Middle Phase

Scene 3 機械化兵

 「再起動が完了しました。OSのインストール終了。“ユートピア”を立ち上げます。ようこそマキハラ様」

 頭の中で突如響いた声に起こされた。目を開くと、目の前に清潔そうな病室が広がった。意識を取り戻した直後にありがちな、ぼんやりとした感覚は一切なく、はっきりと眼前の光景を捉えることができた。

 眼前の光景。つまり目の前で首から上がない自分の体が突っ立っている様を。

 「あああああ!俺の体ぁぁぁ!?」

 思わず叫び声をあげた。自分が想像していたよりも声量が大きく、部屋全体に反射してびりびりと壁を揺らした。周囲にいた人間全員がビクッと体を跳ね上げた。

 「うわぁ!」

 「テレーズさん、ボリュームが!声が大きいです」

 「しまった。ええと、音量は……」

 三者三様の反応を見せる謎の人物たち。テレーズと呼ばれた少女が目の前のパソコンをいじると、俺の声のボリュームが徐々に小さくなっていく。

 「……え?一体何が起きて?」

 「うん、これぐらいが丁度よさそうね。じゃあこの音量をデフォルトに設定して……これでセットアップ完了。“ジュークボックス”、頭を体に接続してちょうだい」

 俺の問いかけを一切無視して、テレーズは少年―俺と同じ年くらいだ―に指示を出す。“ジュークボックス”と呼ばれた少年は、それに応えて俺の頭を持ち上げ、首なしの体の方まで運んでいった。

 うん?「俺の頭を持ち上げ」て?

 「あの……テレーズさん……でしたっけ?」

 「後にして」

 作り物のような青い目を、こちらに合わせることを全くせずに、テレーズという少女は俺に近づいてくる。その姿勢は組み立て式の家具に向かうものに似ている気がした。彼女が俺の首元で何かをすると、がちゃっという小気味いい音とともに体の感覚が戻ってきた。そういえば、さっきから首から下の感覚がなかったのだ。あまりの急展開に、全く気がつかなかったが。

 「胴体ユニットの接続を確認しました。いつでも利用できます」

 と、また先程と同じ声が頭で響いた。女性の声だ。ここにいる誰とも違う。

 「よし、お疲れ様。これで完成ね」

 「いやー流石テレーズさん。パンケーキを機械化兵に変えてしまうとは。もうだめかと思ってましたよ」

 「パンケーキ?」

 「いや、こっちの話です」

 作業をしていた少年と少女が、にこやかに談笑している。そこから少し離れたところでは、別の少女が少し呆けた顔をして、その様子を眺めていた。彼女が震えるのに合わせて、茶色のポニーテールがひょこひょこと動いていた。

 誰だろう?と思った瞬間、視界に一瞬「Scan」の文字が現れ、次いで文字の書かれた四角い窓が3つ飛び出してきた。それぞれがそれぞれの人の傍に配置される。顔を動かしてみると、その四角も顔の動きに合わせて動いて、位置を変えた。

 金髪碧眼の少女の傍にある四角には「テレーズ・ブルム」と書かれていた。その下に少し小さい文字で「UGN中枢評議員」ともある。少年の方は同様に「咲口十九朗 “ジュークボックス” UGNチルドレン N市支部」、もう一方の少女の方は「氏名未定 “トランスミッション” UGNチルドレン 関東支部」と書いてあった。

 「“トランスミッション”?」

 「ひぃぃぃぃ!ごめんなさいぃぃぃ!」

 何気なく呟いてみただけだったが、それが少女を怯えさせてしまった。彼女はもう壁際にいてそれ以上下がれないにもかかわらず、半泣きでずるずると後退しようとしていた。

 「うん。検索機能はきちんと動いているみたいね。おはよう牧原双二君」

 “トランスミッション”の泣きわめきをBGMにテレーズが呑気な口調で挨拶をしてきた。取り敢えず会釈をしておく。

 「あの……俺、一体何がどうなって?」

 「どこから説明したものか……まずは事故の状況からかな?」

 咲口という少年が口を挟んでくる。外見はかなり爽やかイケメンなはずなのに、口調のせいか生気のない目のせいか、胡散臭い印象を受ける。

 「必要ないわ、既に事故の状況からオーヴァードに関する基礎知識まで、全部この頭の中に入ってるから」

 「わお!便利―」

 2人は相変わらず、こちらにはよくわからない会話を続ける。そして“トランスミッション”も相変わらず泣きわめいていた。新手の地獄か。

 「オーヴァード?」

 ともかく、状況がよくわかっていないことを表明するために、耳にした単語をオウム返ししておく。すると2人が反応するよりも早く、視界に新しいウインドウが現れた。「オーヴァード」というタイトルが書いてあり。細かい文字でずらずらと情報が羅列されている。

