イントルーダー

 恭太郎は坂道の途中に路上駐車した車の脇に立ち、眼下に目標の子供が住むモダンな一戸建て住宅を見ていた。


 敷地は九十坪ほどだろうか。四角い飾り気のない家屋に、小さいながらもプールのある庭。

 恭太郎はつい先程の、エイトとのブリーフィングを思い出していた。


***


「対象の施設のセキュリティは大きく三つ。外側から順に、施設周囲の塀の上の赤外線を使った乗り越えセンサー。動体感知型の自動照明と監視カメラ。磁気タグのズレを認識して窓、ドアの開閉を検知する開閉センサーだ」

「……プレゼント配る相談だよな」

「勿論だ」


 ひゅう、と冬の冷たい風が二人の間を吹き抜けた。


「動体感知センサーも赤外線を使ってる。パッシブ型だ。動く赤外線源を感知して作動する。これはサンタスーツの赤外線吸収機能で躱せる。磁気タグの型式も特定してあり、同じ磁気タグは用意してあるから、予めこれを親センサー側に貼り付けておく事で、窓を開けても機械はそれが閉まったままだと錯覚する。鍵は一般的なストッパ付きクレセント錠。ワイヤピックガンとバイブレータの併用で非破壊的に解錠できる」

「……プレゼント配る相談だよな」

「ああ」


 遠くで犬の鳴き声がした。


「問題は外周の塀の乗り越えセンサーだ」

「赤外線はスーツで躱せるんじゃないのか?」

「確かにスーツは赤外線を吸収する性能を持っている。だが、外周センサーは二つのセンサー間を走る光線が遮られると発報する。サンタ服の赤外線吸収機能は意味を成さない」

「センサーを切ったら?」

「切ったことがコントロールセンターに伝わり、最寄りの警備車両が駆けつける」

「お手上げか?」

「そこで君の出番だ」

「俺の?」

 エイトは自分の端末を恭太郎に渡す。

「SSS社はセンターと警護対象施設との連絡に電話回線を使ってる。地下の共同溝を物理の線が走ってる訳だが、そのリレー部分のサーキット盤に仕掛けを付けてある。今立ち上げてあるのがその遠隔操作アプリだ。これでダミー信号を送って、発報信号を誤魔化す」

「なるほど。なら安心だ」

「いや。そうでもない。余り長時間ダミーを送れば、コントロールセンターのLANを巡回してる不正アクセス監視エージェントに検知されるんだ」

「タイムリミットは?」

「九秒プラスマイナス二秒。向こうの巡回周期が平均九秒間なんだ。画面の上、緑の網目に赤い点が回っているな。ここがこの家の回線接続点。ここに赤い点が通過した時にダミーが流れていたら検知される。監視エージェントの巡回を避けながら、ダミーのオン、オフを手動で切り替えて欲しい」

「はっやいなこの点。しかもペースが途中途中で変わってる」

「気をつけろ。通る回線の通信量の軽い重いで速度が変わるんだ」

「もう一度だけ確認するが、サンタがプレゼント配る相談だよな?」

「しつこいな」


 救急車のサイレンが近づき、また遠ざかって行った。


「操作は二度。私が浸入する時と脱出する時。これを耳に付けろ」

 恭太郎はエイトから耳に掛けるタイプのイヤホンを受け取ると、それを身に付けた。

「テストだ。聴こえるな」

「あ、ああ」

「タイミングはこちらで指示する。オン、オフのタブを押すだけだ。簡単さ」

「分かった」

「よし。ミッションスタートだ」


***



 恭太郎が坂の上から見守る中、エイトは無駄のない素早い身のこなしで目標の家を囲う塀まで到達した。


『こちらオナメント・エイト。ポイントに到着。エージェントの巡回のタイミングを計って、エージェント通過直後に信号を発信できるようスリーカウントして、ダミー信号を流せ』

「分かった。エージェント通過直後に信号が発信できるように、スリーカウント後にダミー信号を流す」


 恭太郎はタイミングを計る。ごくり、と唾を飲もうとしたが上手く飲めなかった。


「三、二、一、ダミーオン」

 赤い人影が塀を支点にトンボを切った。

『切れ』

「カットした」

 周囲は静まり返ったままだ。

『よし。上出来だ。周囲を警戒しながら次の指示を待て』

「了解」

 恭太郎は長い息を吐いた。

 

 眼下では小さな人影がさっ、と庭を横切り、狩りをするネコ科の獣のような動きで目標の家の壁に張り付いた。


 どうやらこのプレゼント配りは上手く行きそうだった。

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