ飛ぶ。重さを持って南雲を潰しかけていた黒い玉はまるで毛糸玉のような軽さで霧散した。
「お兄ちゃん、うるさい」
南雲の首元に怜の顔がある。彼女が話すたびに、アルコールの強い呼気が吐き出される。その香りに触れた途端、黒いムカデの頭は形が保てない砂球のように崩れ去って消えていく。目を室内に転じると、すでに少女たちの姿はなかった。
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