Scene 5 約束

 俺の体の調整が行われている最中、咲口と“トランスミッション”が任務の算段をしている。

 「実はもう、対象の居場所はわかってるんだよね」

 「え?そうなんですか?じゃあ早く助けに行きましょうよ!私車とってきますね!」

 咲口の発言を聞いて、“トランスミッション”が慌てて飛び出そうとする。それを彼が慌てて裾を引っ張って戻した。

 「話はそう単純じゃないんだよ、“トランスミッション”。今支部長から連絡があって、指示があるまで待機しろってさ」

 「ん?なんでだ?」

 「支部長の思惑じゃ、おそらくできるだけFHのエージェントを生け捕りにして、この街で活動しているセルの情報を得たいんだろう。まあ。功名心の発露だよね」

 「そうなのか……」

 咲口がこちらの問いに答えるためにちらりと俺を見る。そしてたまらずといった様子で噴き出した。

 「なにがおかしい?」

 「……クリスマスツリー」

 今度は“トランスミッション”がこらえきれずに噴き出した。俺は傍に設置されていた姿見を見る。今の自分の体は、開くところが全て開き、刺さるところにあらゆるコードが刺さり、内蔵されているランプの全てが点滅を繰り返していた。確かに咲口の言う通り、クリスマスツリーに見えなくもない。

 「……そんなにランプが内蔵されてたんですね……」

 “トランスミッション”が笑いをこらえながら言った。思えば、彼女がこの部屋で初めて見せた笑顔かもしれない。

 「機械化兵の機構上、外面からは状態がわからないことが多いのよ。だから状態を示すランプをたくさんつける必要があったの。これが充電状態でしょう。これが電波状況、これが冷却水の保持状態、これはボリュームランプに……」

 彼女の言ったことに、テレーズが大真面目になって答える。それがまたおかしいのか、彼女はまた笑みをこぼした。

 「でもエージェントを生け捕りにって、そんな簡単にいきますかね?」

 「まあ、無理じゃないかな?それが出来ていれば、こんな事態にはなっていなかったはずだし。せめて無理して、護衛対象を死なさないようにするしかないだろうな」

 咲口が気のない風に答える。そういえば、俺が(一回)死んだ事故の原因も、新米UGNチルドレンの功名心って言っていたっけか。だとしたらUGNは随分出世競争の厳しい組織なのだろうか。

 「まあ僕としては、今回あの支部長が大いにしくじってくれて、交代してくれた方が今後の仕事がやりやすい気もするんだけどね」

 「功名心は猫をも殺す……ですか」

 「それを言うなら好奇心だろう。そういえば“ヘイトフル”……だったな。あれも功名心たくましい奴だったんだろう?」

 「うん?まぁねぇ。でもなんであんなに張り切ってたんだろうねぇ?何か知らない?」

 咲口は“トランスミッション”に向けて、首をかしげながら尋ねる。“トランスミッション”もまた、首をかしげながら考え込んだ。

 「うーん、その辺は私にもわかんないんですよね。まあでも、やる気満々なチルドレンは彼に限った話じゃないですけど」

 「新米特有の気負いなのかねぇ。“トランスミッション”とは真逆の意味で」

 「そういうあなたは、初任務のときからそんな調子だったけれどね。“ジュークボックス”?」

 「え?そうなんですか?ていうかテレーズさん、咲口さんの初任務のころ知ってるんですか」

 “トランスミッション”が急に目を輝かせて食いついてきた。昨日散々いじめられた咲口の古傷をえぐるチャンスと思ったのかもしれなかった。

 「ええ、だって彼の初任務、私の護衛だったんだもの」

 「えー、すごいじゃないですか!中枢評議員の護衛が初任務ですか。今の下っ端生活からは想像もできないですね」

 今の自分の置かれている状況を「下っ端生活」と表現されて、咲口はまた少し困った顔になった。この少女、やはり臆病なわりに物言いが図々しい。

 「護衛っていっても、神戸の支部の視察ついでに買い物して帰っただけじゃないですか。旅行ですよあんなの」

 「まあいいじゃない。あっちの支部長とも仲良くなれたんだし」

 「オネェ系の支部長ロボに気に入られても全然うれしくないですけどね……」

 「支部長ロボ……?」

 “トランスミッション”がきょとんとした顔でこちらを見てきた。俺も自分の体を思わず見下ろした。UGNにはこんな体の人間が沢山いるのだろうか。それこそ、支部長になるくらいには。

