冴えたやり方
「う……」
女サンタの呻きに気付いた恭太郎は、
街外れの恭太郎のワンルームマンション。時間はあれから三十分程。迷った末に恭太郎は、彼女を担いで自分の部屋に帰って来た。見た所大きな怪我は無さそうだったし、ただのテロリストとも思えない。武器は隠し、一旦匿って話を聴こうと思ったのだ。
女サンタがうっすらと目を開ける。
「気が付いたか?」
恭太郎の声への彼女の反応は激しいものだった。バネの仕掛けが弾けるように起き上がるとベッドの上に半身で立ち、ファイテングポーズを取りながら腰ベルトに下がる空っぽのナイフケースをまさぐった。
「落ち着けよ。何にもしやしねーから」
「ここは……」
「俺の部屋だ。時間はあれから三十分くらい。気絶したあんたを担いで帰って来た。あんた、華奢なナリだがえらく重いな。防弾板でも着込んでるのか?」
「誰を呼んだ?」
「警察や救急の事か? 誰も。まずはあんたの話を聴こうと思ってな。悪いが武器は隠させて貰った。もっとも、あんたがその気になれば、素手でもなんでも俺なんかすぐ殺せるのかも知れないが」
「私の飛行機は?」
「言う訳ねーだろ。俺にとっちゃ唯一の保険だ。俺が俺自身の安全を確信したら案内してやる」
「……」
「まあ座れよ。さっきは階級や所属を訊かれたが、俺は正真正銘、混じりっけ無しの民間人だ。ケンカすればあんたが勝つさ」
女サンタは座らない。だがベッドからは降りた。
恭太郎は溜息を吐いて肩を竦めると、キッチンに向かうために立ち上がった。
「コーヒーでいいか? ミルクと砂糖は入れるぞ」
「……何故、私を助けた? しかも最低限の拘束すらしていない。さっき私が何をしたかを君はもう忘れてるのか?」
「恭太郎だ。相馬恭太郎。あんた、名前は? 」
「…………」
「守秘義務か。映画みたいだな。やっぱどっかの秘密のエージェントなわけ? コードネームでもなんでも、呼んでいい名前は無いのか?」
「…………」
二人分のコーヒーを持って戻った恭太郎は、炬燵のテーブルにそれを置くと、再び腰掛けて炬燵に収まった。
「まあいいや。助けたのは単にほっとけなかったから。拘束しなかったのはあんたがそんなに悪い奴じゃないんじゃないかと思ったからだ」
「私は……君の首にナイフを突き付けて脅したぞ」
「びっくりしたよ。けどその後に俺が抵抗した時、咄嗟に俺の身を案じただろ。ちょ、危な、とか言って」
「…………」
「色々訊きたいことはあったけど、言えないなら仕方ねーなわ」
ごと、と音を立てて、湯気を立てるコーヒーの隣に黒い刃の抜き身のナイフが置かれた。
「うちを出たら前の道を右に真っ直ぐ行け。二車線の大きな道路に突き当たったらまた右だ。二百メートル程歩けば橋がある。橋は渡れ。あんたの飛行機は橋から三十メートル程進んだ向こう岸の河原だ」
「……私が君やこの街に危害を加えるかも知れないとは考えないのか?」
「危害を加えるの?」
「…………」
「飛行機はあんなだし、あんた一人でできることなんてタカが知れてるだろ。あんたが最低最悪のテロリストだったとしても、ケンカならあんたの方が強いだろうからどっちみち止められん」
「…………」
「何より、今俺はこうしてぴんぴんしてる。あんたが最低最悪のテロリストじゃない証拠だ」
恭太郎は自分の分のコーヒーを飲んだ。
「ブラックが良かったか? 任務の途中に引き留めて悪かったな」
「いい……どうせ任務は失敗だ」
女サンタはふと肩から力を抜くと、炬燵の反対側に腰掛けた。
「暖かい……」
「炬燵は初めてか? 日本語が堪能だが、日本人という訳じゃないんだな」
女サンタはカップを手に取ると、コーヒーの液面に二度、息を吹き掛けて、一口それをすすった。
「私は、東アジア方面統合作戦群、第ロクマルサン独立配送部隊所属。コールサインはオナメント・エイト」
彼女は一度言葉を切ると、意を決したようにきっぱりと言い切った。
「この地区の担当の実働サンタクロースだ」
ユニットキッチンの冷蔵庫のコンプレッサーが、ううん、と唸りを上げた。
「……ウソだろ」
「本当だ」
「名前が何? オナペ」
「オ・ナ・メ・ン・ト! 妙な聞き違えをするな。君はそういうことしか頭にないのか?」
「クリスマスの夜の独り身の若い男の頭の中なんてそういうことで一杯に決まってんだろ」
「エイトでいい」
エイトはふう、と一つ息を吐く。そしてもう一口コーヒーを飲んだ。
「一般には秘密にされているが、サンタは実在している。勿論、地球上の子供全てにプレゼントを配っているわけではない。厳正な査定と抽選の上で、一部の恵まれない子供たちに、プレゼントを配っている」
恭太郎も一口、コーヒーを飲む。
「……どっかの国が運営してんの?」
「それは言えない」
「国連?」
「機密事項だ」
「まさか……神様がボス、とか?」
「どうかな」
「……続けてくれ」
「殆どのプレゼントを配布し終えてあと一息。突然、配送用VTOL輸送航空そり・レインディアの右エンジンが爆発、機能停止に陥った」
恭太郎はぎくりとした。
一連の余りの展開に忘れていたが、その一連の出来事の原因は自分だった事を思い出したのだ。
「離陸前のそりの点検にはサンタクロース自身も立ち会うんだ。クルーの仕事は完璧だった。恐らく野鳥かコウモリでも吸い込んだんだろう。その生き物にも、気の毒なことをした。その後は、君も知っての通りさ」
エイトは哀しげに目を伏せた。恭太郎は口を少しだけ開いたが、結局もう一度閉じた。胸の鼓動が早くなる。
「実はな、私は今回が初めての実働だったんだ。ようやく勝ち取ったサンタクロースの免許。だが任務は失敗。高価なそりも失った。私はサンタ免許を剥奪され、二度と再びそりに乗れることはないだろう」
背中と額から汗をダラダラと滴らせながら、恭太郎は慰めの言葉を探したが、それを見つけだす事ができない。
「一番残念なのは、あと三人の、プレゼントを貰える筈だった子供たちのことだ。私以外のサンタが担当なら、明日、目覚めたら心からの驚きと喜びに満たされながらプレゼントを……」
「分かった手伝う。手伝うよ。配ろう。残り三人。夜明けまであと五時間もある。行けるさ」
「しかし……危険もある。毎年何人かは窃盗犯として捕まったり撃たれたり高所から墜落したりするんだ。民間人の君にそこまでさせるわけには行かない。向いてなかったのさ。田舎に帰って、隣の夫婦がやってるアスパラガス農園の手伝いでも……」
「いいの! 子供の笑顔のために一肌脱ぐって今決めた! あと三人なんだろう? 夜明けまであと五時間ちょい。軽自動車でよけりゃ車は出せる。とっとと配っちまおうぜ。俺たちならやれる。絶対だ。な、そうしよう」
「君……」
「恭太郎だ。さ、何からすればいい?」
「……まずはパートナー成立の握手だ。感謝する。恭太郎」
「報酬は小さな奇跡一個でいいぜ。宜しくな、エイト」
後ろめたさとともに、どこかほっとしながら恭太郎は、エイトとがっちり握手をした。
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