4月14日「祭典へのお誘い」

(1)

 今日は木曜日。室内楽部の活動日は月・水・土だ。だから、今日は部活がない。

―――さ、今日は家に帰って、お父さんが入れたコーヒーでも飲もうかな。

 時刻は15時30分。授業も終り、帰りのホームルームも終り、下校の時刻である。

―――さーてと、かえろっと!

 鞄を取り、教室のドアを開けると・・・

―――・・・え!?

 目の前に気持ち悪いくらいの満面の笑みを浮かべた夏奈が立っていた。

「帰るのかい、さや?」

「う、うん・・・なんか、あったっけ?」

「い~や、ちょっとお話があるんだけれど、よろしいかな?」

―――拒否させる気ないでしょ、夏奈。

「う、うん。」

 すると、小夜子を教室に戻し、「まぁまぁ」と席に座らせる。何故か、そこへ幸希もやってくる。

「ねえさや、お金は欲しくないかい?」

「突然どうしたの?」

「お金、欲しくないの?」

―――そりゃほしいさ、だけど、うちの学校、バイト禁止じゃない。

「欲しいよね」

 まるで小夜子の心の声を聴いているかの如く、勝手に会話を進める。

「さや、お祭りは好きじゃないかい?」

―――お祭り?近所の盆踊り大会的な?

「それも、ビックな祭典だ。会場もすごくビックだ。会場名にはビックが入っている。」

「・・・どういうこと?確かに近所の盆踊り大会とかは好きだけど・・・。」

「いいね!運営とかには関わったことあるかい?」

「えっと・・・町内会の当番でお父さんがやっていたのを手伝ったことはあるけど・・・3年前に。」

「なら、わかるよね。運営の大変さが。」

「まあ、それなりに・・・。」

「じゃあさ~、私たちの夏の祭典の運営を手伝ってくれんかね?日給5千円で。」

「え?」

 さっぱり話がつかめない。

「だから、私たちの夏の祭典の運営を手伝って、って話。ね、8月の12日から14日って空いてる?」

「たぶん・・・空いてると思う。」

 お盆の季節はお店もお休みになる。かといって小夜子の家では旅行に出かけたりはせず、家でゆっくりするのだ。祖父母は父方も母方も亡くなってしまい、別に帰省するところもない。

 スケジュール的には何の問題もない。ただ、一体これを引き受けることでどんなことが自分の身に降りかかるのかがまったく想像できないのだ。

―――夏の、ビックな祭典って、何?

「あー、いたいた。夏奈、またやってるでしょ!ほら、友輝くんもさやを助けてあげてよ」

 そういってやってきたのは明日菜と希子と友輝だった。どうも、帰ろうとしていた友輝を2人が引き留めたようだ。

「もう~、なんで来るのよ。あとちょっとで落ちるところだったのに~」

 夏奈が残念そうな反応を示した。

「落ちるって・・・取り調べじゃあるまいし。とにかく、ギリギリセーフだったってことだね。よかった。」

 希子が安心した顔をする。

「どうしたの、みんな。」

 この質問には明日菜が答える。

「私たち、去年夏奈のいう夏のビックな祭典の被害者なの。美味い話しに乗せられたらさ、散々なことだったの。」

「コミケよ、コミケ」

「コミケ?」

 この小夜子の疑問には友輝が答えた。

「コミックマーケット。同人誌即売会のこと。毎年、東京・有明の東京ビックサイトで行われる日本最大級の同人誌即売会のことさ。」

「ドウジンシ?」

「夏奈が書いている雑誌だよ。さや、知らないっけ?」

 希子が答える。

「知らない!」

「これよ!」

 そういって夏奈が昨年のコミックマーケットで発売した同人誌を見せる。

「これって・・・まんが?」

「まーそうだけど・・・」

「読んでいい?」

「どうぞ!!」

 夏奈が小夜子に差し出す。と、それを明日菜が奪い取る。

「だめ!さやは読んじゃダメ!こんな、純真無垢な少女が読むものじゃない!」

「さやは純真無垢じゃないよ。天然ではあるけど。」

 友輝が何とも言えないツッコミを入れる。

「とにかく、だめ!こんなベーコンレタスものを、さやに見せちゃダメ!」

「ベーコンレタス?私近所にあるファーストフード店のベーコンレタスバーガー大好きだよ!」

「そういうベーコンレタスじゃない!!」

「え、じゃあどんなベーコンレタスなの?見せてよ!」

 明日菜の発言が、反って小夜子の関心を引き出してしまった。

「バカ・・・」

 友輝が呆れる。

 気が付いたときには、同人誌は小夜子の手に渡っていた。

「!?」

 小夜子が同人誌を開き、読む。

「あーあ、まずいよ、こりゃ。みんな、ティッシュはある?」

「私、2袋あるよ。」

 幸希が取り出す。

「いや、出さなくていい。」

 友輝が突っ込む。

 そんなやりとりをしている中、小夜子は淡々と同人誌を読み進める。

「どう、さや?」

 しばらくして夏奈が尋ねると、思いもがけない反応が小夜子から返ってきた。

「ソクラテスが少年を愛するより、美しいじゃない。」

「は?」

「だって、これ青年同士の恋愛を描いた作品でしょ?」

「う、うん。そうだけど。」

「みんな知ってるでしょ、古代ギリシアじゃ青年を年長者が愛したのよ。おじいさんが少年と口づけをした絵が残っているのよ。それにくらべれば、美しい物じゃない。」

 この反応には皆唖然とした。まさか、古代ギリシアの少年愛と比較してくるとは、まったく予想していなかった。

「なるほどね、ボーイズラブの略称がBL。だから、その隠語がベーコンレタスなわけね。私、別に大丈夫よ、こういうの。」

「そ、そう。ならよかった。」

 明日菜が、これは安堵していいのか、それとも心配すべきなのか、よくわかっていない反応を示した。

「で、コミケってイベントはこういう書物ばかりを販売しているイベントなの?」

 これには夏奈が答える。

「ちがうちがう。もちろん、私たちの様なジャンルの同人を扱っているサークルもあるけど、それだけじゃない。だけど、こういう書物を作って一堂に会し、販売しているイベントであることは間違いじゃないね。」

