第3話 女バレの朝錬は集まりが悪い
螺旋階段の向こうに設えられたステンドグラスから溢れる朝日が逆光になり、顔が良く見えない。手で庇を作って目を凝らすと、足早に近づいてきたのは
「お弁当。忘れて行かはるから」
ああ。南雲は小さく呟いて受け取る。そういえば、持ってくるのを忘れた。去年までは検食がてら児童と同じ給食を食べていたので、いまだに「昼食持参」が身に着かない。
「ありがとうございます」
南雲が頭を下げると、険の有った彼女の眉間が少し和らいだ。
卵形の顔を縁取る短い髪を揺すると、耳に着けたペリドットのピアスが光を受けて若葉のように煌めいている。艶々とした黒曜石のような瞳を南雲に向け、背伸びするように彼を見上げる。
「今度から気ぃつけてくださいね」
諭すようにそう言う彼女は、南雲の2つ下だ。お姉さんぶったようなその口調に南雲は苦笑し、「すいません」と頭を下げた。
彼女は、この学園の創設者一族のひとりだ。学園長の娘であり、国語の教員でもある。
今回、臨時教員で南雲が雇用された条件の中に、「下宿可」「食事付」があった。実家から出ようと思っていた南雲にとって、願ったり叶ったりの条件ではあった。
下宿先は彼女の実家である学園長の家だったが、不便はない。当然、学園長の娘である怜も一緒に住んではいるが、何も二人だけで住んでいるわけではない。学園長夫妻は別宅で暮らしているようだが、彼女の兄であり、理事長でもある藤惟もいれば、時間帯によっては通いの家政婦もいる。
あてがわれた部屋には家政婦は入ってはこないが、洗濯や料理など細々としたことまでやってくれるせいで、南雲は赴任して以来、実家よりも快適に過ごしていた。
「そろそろ朝礼の時間ですね」
南雲が声を掛けると、怜は頷いて体育館の玄関の方へ歩き出した。ちらり、とその足元を見ると、バレーボールシューズを履いている。膝丈のふわふわしたスカートや胸元に大きなリボンのアクセントがあるブラウスとは似つかわしくないが、どうやら、彼女も顧問の女子バレー部の朝練を覗きに来たらしい。
「女バレの朝練はどうでしたか?」
南雲が尋ねると、怜はまだどこか幼さの残る顔をきゅっとしかめて南雲を見上げた。
「集まりが悪いです。何人かは寝坊のようです」
怜は盛大にため息を吐くと、「新人戦前なのに」と呟いた。生徒よりも顧問が意気込んでいるらしい。南雲は苦笑しながら、前を歩く怜の姿を見ていた。きゅっきゅっ、と小気味よい音を立てて怜は廊下を歩いていく。
「そちらの剣道部はどないですか?」
体育館の玄関に設えてある下足箱からミュールを引出し、怜は手早く履きかえる。靴下のままだった南雲は、自分の革靴を取り出して玄関に放った。
「真面目です。みんな真面目に、卓球部の練習の手伝いもしています」
卓球部の練習。怜は訝しげに繰り返したが、答えを知らない南雲としても、肩を竦めるぐらいしか応じることができない。
怜は、「そうですか」と聞き流すことにしたようだ。ミュールに足をつっこみ、玄関を出る。南雲も履きなれない革靴に足を突っ込むと、弁当箱を持ったまま彼女に続いた。
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