Scene 4 アームブレード

 昨晩は、オーヴァードに関する知識を閲覧していたら朝になっていた。病室のベッドに横になろうとしたら、例の声が頭で鳴り響き「充電はベッドでは行えません」と、遠回しに睡眠ではなく充電が必要なことを教えてくれたのだ。そのあとは、既にインストールされていたこの体のマニュアルを読んで充電の方法を理解し、背中にあるコンセントを部屋の角にあるタップに挿しながらマニュアルを読み続けていたら、Wikipediaでリンクを追うような感覚であらぬ方向に興味が逸れてしまっていた。

 しかしこの体は本当に便利だ。結局一睡もしなかったというのに眠気は感じない。ずっと一か所に座っていたにもかかわらず体のどこも痛くない。時々不意に頭の中で鳴り響く機械音に驚かされるのが玉に瑕だが、それを差し引いても余りある利点がこの体にはある。

 窓の外を確認して、朝が来たことを時間ではなく実感で理解する。今日は曇天で、窓越しにはわかりにくいが雨も降っているようだった。そんなことを考えると、すぐさま視界に「本日の天気 雨」とウインドウが出る。スマホいらないな。

なんとなく週間天気予報も確認していると、例によって頭の中で機械音声が鳴り響いた。

 「咲口様からメールの着信です。昨日の部屋にお越しくださいとのことです」

 ウインドウにメールが映し出されるのと同時に、地面に矢印が描かれた。昨日の部屋というところに誘導しているのだろう。「目標地点まで約50m」とある。ちょっと過保護すぎるなと思いながら、その矢印に従って部屋を出た。


 昨日の部屋に迷うことなくたどり着き扉を開けると、中には椅子に腰かけ優雅にコーヒーをすすっている咲口と、その向かいに覇気なく座っている“トランスミッション”がいた。彼女が視界に入った瞬間、ウインドウが現れて「寝不足」と表示したが、彼女の目元を見れば機械の体がなくとも一目瞭然だった。

 「おはよう牧原君。昨日はよく眠れたかい?」

 こちらに気がつくと、咲口がにこやかに手を振りながら話しかけてきた。

 「おはよう……ってあんた、俺に睡眠が必要ないことわかって言ってないか?」

 「ああ、うん」

 咲口は悪びれることなく肯定すると、手で“トランスミッション”の隣を指した。座れということだろう。俺は彼の誘い通りに、彼女の隣に座った。“トランスミッション”の手にはトーストが握られているが、一口齧られたきりになっていた。

 「あの……大丈夫か?“トランスミッション”……だっけ?」

 「ああはい……大丈夫です……責任はしっかり感じてます……」

 心配になって彼女に声をかけてみるが、返答は不安を増大させるものだった。彼女の眼は死に絶えてしまっている。

 「わたしのせいで、牧原さんは死んでしまったんですよね……」

 「いや、生きてるけど」

 「いいえ、人としての牧原さんは昨日死んでしまったんです……私のせいで牧原さんは、二度と美味しいものを食べることのできない味気ない体になってしまったんですよね……」

 味気ない体というのは酷い言いぐさだが、確かにそういえば、昨日目覚めてから空腹感も覚えていなかった。俺たちを囲むテーブルにはトーストやベーコンエッグといった食べ物が並んでいるのに、今の今まで気づくことすらなかった。

 「そうか……食べれないのか」

 「テレーズさん曰く、食べるふりならできるらしいんだけどね。味覚を感じることはできないんだと」

 俺のつぶやきに咲口が反応していった。“トランスミッション”は事の重大さを改めて実感したのか、より深くうなだれて、手にしていたトーストを皿の上に落とした。咲口はそれを見ると、軽くため息をついてから、そのトーストを手に取り、2つに折りたたんでから無理やり“トランスミッション”の口に突っ込んだ。

