第4話 魔力の通り路

「イーヤァッ! イヤッ! みじゅくんがヤルのぉーっ! みじゅくんがぁーっ! ギャーッ! ピーッ!」


 うわぁ! ばぁばっ! 何をなされるのかっ! ご本貸し出しの魔道具はっ! 私が操作したいとお願いしてたであろうにっ! あんなにっ! ご本をっ置いでっ! ピッとしたいっ! 魔道具にっ! 魔力の流れをうぉぉぉおーっ! 今日こそ観ようとぉ! びぃぃーピーッ!


 

 ◇ ◇ ◇



 ああ、お祖母様ばぁば。申し訳なかった。大泣きしてしまって。また次の機会にと、冷静になれれば良かったのですが、心のうねりが押し寄せてまいりまして、我がことながらどうしようもなく……

 しかしまあ、そっくりかえって大泣きしたら、スッキリしました。今はスカッとしております。


 謝罪の言葉も満足に伝えられぬ私であるのに、お祖母様はいつも寛大な微笑みで赦してくださる。どこまでも甘えたくなってしまいそうだ。


 図書館のエレベーターは透明で向こうが透けて見える。それが動いて降りてくるのに見とれていたら、お祖母様がご本貸し出しの魔道具を操作してしまわれた。最近はいつも私に操作させてくださっていたのに。

 魔力の流れを見極めるには、神経を研ぎ澄ましてここぞという時に起動させねばならない。今日も失敗してしまった。





 いつの間にか季節が過ぎて、今は春。

 テラス席を何処からか、甘い花の薫りを含んだ柔らかい風が通り過ぎてゆく。


 私は図書館に併設されたカフェで、お祖母様とひとときのお茶の時間を楽しんでいるところだ。

 もっとも、お茶を召し上がっておられるのはお祖母様だけで、私は持参した愛用の蓋に吸い口の付いたマグカップでフレッシュジュースをいただいているわけだが。

 カウンターのミキサーでたった今、絞られたばかりのリンゴ果汁が渇いた喉にとても美味しく沁み渡る。


「あゔあーおいじぃ」

 思わず唸ってしまった。

「うふふ。ゆっくりといただくのですよ」

「あぃ」

 お祖母様に口元を拭いていただいて、ふうっと息をついで、柔らかいソファーに座り直す。


 新緑の眩しい公園に面したカフェはとても静かで、落ち着いた時間が流れる。

 私は静かに目をつぶり魔力を廻らせる。

 さっき泣き叫んで、かなり消耗してしまったからな。

 


 この世界の大気に魔力は充ち満ちている。

 腹中の魔力炉を回転させると、体内で循環が始まる。

 外気の魔力が集まり始め脳天が少し熱を帯びて来たのがわかる。眉間の奥にあるみたまがきらめく。

 この、晶が大切なのだ。

 これが清らかに澄み燦めいているほど、大気の魔力を多く取り入れることが叶うのだから。


 子供が幼い内は、この晶は濁りなく澄んでいるものだ。だからこそ、魔力の操作は幼いうちから始めるのが良いとされる。




 晶の存在は誰でも容易に感じ取ることができるはずだ。

 目を閉じ、眉間の間。額の奥を意識してみるとよい。しばらくすると、額の表面がもやもやとしてくるのがわかるだろう。それが身体が晶を感じ始めている兆しだ。


 慣れぬうちは、このもやもやを気持ち悪く感じるかもしれないが心静かに受けとめよ。次第に脳天が温まってくるはずだ。

 脳天に大気の魔力が集まって来たら、そのまま静かに深く意識して呼吸する。呼吸の息を臍の下にある魔力炉まで静かに静かに届けるつもりで行うとよい。


 臍の下の魔力炉まで息が届いたなら、時計回りに回転させる。向きを間違わぬように。

 糸巻き車をゆっくり回すように、初めは静かに回すことだ。

 次第次第に回転に勢いがついてきたら、そのまま回るに任せて、意識を晶に向ける。

 脳天から降りてくる大気の魔力が晶を通り抜ける時、晶の澱みも濁りも流し去り、清らに澄んで来ることがわかるだろう。

 そうしたら、あとは気の済むまで魔力の流れに身をまかせるだけとなる。

 ああ、世界はなんと美しいことか。




「瑞くん、ねんね?」

 お祖母様が優しくお声をかけてくださった。

「ううん。ねんねちがうよ。きもちいねー」


「そうねー。気持ちいい風ねー」

 お祖母様の額の奥にある晶の、清らかに澄んだ柔らかい輝きが観えたような気がして、私はその穏やかな微笑みを、ただただ眩しく見上げるばかりであった。

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