4月16日「レッスン」

(1)

 今日は土曜日。授業は午前中のみで、午後はすべて部活動の時間となる。

 授業が終わると、小夜子は楽器を音楽室に置いて、食堂へお昼ご飯を食べに行った。

―――今日は何にしようかな~カレーかな~ラーメン食べたいけど、長蛇の列だし・・・う~ん、やっぱりカレーかな~

 そんなことを考えている所へ

「小夜子先輩!」

 紗枝音がやってきた。

「あ、さえちゃん!これからお昼?」

「そうです!先輩もですか?」

「うん。一緒に食べる?」

「食べます!」

 後輩とご飯を食べるなんて、小夜子はあまり経験がなかった。小夜子たちの下にも後輩はいるが、学年同士でまとまっているため、あまり縦のつながりがない。

 小夜子と紗枝音は一緒に食券の券売機へ向かい、カレーの食券を買った。そして、カレーの列に並ぶ。

「そういえば、ずっと前から気になってたんですけど、小夜子先輩と友輝先輩って、付き合ってるんですか?」

「ううん、付き合ってないよ。よく間違えられるけど、幼馴染なの。だから、仲がいいだけ。付き合っているわけじゃないよ。」

「そうなんですか。幼馴染って、いつからなんですか?」

「幼稚園の時からかな。同じ音楽教室に通ってたんだ。」

「へぇ~すごいですね!まさにカップルになりそうなシチュエーションなのに・・・。」

―――ああ、ついに後輩にまでこのネタでいじられるようになったのか・・・。うれしいような、悲しいような。

 小夜子は複雑な気持ちになった。

「さえちゃんは、クラスに気になる男の子とかいないの?」

「今のところはいないですね・・・。クラスの男子はイマイチっていうか、イケてないっていうか。それにまだ、入学してから2週間くらいですから。」

「そっか。そうだよね。でも、つばめが丘の男子はほんとダサいからやめた方がいいよ。私の友達も、ここの男子だけはないって言ってるから。」

「でしょうね。そう思う気持ちなんとなくわかります。」

 どうもそういう勘はいいようだ。

「楽しいですか?中学とか高校とかって?」

 紗枝音はこれから始まる学園生活について小夜子に尋ねた。

「私は楽しいよ!ま、私の場合は小学校が最悪だったからね。」

「そうですか!何が楽しいんですか?」

「うちの学校はあんまり校則もないし、自由だから本当にのびのびできる。公立みたいに自分の近所に住んでいる友達しかいない、ってことはなくて、いろんな地域の友達ができる。新しい考えに触れることもできるし、毎日が飽きない気がするんだよね。」

「飽きない、ですか。」

「そう。いろんな人たちがいるからね。楽しいよ。ま、勉強はちょっと大変だけど。」

「なるほど・・・。」

「クラスにお友達できた?」

「まだですね・・・。なかなか最初の一歩が踏み出せなくて・・・。」

「そうだよね。自分の知らない人たちばっかりだもんね。」

「そうなんです・・・。」

―――そういえば、私って夏奈たちとどうやって仲良くなったんだっけ?

 今の友人たちとのなれそめが思い出せない。気がついたら仲良くなっていた気がする。

 夏奈はいわゆるクラスの女子のグループの中心にいるようなタイプの子である。おそらく、夏奈のほうから私に声をかけてきたんだろうな、と小夜子は思った。

「ま、焦らずともすぐ友達はできるよ。大丈夫。気が付いたら仲良くなってるから!」

「はい!」

 そういいながら、後輩に適切なアドバイスができない自分が情けないな、と思う小夜子であった。


(2)