 「しかし連絡こないですねぇ。暇です」

 “トランスミッション”が話を急に方向転換させる。咲口の初任務の話題は、彼をいじるネタにはならず、期待外れだったようだ。足をぶらぶらさせて、如何にも退屈そうだ。裏を返せば、彼女の精神に余裕が出てきたということでもあるのだが。

 「そういえば、警護対象の妹さんってどんな人なんですか?知らないといざって時に誰を守っていいのかわからなくなりそうなんですけど」

 俺もその話題に続く。守る対象の顔もわからないのであれば、守りようがない。

 「ああしまった。まだ牧原の頭にアップロードされてないのか。なんでも説明なしでいいと思ってたらうっかりしてた」

 咲口が手をぱんと打ち合わせながら立ち上がり、テーブルに散乱した資料を探り始める。“トランスミッション”もそれに続いて、資料をばさばさと探り始めた。しばらくして、咲口が「あったあった」と言いながら1枚の写真を持ってきた。

 「これが今回の護衛対象。宮原飛鳥さんだよ」

 写真に写っていたのは、短髪の、いかにもスポーツをやっていそうな活発な少女だった。バストアップの写真だったが、高校の制服姿なのがわかる。その制服は……俺の通う学校と同じものだった。

 宮原飛鳥……?視界の端では「Search」と書かれたウインドウが展開されていた。何かを思い出そうとしている。どこかで会っているのか?単にデータベースに情報があるというだけか?

 宮原飛鳥……友達との約束……約束?


 ……。

 「牧原君?今日の放課後暇?」

 「え?うん。別に暇だけど、どうかした?」

 「ちょっと話したいことがあって……近くのマックに5時でいいかな?」

 「話……ああ、わかった。雨が降ろうが槍が降ろうが行くわ」

 「あはは、槍なんか降らないよ」

 ……。


 「しまった……」

 全てを思い出したのは、「検索完了」のウインドウが出るよりも少し早かった。

 「……どうした?」

 咲口が珍しく真面目で心配そうな顔で尋ねてきた。“トランスミッション”も奥の方で不安そうな顔をしている。

 「約束を思い出した。俺が死ぬ前にした約束を」

 行かないと、と思うのと同時に「All out」と書かれたウインドウが現れ、体に刺さっていたコード類が全て爆ぜるように抜け落ちた。傍にいた咲口が慌てて後ずさる。体の開いていた部分もすべて閉じ、調整を始める前の状態に戻った。

 「ちょっと!まだ調整は終わってないわよ?」

 テレーズがそう言うのと、部屋に電話の着信音が鳴り響くのは同時だった。“トランスミッション”が即座に電話を取る。彼女の目が、怯えた少女から訓練された兵士のものに徐々にだが変わっている。

 「N市支部チームαからβへ。プランA失敗。目標地点で戦闘開始。プランCへの移行を命ずる」

 素人の俺には全く意味の分からない文言が、電話機のスピーカーから流れる。だが今は、頭の中の機械が解釈を助けてくれる。頭の中の声がささやく。

 「N市支部の別動隊が、護衛対象宮原飛鳥の囚われている地点で戦闘を開始しました。こちらの部隊はその地点へ応援へ向かうように命じられています」

 「待て牧原!勝手に行くなよ!」

 状況を察した咲口が警告をとばす。けれど、俺の体はそれよりも早く動き始めていた。思考も同じだった。目標地点までの距離とルートが視界に即座に現れ、到着予想時刻まで表示してくれる。足が意志を越える速度で動き、気がついたときには部屋の窓を突き破って外に脱していた。

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