 「むぐぅ……」

 「おいちょっと」

 「そうやっていつまでも落ち込んでる場合じゃないだろう、“トランスミッション”。昨日の失点を取り返すには今日しかないんだ。いいじゃないか、牧原はきっと今の体を気に入っている」

 勝手に決めないでほしかった。しかし、彼女に落ち込まれると、こちらもなんとなく申し訳ない気がしてしまうのも事実だった。なので話を逸らすことにする。

 「失点?そういえば昨日の仕事ってなんだったんだ?」

 昨晩読んだ報告書には、彼らの仕事の内容の部分だけがすっぽりと抜け落ちていた。だから、俺は彼らが何のために高速道路を走り、そして落ちてきたのか知らなかった。

 「しいて言うなら要人警護ってところかな。実際には警護対象に接触する前にしくじったわけだけど」

 「要人警護ねぇ。結構仰々しい任務だったんだな」

 「要人って言っても、大したあれじゃあないよ。オーヴァードの秘密を知ってしまった一般人を、FHの魔の手から守るっていうだけの話。しかも僕たちが担当する予定だったのは、秘密を知った本人ではなく、その妹だったんだよ」

 「そうだ……その妹さん、結局どうなったんですか?」

 口に放り込まれたトーストを処理し終わった“トランスミッション”が口を挟む。心なしか、少し顔色がよくなった気がする。

 「目下行方不明中」

 気のせいだった。咲口の発言で、すぐにまた元の顔色に戻っていった。

 「その行方不明の妹さんを探して奪還するのが、あなたたちの新しい仕事ってわけ」

 扉の方から別の女性の声が聞こえてきた。テレーズ・ブルムだ。彼女の肩には昨日はいなかったフクロウが乗っているが、既にそのフクロウについては閲覧済みだったので驚きもしなかった。ああいった生物をEXオーヴァード……というらしい。テレーズは手に朝食のプレートをもって、咲口の隣に腰かける。彼女のメニューは和食だった。

 「奪還って言っても……もう死んでるかも……」

 「いや、少なくとも死んではないはずだよ。FHの目的は兄の方。人質として存分に利用するだろうね」

 “トランスミッション”の悲観的な予想を、咲口が打ち消した。それにテレーズも続く。

 「そうね、でもうかうかはしてられない。足手まといとなったら結局殺すでしょうし、殺さなくても酷い目に合っているかもしれないし……そこであなたたちの出番ってわけ」

 「今日中に妹さんを発見し奪還。そうすれば昨日の失点はチャラになるだろう。初陣を黒星で飾らなくてよくなるぞ。よかったな“トランスミッション”」

 うなだれている“トランスミッション”に、咲口が明るい声をかける。

 「そこでものは相談なんだけど……牧原双二君?」

 「……はい?」

 唐突にテレーズがこちらに話題を振ってきたので、少し反応が遅れてしまう。彼女の碧眼が、今度は人間を見る目で、こちらを見る。

 「君にはこの作戦に参加してほしいの。昨日死んだ“ヘイトフル”の代わりにね」

 「おお、それはいいですね。丁度唯一の戦闘要員が上手に焼けてしまってましたからね……でも戦えるんですか?」

 「その点に関しては問題ないわ。内蔵ブレードを腕に搭載しているし、戦闘サポートシステムも機能している。平たく言えば、彼はブラックドックとノイマンのクロスブリードに相当する戦力になるわ」

 「腕にブレード?」

 そんな危ないものをと続けようとした瞬間、本当に腕からブレードが飛び出して、テーブルを真っ二つに切り裂いた。

 「うわぁぁぁ!」

 テーブルから食器類が滑り落ち、床にたたきつけられる音と“トランスミッション”の叫び声が室内にこだました。流石に咲口も驚いた顔をしている。

 「おっと、やっぱり思考と反応の連合が強すぎるようね。あとで調整しておきましょう」

 「……お願いします。考えるだけで一々何かを真っ二つにしてたらキリがないですし」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る