「よし、じゃあ一回休憩にしようか。」

 部長である小夜子の一言で休憩に突入する。

「あ~、腕が疲れた~!」

 初めて弾くヴァイオリンに苦戦する紗枝音は腕をブラ~ンとさせた。

「最初はなかなかしんどいと思うよ。でも、そのうち慣れるわよ、頑張ってね。」

「はい、がんばります・・・。」

「でも、初めての割にはうまいんじゃないか?」

 友輝が感想を述べる。

「そうね、弓の使い方、音程の勘はいいわね。ただ、まだポジション移動とか教えていないし、曲を弾くようになるには難しいかな。」

「そりゃ今日初めて弾いたんだから。」

「あとはボーイングの姿勢をきちんと作ることね。それができないと後々苦労するしね。」

「基礎が大事ってことですね。」

「もちろん。」

「僕は基礎練嫌いだけどな。」

「友輝もちゃんとやりなさいよね、基礎練習。」

「はいはい」

「小夜子先輩はどのくらいかかったんですか、弾けるようになるまで」

「どうだったかしら、あんまり覚えていない。」

「さやは早かったよ。1週間もしたらある程度弾きこなしていたからな。音楽教室の先生が驚いていたよ。」

「い、1週間ですか!!すごい!」

「そうだったっけ?」

「さやは特別だよ。普通は1か月くらいかかるんじゃない?」

「結構かかるんですね・・・あ~、頑張らなきゃですね。」

「そうだね。」

 外はいい天気だった。音楽室の窓から見える青空はとても澄んでいた。

 つばめが丘は東京にありながら自然に恵まれた環境にあった。森があり、近くを川が流れていた。鳥のさえずり以外はあまり音のしない学校である。

「いい天気ね、こんな日は出かけたくなるわね・・・。あ~、なんか眠くなってきたな~。」

「さや、また夜更かししたのか?」

「え、なんのこと?」

「やっぱり。」

 小夜子は本を読むのが好きだ。なんといっても、ベットライトの光だけで、布団に横になって読むときほど幸せな時間はないと小夜子は思っている。その読書タイムが夜中の3時までになることもしょっちゅうだった。

「昨日は何の本読んでたんだよ?」

「アガサクリスティーの『ABC殺人事件』。」

「推理物か・・・。よくそんなものが寝る前に読めるな。」

「寝る前だから読むんでしょ。友輝にはわかんないわよ。」

「わかんないな、僕には。」

 小夜子とは対照的に友輝はあまり本を読まない。

「友輝も本読んだら?いろいろと勉強になるわよ。」

「活字ばっかりのはいいかな~」

「もう、それなんだからダメなんだよ。」

 友輝はとりわけ成績が良いわけでも、悪いわけでもない。ただ、国語は苦手としていた。

「日本人なのに国語が苦手とか、理解できない。」

「苦手なものは苦手なんだよ。さやにはわかんないよ。」


(3)

「どうだった、初めての弦楽器は?」

「肩が痛くなりました~。こんなに疲れるものなんですね。オーケストラの人とか、よく1時間もこんなの弾けますね~」

「まあ、彼らはプロだから。それに、きちんとした姿勢なら疲れない・・・らしいよ、なあさや?」

「もちろん。体が鍛えられるってのもあると思うけどね。」

 部活が終わり、楽器を片付けながらそんな会話を3人はしていた。

「楽器を演奏するのにも鍛えることが必要なんですね・・・勉強になりました。」

「ピアノを演奏するのにも体を鍛えることは必要さ。タッチの力加減を調整するのも、筋肉が必要なんだよ。何せ弱いタッチで弾くようにコントロールしなければならないからね。」

「そうなんですか・・・。」

 楽器演奏の奥深さに触れた紗枝音はいつか自分にもそれがわかる日が来るのだろうかと思った。

「おう、片付けは終わったか?」

 顧問の富岡先生が音楽室に入ってきた。

「もう少しで終わります。」

「そうか。お、君が新入部員の?」

「三島紗枝音といいます。よろしくお願いします。」

「よろしく。この部活には立派な先輩がいる。こういうひとにただで習う機会なんてそうそうない。是非、いろいろ勉強して頑張ってくれ。」

「はい、ありがとうございます。」

―――僕たちって立派な先輩なのかな・・・。

 友輝は顧問の言葉を聞きながらそんなことをつぶやいた。

 その後、3人は部室を出、学校の最寄りのバス停にいた。

「今日の夕飯、何かな~。」

「そういえば小夜子先輩の実家は喫茶店やっているんでしたっけ?」

「そうよ。ほとんど趣味みたいなお店だけどね、なぜか繁盛してるのよ。」

「すごいことじゃないですか!趣味でやっているお店が繁盛しているって!」

「あはは。そんなこと思ったこともないわ!」

―――まじかい!

 友輝はその小夜子の一言に驚いた。

「また喫茶店の残り物なんじゃないの?」

「たぶんね。すごい取り合わせにならなきゃいいけど。」

「すごい取り合わせって何ですか?」

「クリームパスタにグラタン、とか?」

「ダブル炭水化物のうえにダブルクリームですか・・・。」

「すごい胃がもたれるわよ。」

「僕もそれはごめんだな・・・。」

 想像するだけで恐ろしい取り合わせである。

「しかたないよね、自営業の宿命かな。」

 笑顔でそう言う小夜子。

「あ、バス来たよ。」

 やってきた駅行きのバスに乗り、3人は駅へと向かった。

 駅に着き、改札に入ったところで

「じゃあ、私は新宿方面とは逆なので、ここで。」

 と紗枝音は言った。

「うわー、ラッシュ始まっちゃうじゃん!」

「仕方ありません。田舎に住んでるので。それじゃ、また明日です!」

 そういって、下りホームへと向かっていった。

「どうだ?うまくいってるか?」

「うん、いまのところは。私、がんばるから!」

 夜。小夜子は夕飯のメニューを見てげんなりした。

「ごめんね、どうしてもうちはこうなっちゃうのよ」

 出てきたのは、たまごサンドにカルボナーラのパスタ、クリームグラタン。

 今日一番の疲れを、胃袋が受け止める羽目となった。

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ミルフィーユ★ダイアリー 柊木まもる @Mamoru_Hiragi

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