「へぇー、面白そうじゃない。そのお手伝いを私にやってほしいってこと?」

「そうそう、そういうこと。いい?」

「いいよ、別に」

 その瞬間、明日菜と希子が「あー!!」と叫んだ。

「どうしたのよ?」

「いいの、さや。すごい疲れるよ。半端じゃない人の量だよ、大丈夫?」

「朝早いよ、始発で行くんだよ。」

「別に大丈夫。私の実家、カフェやってるのよ。客商売には慣れてるし、朝もうち早いし。」

「あ~そっか~。」

「そんなに大変だったの?」

 明日菜と希子に小夜子が尋ねる。

「大変だったよ~夏奈がうまいこと言うからついていったらさぁ~。」

「朝は早いし、人はめちゃくちゃ多いし・・・すごい疲れたよ。」

「へぇー。そうなんだ。」

「知らないよ、さや。」

「私たちは止めたからね!」

「うん・・・。」

「さやが行くなら、僕も行こうかな。そのコミケってイベント、ちょっと興味あるし。」

「ありがとう友輝くん!助かる!」

「友輝くんまで!?」

―――そんなに大変だったのかな?コミケのお手伝いって?


(2)

「夏奈はいつから同人誌を書くようになったの?」

 コミケのお手伝いを快諾した後、バスに乗って学校の最寄り駅についた小夜子たちはカフェにいた。

 友輝を入れた6人で帰ったのだが、明日菜と希子は先に帰ってしまったので、残った夏奈と幸希、友輝で、カフェに入った。夏奈が小夜子と友輝に、お手伝いを引き受けてくれたお礼に奢るというので、付き合うことにしたのだ。

「中1のときからかな~。兄が同人サークルを主宰しててさ、それを見てたから私もやってみたいな~と思うようになってね。」

「へぇ~。で、まさかの幸希もメンバーだったんだ。」

「さやは昔幸希が美術部だったのは知ってるでしょ。」

「うん。引っ越して家が遠くなったから、部活やめたって聞いたけど。」

「そうそう。で、私がこの学校に入学して、美術部に入った時、最初に話しかけたのが幸希でさ、しかも同じ趣味を持ってたんだ。」

「BL好きだったってこと?」

「そう。しかも、幸希の絵がきれいでさ、私幸希から絵の描き方教わろうと思って。そうしているうちに、幸希が同人サークルを立ち上げたのを聞いたのよ。で、私が参加したってわけ。」

「え、栗原さんが誘ったの?」

「うん、私が誘った。私集団でリーダーシップ取るの苦手だったし、夏奈の方が運営上手そうな気がして。それで誘ったの。」

「へぇ~。そうなんだ。」

「で、今に至るってわけ。」

「同人誌の売り上げはどうなの?結構好評なのかい?」

「7割がたはさばけるかな。おおよそ700部くらい。」

「へぇ~すごいじゃないか。」

「夏奈のお兄さんの人脈でいろいろ宣伝させてもらっていることもあって、広報がうまくいってるのよ、私たちのサークルは。」

 小夜子には全くわからない世界だが、少なくとも、2人が楽しく活動していることはよくわかった。

「いいね、打ち込める趣味があって!うらやましい。」

「さやが音楽に打ち込んでいるのと一緒よ。さやの音楽は公に発表ができていいじゃない。私たちの作品なんて、それこそ学校の文化祭じゃ売れるような内容じゃないし。」

「でも、日本全国から人が集まってくるイベントで販売できるんでしょ!すごいじゃない。」

 夏奈たちは自分たちで作品を作り出し、それを世に売り出しているのだ。自分がやっている音楽は、人が書いた作品を演奏しているだけだ。何かを生産しているわけではない。

「どっちがすごいかは単純には比較できないさ。柳本さんや栗原さんの活動は創作活動。自分たちの思考や思想を絵や文字に起こし、伝える活動だ。僕やさやがやっているのは演奏活動。過去に創作された作品を音に起こし、人に伝える活動だ。どっちがすごいかは、活動の性質そのものが全然違うわけなんだから、わからないさ。」

「自分たちで曲を書いて、それを私たちが演奏して発表したら同じような活動になるけどね。」

「さやたちはそういうことをしようと思ったことはないの?」

「オリジナル楽曲を書いて発表しようと思ったことはないわね。友輝くんもないでしょ?」

「ないね。曲を作れたらな、と思うことはあったけどね。」

「そっかー。やってみたら?今年の文化祭で。」

 オリジナル楽曲を作って発表、というのは考えたことがなかった。なんとなく、おもしろそうだな~と小夜子は思った。

「オリジナル楽曲に挑戦してみるのも悪くないかもな。これを機に僕も作曲を勉強してみようかな。」

 友輝が前向きな発言をした。

「私が弾けるようなレベルの曲にしてよね!」

「わかってるよ!」

「2人で弾くの、前提なんだ。」

 ぼそっとつぶやいた夏奈の、この一言は、小夜子たちには聞こえていない。

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