さだめは死


「ドゴイギョッダゴルァァッッ!!!」

「オンダラスダカッドシバギマワスゾワリャァァッッッ!!!」


「ひぃぃぃぃぃっっっ!!?」


 郊外の住宅地を泣き叫びながら命からがら逃げ回る青年。

 恭太郎だ。

 追いかけているのは手に手に凶器を携えた凶相の暴力団組員たち。

 死と隣り合わせの追いかけっこをしながら彼は、身から出た錆とはいえサンタの片棒を担ぐと進言した数時間前の自分を呪った。




***



「本当にあそこか?」

「ああ。間違いない」

「本当の本当にあそこ?」

「そうだ」

「神に誓ってブッダに誓ってムハンマドに誓ってあそこか?」

「君が知る全ての神仏に誓ってあそこだ」


【関東総星会天光組】


 寺院のような建物の巨大な門。檜の看板には極太の浮き彫り文字でそう書かれていた。


 屋敷の中と言わず外と言わず、明らかにそれと分かる組員が往来して警備している。


「あそこに子供がいたとして、普通の家庭の子供の三十倍くらいプレゼント貰ってそうだが」

「配送対象の選定はHQで行なっている。現場のサンタクロースは与えられた任務を遂行するだけだ」

「死ぬぞ」

「……そうだな。やはり諦めるか。取り敢えず一人には予定通りプレゼントを渡せたんだ。民間人に協力させた上で配送未完遂となればサンタクロース免許剥奪では済まないだろう。だがいいんだ。手伝わせたのにこんな結果になって済まなかった。思い描いていた未来と、実際にやってくるそれとは、中々ぴったりとは重ならないらしい」


 エイトは寂しげに微笑んだ。

 恭太郎にはその表情が、涙を流さずに泣いているように見えた。


「……何を手伝えばいいんだよ?」

「もういいんだ。君は十分にやってくれた。通常ならレインディアのAIのサポートを受けながら私が遂行するミッションだ。生身の人間には危険過ぎる」

「サンタ、やりたかったんだろ?」

「……私はの家はサンタの家系でな。親もサンタ。兄弟もサンタ。祖父も曽祖父も皆サンタだ。憧れや夢じゃない。物心付いた頃から自分も当然サンタになるものだと思ってた。一族を誇りに思っていた。崇高なその使命を。私に流れるサンタの血を。だがどうやら私は自分を過大評価していたらしい。荷が勝ち過ぎていたのさ……子供の笑顔の糧を届ける神の遣いの役回りなど……」

「そ、そんなことない。エイトはいいサンタだ。誰のせいでもない。飛行機が落ちたのは事故だろ。誰のせいでもない、誰にもどうにもできない誰のせいでもないことじゃんか。でも誰にでも起きえることさ。だ、誰のせいでもないけど」

「恭太郎……」

「プランを説明してくれ。パートナー」

「いいんだな? 本当に危険だぞ」

「乗りかかった舟だ。どんと来い!」

 恭太郎は反り返って胸を叩いた。

 エイトが、ふ、と頬を緩める。


「……今回のような人的警備中心の施設は、機械的警備が殆どない」

「身内の警備の人間が引っ掛かるからか」

「そうだ。つまり人的警備さえなんとかすれば、任務は達成したも同じ」

「バカな俺でもそれくらいは分かるが……だからその人的警備をどうすんだよ?」



***



「囮作戦はねえだろおおおおおエイトよおおおおおおっっっ!!?」

「イダドゴッチジャァァッッッ!!!」

「カバチタレナメクサッガッチンデブッコロスッテンダリャァァッッッ!!!」

「ひぃぃぃぃぃっっっ!!?」

 顔中の穴という穴から液体を吹き出しながら逃げる恭太郎。

 角を曲がってしゃがみ込むが、反対側からも何人もの人影が口々に何か叫びながら近づきつつあった。

 彼は完全に挟み込まれてしまう形になった。


 嗚呼! クリスマスで急造カップルのインスタント・リア充どもがドンペリとか開けてそこいらのホテルで頭はエロで一杯のくせに形だけメリークリスマス♡ とか言いながらイチャコライチャコラしてる夜に、俺は死ぬのか──?