「……つまりXメンってこと?」

 一読した情報をつぶやくと、テレーズが満足げに笑った。

 「ほらね」

 「おおー」

 咲口があまり気のなさそうな合いの手を入れた。視界いっぱいに広がるウインドウが邪魔だなと思うと、いつの間にかすべてのウインドウが消えていた。

 「で、俺はターミネーターになったってこと?」

 「そうね。正確には機械化兵だけど、似たようなものよ。今あなたの体は95%が機械で出来ている」

 「いや、君は運がいい。たまたまオーヴァードに覚醒して、しかもそれがブラックドックで、かつUGNのN市支部に機械化兵のプロトタイプがあって、それをセッティングできるテレーズさんもいるなんて、そうないことだよ」

 咲口の口から聞きなれない言葉が飛び出すたびに、視界にウインドウが広がったり引っ込んだりする。それをざっと読むことで、自分の置かれている状況はなんとなくわかってきた。

 つまり、俺はあの後車に潰されぺしゃんこになり、生死の境をさまよった。そこにこのテレーズが現れ、俺は一命をとりとめ、オーヴァードと呼ばれる超人になった。彼らUGNはその超人の組織で、同様の組織であるFHと戦いながら日常の平和を守っている。

 「そして、俺をひき殺した車の運転手が……」

 「ひぃ……ごめんなさい」

 俺が“トランスミッション”の方を向くと、彼女は蛇に睨まれた蛙のように固まって動かなくなった。確か特殊な訓練を幼少期から積んだ、UGNチルドレンのはずだが。

 「だから“トランスミッション”のせいじゃないって言ってるだろう?事故ったのは“ヘイトフル”の独断専行が原因だって。だから牧原も、彼女を責めないであげてくれよ」

 「責めるも何も……」

 どういうわけか、さっきから怒りだとか不安だとか、焦りみたいなものがあまり湧いてこない。こんなトチ狂った状況だ。彼女ほどでなくとも、感情的な反応が出てもいいはずだ。俺だってそんなクールなキャラで生きてきたわけではないし。

 「ああ、最初は慌てたり起こったりすると思って、感情反応プログラムの強度を最低にしておいたわ。つまり彼は、今“ジュークボックス”並に血も涙もない状態ね」

 「なんてことを!それじゃ人でなしじゃないですか!」

 テレーズの回答に、“トランスミッション”が応じた。臆病な風で、言う時はズバッという性格らしい。当の人でなしは、流石に少し気分を害したような、でも正論を突き付けられたような複雑な表情をしている。

 「よし、“トランスミッション”、今日はもう遅いし、牧原を病室に案内してあげてくれ」

 「私ですかぁ!?なんで!?」

 「ほら、僕って人でなしだろ?だからお客さんをもてなすとかできなくてさぁ」

 と思ったら、早速咲口の反撃が始まっていた。俺を案内するように命じられた“トランスミッション”は、この世の終わりのような顔をしていた。俺も傷つく。

 「いや……病室くらいひとりで行けるけど」

 「まあそう言わないで。その体で本格的に動くのは初めてなんだし、何かあったら困るでしょ?」

 「そ、そうですよね……誰かいないとまずいですよね……ま、任せてください牧原さん!私が責任をもってご案内します!」

 「ほら、彼女もそう言っていることだし」

 「はあ……」

 このやりとりの間に、既に俺の頭の中ではプログラム音声が「あなたの病室は709号室です」とアナウンスしていた。地図付きでだ。でもマナーモードみたいに震えながら、決意を固めている彼女の思いを無下にするのも悪い気がした。

 そういうわけで、案内にもかかわらず3歩後ろを行く古き良き良妻スタイルでついてくる“トランスミッション”と共に、病室を移動することになった。

 何か忘れている気がする。

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