戦闘妖精

 護岸のコンクリート壁に設けられた階段を駆け下り、まばらに草の生えるごろごろとした石礫の河原を、それらに足を取られながら駆ける恭太郎は、道路沿いに並ぶ街灯が落とす灯りを頼りに落着した謎の航空機を目指す。

 かなり大きな音がしたが、時間帯も時間帯で、また元々住宅地から外れた場所である事も手伝って、恭太郎以外にこの出来事に気付いた者はないようだった。

 鼻を突く何かの薬品か化学物質が燃える匂い。花火の後の匂いも似ていたが、ガソリンかオイルの匂いが混じっているように感じられる。

 白い息を弾ませながら恭太郎は、河原に斜めに傾いて横たわる謎の航空機に駆け寄った。

 近づいてみれば、大きさは全長十メートル程。主翼はひしゃげていたが、翼端から翼端までは六メートル以上あるだろうか。マットな質感の表面。海底に沈着する種類の魚のようなフォルムのそれは夢でも幻でもなく、白い煙を上げながら確かな質量を持ってそこに存在していた。


 パイロットは?


 機首のコクピットの風防ガラスは大きく開け放たれている。投げ出されたのだろうか? 辺りに人が倒れてる様子はない。恭太郎は携帯を取り出すと、機体に近付きながら救急と警察に連絡を取ろうとした。


「動くな」

「ひっ⁉︎」


 くぐもった声。手が後ろに捻られ、首に冷たく硬い何かが当たる。刃物だ、と直感した。

 その刃は強く喉に当たって悲鳴も上げられない。凄い力で押さえられた手から携帯は地面に落ちた。

 そのまま後ろに引かれた恭太郎は引かれるままに機体の影に引き込まれた。無理矢理しゃがみ込まされたが、従うしかない。

 恭太郎に恐怖と後悔が交互に押し寄せる。


(怖い、死ぬ、やだ、怖い、死ぬ、やだ、怖い、死ぬ、やだ……)


 咄嗟に救助に来てしまったが、こいつはきっとどこかの工作員だ。

 嗚呼! クリスマスで急造カップルのインスタント・リア充どもがドンペリとか開けてそこいらのホテルで頭はエロで一杯のくせに形だけメリークリスマス♡ とか言いながらイチャコライチャコラしてる夜に、俺は死ぬのか──?


「所属と階級を言え」

 一瞬だが首のナイフの力が緩んだ。

「イヤだ‼︎ イチャコラクリスマスにこんなトコで一人で死ねるかァァァァァァッッッ‼︎」

 恭太郎は泣きながら形振り構わずに、ズバッと立ち上がる。

「ちょ、危な」

 後ろの人物は明らかに動揺した。

 (女の声……?)


 ガンッゴンッッッ

「あんっ……」


 恭太郎の後頭部が後ろの誰かの顔に当たり、その誰かは更に後ろの機体で後頭部を打ち付ける。聞こえたのはやはり女の声。色っぽい声を上げたその女は、力を失うと糸の切れた人形のようにがくがくと崩折れた。


 恭太郎は、無我夢中でその手からナイフを奪うと


「オンドリャァァァッッッ!!!」


 振り返りながら女不審者にその刃を大きく振りかぶった。


 その動作がピタリ、と止まる。


 目に飛び込んだ鮮やかな赤がそうさせたのだ。


 赤い衣装。揃いの三角帽子。ワンピースの真ん中を絞る黒い幅広のベルト。白いファーの縁取りと、同じくファーでできた帽子の先の玉。


「サンタ……クロース?」


 そう。

 目の前で正体を失って倒れているのは、ミニスカートではなく、ぴったりしたパンツルックではあるものの、クリスマスのバラエティ特番でフリップでも持たされていそうな、絵に描いたような若い女サンタだった。

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