「イヤだ‼︎ イチャコラクリスマスにこんなトコで一人で死ねるかァァァァァァッッッ‼︎」


 恭太郎は脇のドブに手を突っ込むとそこの泥を両手で掬い、迷わず頭からかぶった。そしてそのままふらふらと迫る追っ手のいる道に歩み出る。

 恭太郎に気付いた組員の一人が何か叫ぼうと息を吸い込んだ瞬間──。


「コロッサレッコロコロコロコロコロコロサレルゥゥゥッッッ?!?!」


 恭太郎は視点の定まらないぐるぐる眼でそう叫びながらその組員に抱きついた。組員はヒッ、と息を飲んだ。


「顔にキズ黒い服顔にキズ黒い服顔にキズ黒い服顔にキズ黒い服顔にキズ黒い服顔にキズ黒い服顔にキズ黒い服顔にキズ黒い服ーーーッッッ?!?! タスケテタスケテタスケテテケスターーーーッッッ?!?! 」

「分かった分かった分かった! お、落ち着けぇ若えのっ!!! そいつはどこ行ったぁ⁉︎ 」

「えぐっ、アッチ……絶対アッチ……十億パーセントアッチ……ひっく、アッチです……本当に……えぐっえぐっ」

「分かった。怖かったな。おめえのカタキも打ったらぁ。風呂入って寝て忘れちまえっ」

「アリガ……アリ……ガガガッ……」

 恭太郎は恐怖と安堵で泣き崩れた。そこに一切演技はなかった。

「いいってことよ。行くぞおめえら! 向こうの道だ! 必ず探し出すぞ!」

 集まった十数人の組員達は口々に返事をすると走り出し、恭太郎が指し示した道の先の暗闇に消えて行った。


 るろろろ……と近づいて来る軽自動車。運転席のウィンドがウィィ、と下がる。エイトが心配そうな表情の顔を覗かせる。


「大丈夫か恭太郎……」

 恭太郎は答えず、ぐちゃぐちゃの顔をエイトに向けて泣き声をしゃくり上げるばかりだ。

「とにかく乗れ」

 車はゆっくりとスタートする。

「スピードを出すと目立つ。ゆっくり走るぞ」

 恭太郎は俯いたまま黙って頷く。

「大したもんだ。恭太郎。私はもう少しで最終手段に訴える所だった。君の生命を優先してな」

「でも……こんな、カッコ悪い……」

「そんなことはない!」

 恭太郎がびくっ、と身を強張らせる程に強い調子でエイトは言い切った。

「君の咄嗟の機転は君だけでなく、あそこにいたマフィアのゴロツキどもの命も救ったんだ。結果始まっていたかも知れない他のマフィアとの抗争で失われる命も。そしてその引き金を引く羽目になっていたかも知れない私の心も」

 助手席の恭太郎の手元に、ぽん、とタオルが投げ寄越された。

「本来サンタクロースのプレゼント配りの為に、傷付く者があってはならない。顔を拭け。そして堂々と胸を張れ恭太郎。勇猛な獅子の心は尊いが、臆病な兎の心だけが守ることのできる物もある。私は君を尊敬する。サンタとして。一人の人間として。君と組めたことを嬉しく思う。今回の事が終わったら、全てを包み隠さず報告し、君への感謝の表し方も進言しよう。何か欲しい物はあるか?」


 恭太郎は運転するエイトの横顔を見た。

 何か欲しい物。恭太郎は脳裏に浮かんだその答えを、言うことができずに口籠もった。


そして、彼女を手伝う判断をした自分を褒めてやりたいと思った。

 

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