第3話 魔道具のこと
『ごん狐』
図書館で出会ったこのお話は、私の大のお気に入りとなった。
どうしてこんなに心惹かれるのか。
哀しいお話で、読めば泣いてしまうのになぜ心が癒されるのだろう。よくわからないけれど、私の心の奥底に燻り続けている何かが静かに雪解けしていくような気持ちがするのだ。
ただ、
あの後、私が大泣きしてしまったことで、読み聞かせをしてくださった司書の中井さんを酷く恐縮させてしまった。
中井さんには『あぃやと〜 だいしゅき〜』を贈って慰めておいた。
そして、絵本のごんに贈った治癒魔法のことだ。あの魔法は確かに行使された。
ただし、私の嘆きぶりの印象が深すぎたらしく、誰にも気づいてもらえぬまま終わった。
私にとっては、この世界でもしっかりと魔法が行使できることが確認できて良かったと思おう。
ごん狐の絵本は、私が抱えて離さなかったのでそのまま貸し出して貰った。今日は抱きしめて寝てあげようと思っている。
◇ ◇ ◇
「どう? 瑞くん、もう寝た?」
「ええ、ぐっすり。お母さん大丈夫よお。ふふふ、瑞樹ったら絵本を抱きしめて寝たわ」
瑞樹を寝かしつけて居間へ戻った真弓にお茶を淹れてやりながら笹枝はため息をついた。
「ふう。ごめんなさいね。あんなに哀しげに嘆く瑞樹の姿を見たら、ほんとに申し訳なくて」
「お茶、ありがと。ふう。大丈夫よ。瑞樹はまだ二歳よお。そんなに深く考えてないって。きっと読み聞かせがお上手だったんじゃない? 雰囲気につられて泣いちゃったとか?」
「そう? そうだわね。でも『ごん、ごん……』って絵本を抱きしめてナデナデしてたのよ」
「ふふふ、優しいのよ。さっきも『ごん、ヘイジュ、よしよし、いたいいたいないないねー』とか言いつつ寝たし。も、あっという間にスヤァよ」
笹枝は温かいお茶を飲みながら、この優しい嫁に、気になることを話してみようと思った。
「それから今日ね、涙ぐむあの子を抱きしめてたらね、なんていうのか。身体がホカホカしてきてね。腰とか膝とかすっかり楽になったような気もするんよ。暖かくてね」
「へええ。癒し系?」
「そうね、癒されたのかも。癒された感じ」
◇ ◇ ◇
あれから、三日に一度は図書館に連れて行ってもらっている。借りたご本は返さなくてはならないから必ず行かねばならないのだ。当然、また借りてくるんだけど!
お祖母様と司書の中井さんはすっかり仲良くなったようだ。私に読み聞かせる本を二人で慎重に選んでいる。
ご本もそうだが、図書館には面白いものがたくさんある。
エレベーターとか。自動ドアとか。それから本を貸し出す仕組みとかもすごい。重ねて置いたご本の名前を瞬時に読みとるのだ。
図書館は魔道具の宝庫だ。
私はそれら魔道具の魔力の流れを見極めようとずっと取り組んでいるのだが、観えない。
どのように魔力を通しているのか全くわからないのだ。興味は尽きぬ。
◇ ◇ ◇
「おとしゃ、おとぉしゃ、あぁねぇ、あぁね」
「おう、なんだい、瑞くん」
「ほっかーぺっ、あったかいねー」
「おお、暖ったかいな。眠たくなるなー」
「なんで?」
「昨日、寝るの遅かったからだな」
「ぶーっ! あったかい、なーんで!」
「んー? 暖かくするためのもんだからだな」
「ん?」
「こうして、瑞くんとぉーゴロゴロするためにーあったかいんだよー!」
「がー!」
うむ。全く通じなかった。
父上はダメだ。兄上にも聞いてみる。
「にぃに、にぃに! ほっかーぺっ、あったかいのなーに?」
「えっ? ホットカーペットがあったかいのがなーにって、それなに? なぞなぞ?」
「あーねー、てぃふぁのお湯も! なーに?」
「ん? あティファール? ああ電気ポットか。あったかいのがなーにって……スイッチ入れるからだよ、それは。スイッチ入れるとあったかくなるの。電気ポット、あちちぃだから瑞くん、触ったらダメだよ」
「すいっち? でんき?」
「そうそ、電気ポット」
「でんき!」
「そうそう、電気」
「てぃふぁー、でんき?」
「そうそう」
「ほっかーぺっ、でんき?」
「そうそう」
「おおっ! てれび、でんき?!」
「そう、電気!」
「おおおおーっ!」
素晴らしい、素晴らしいぞ、兄上。
ひとつ謎が解けた。
『魔力』に相当する語彙が見つからなかったんだよ。かくも重要な事象に名称が無いはずはないというに、なかなか見つからなかったのだ。これでやっと判明した。
魔道具などに流れる『魔力』をこの世界の言葉で『でんき』というのだ!
『
ああ、スッキリした。
これで心置きなく私自身も腹中の『
まあ、今日は、ほっかーぺっの上でゴロゴロしよう。父上と兄上と私、三人でゴロゴロしてると芯から温まる。『
ところで、この『
父上は寝ておられるし……
謎が謎をよんでしまった。ますます謎は深まるばかりだ。うむむ、楽しいではないか。
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